第4章3話
目を覚ますとそこは、広い空間にポツリと置かれた大きなベッドの上であった。大理石を多用した壁や床、金の装飾やきめ細やかな柄に飾られた調度品を見れば、ここが城の部屋であるのがすぐに分かる。
窓の外には月夜が広がり、部屋は魔法の光に仄かに照らされるだけ。深い夜のエッセで目を覚ますのは、これがはじめてだ。いつもとは違う城の雰囲気に、僕は少し気圧されてしまう。
それでも、僕の側にはいつもと変わらぬ瞳があった。夜を夜でなくしてしまうような笑顔があった。
「おはよう……なのかな?」
「おはよう……なんだろうな」
「ついさっきまで魔王と戦ってたのがウソみたいに静かだね」
「これから魔王と戦わなきゃいけないんだがな」
「あ、そうだった! なんだか、不思議な気分だよ」
地球で魔王を倒し、エッセで二度目の魔王討伐を前にして、リィーラはいつも通り可笑しそうに笑っていた。そんな彼女と一緒にいると、僕も思わず頬が緩む。
さて、リィーラは地球の救世主ではなく、普通の女の子となった。僕は普通の高校生ではなく、エッセの勇者となった。ならば、僕がやるべきことは決まっている。
「魔王は、もう現れてるんだろ?」
「うん。タカトくんが起きたら、メディントンの駐屯地に連れてきて、ってケーンさんからも言われてるよ」
「よし、じゃあ出発の準備だ。ええと……まずは着替えないといけないんだが……」
「え? あ、ああ、うん! 部屋の外で待ってるよ!」
どう答えたら良いのか分からなかったのか、リィーラはそれだけ言って部屋の外に勢い良く飛び出してしまう。部屋を出て行くリィーラのスピードに圧倒されながらも、僕はベッドを降り、戦闘用の格好に着替えた。
着替えを済ませ、杖を手に取り、準備は完了。部屋の外で待つリィーラのもとへ向かおうと歩き出した僕は、ふと足を止める。
足を止め、踵を返し、ベッド脇の棚の前へ。そして僕は、棚の中から首飾りを取り出す。メディントンが魔物に襲われた日、リィーラに渡そうとして渡せなかった、あの首飾りだ。これをリィーラに渡す機会は、今を逃せば永遠に訪れないであろう。
僕は杖と首飾りを持ち、今度こそ歩を進め、部屋の外に出た。部屋の外では、リィーラが壁にもたれながら夜空を見上げている。遥か彼方を見つめるリィーラの横顔は、どこか寂しげだ。
いざ首飾りをリィーラに渡そうとすると、気恥ずかしてく体が熱くなる。だが同時に、リィーラの寂しそうな横顔を見ていると、無意識に口から言葉が飛び出した。
「あの、これ、遅くなったけど、いつもお世話になってるお返し」
「これって、あの時のニネミア?」
「そう。好きに使って良いって言われたから、首飾りにしてリィーラにプレゼントしようと思って。似合うと良いんだけど」
「綺麗……ありがとう、タカトくん!」
寂しさなど吹き飛ばし、明るい表情を浮かべたリィーラ。僕はリィーラを包み込むように腕を回し、リィーラに首飾りをつける。首飾りをつけ終え、僕が一歩退くと、リィーラは頬を赤らめながら言った。
「似合う、かな?」
白く透明なニネミアは星空を吸い込み、そこに小さな宇宙を作り出しているかのよう。そんなニネミアに、リィーラの碧い瞳と陽の光のような笑顔がよく似合っている。あまりの美しさに、僕は息を呑むことしかできない。
僕の心をリィーラは見透かしているようだ。彼女は「フフン」と笑い、僕の腕を掴み歩き出す。
「早くメディントンに帰ろうよ。タカトくんからのプレゼント、みんなに自慢しないと。もちろん、魔王にもね」
いつだって先に行動するのはリィーラだった。上機嫌なリィーラに引かれ、僕はメディントンへと向かう。
