第4章2話
リィーラの目覚めを望月に知らせると、僕たちは望月に連れられ、自衛隊のヘリに乗り込んだ。人生はじめてのヘリコプターは、僕が想像していたよりもずっと窮屈ではあったが、低空で東京の街並みを眺めるのは、なかなか悪くない。
ただし、のんきなことを言っている場合でもない。目的地――魔王のいる地点