*
僕に対する人々の視線からは、多大なる期待と勝利への確信が感じられた。皆、勇者の到着に安堵しているのだろう。城を歩いている間、使用人からも騎士からも、魔導師からも、貴族や大臣、王様からも、同じ視線が僕に集中している。
プレッシャーを感じることはなかった、と言えば嘘になってしまう。だが、僕の腕を引くリィーラは見事に魔王を倒し、地球を救ったのだ。ならば僕も、魔王を倒しエッセを救うのが使命。使命を果たすためならば、僕は周りのことなど気にしない。
メディントンに繋がる転移魔法陣に到着、僕もリィーラも魔法陣の上に立つ。魔導師はすぐさま魔法陣に魔力を込め、僕たちは強い光に包まれた。
光が収まると、僕たちの視界に映るのは見慣れた景色。魔導師たちが忙しなく動き回るメディントンの駐屯地だ。
「待ってたぜ、夢心地二人組」
駐屯地にやってきたばかりの僕たちに、軽い調子で話しかけてきたのはケーンである。彼はニタリとした笑みを浮かべながら、わざとらしくおどけたように言葉を続けた。
「地球生まれエッセのねぼすけ勇者様と、エッセ生まれ地球の元気いっぱい救世主様が揃い踏みときやがった。しかも、俺たち魔法師団までいる。今頃、魔王のヤツはブルブル震えてるぜ、きっと」
「ケーンさん、リィーラが僕の世界――地球の救世主だってこと、知ってるのか?」
「当然だ。お嬢ちゃんが教えてくれたからな」
「私が夢の中で救世主になってるなんて、最初は信じてくれないかと思ってたけど、ケーンさん、あっさり信じてくれたから説得が楽だったよ」
「信じるしかねえだろ。あんだけ効率の良い魔法障壁の壊し方、教えられちまえばよ。あ~あ、お嬢ちゃんが羨ましいぜ。タカトの住む地球、俺も行きてえな」
「いつか夢の中で地球に行ける日、待ってれば良いんじゃ? 僕も地球でケーンさんと遭遇するの、楽しみだし」
「待つのは性に合わねえんだよなぁ。ま、今はタカトの召喚魔法で地球気分を味わえれば十分だ」
そう言って、ケーンは僕の肩を叩く。同時に、白銀の鎧を身につけブロンドのロングヘアーを揺らすヘリヤが、ケーンを押しのけ僕たちの前に立った。
「勇者殿、現状報告だ」
冷たい口調が僕の脳に突き刺さる。まるで、もう少し緊張感を持てと言わんばかりだ。しかし、ヘリヤの厳しい表情は、現状に絶望したようなものではない。
「数時間前、魔物の大部隊がベーイール前線を突破、攻勢を仕掛けてきた。だが、そちらは魔法師団ルロイ連隊とロングボー連隊が完全に抑えている。勇者殿がベーイール前線を気にする必要はない」
はっきりと言い切ったヘリヤ。直立不動のまま、彼女は報告を続ける。
「肝心の魔王だが、魔王は現在、メディントンの北東で我々魔法師団と衝突中だ。こちらの攻撃により魔王の攻撃を抑えてはいるものの、あまり長続きもしないだろう。勇者殿、魔王の討伐は、勇者殿にお任せしたい」
ヘリヤのこの言葉は、魔法師団の一員としてではなく、エッセの住人としての言葉なのだろう。決してヘリヤ一人のものではなく、このエッセに住む人々全員が抱く言葉なのだろう。
僕はメディウムの勇者ドレイトンに選ばれた勇者だ。魔王を倒すのが僕の使命だ。ならば、ヘリヤへの答えは決まりきっている。
「分かりました。ヘリヤさん、魔王のところに案内してください」
「了解した」
表情一つ変えぬヘリヤは、馬に跨り僕たちを街の外まで連れていく。僕たちも馬に乗り、ヘリヤの後を追った。
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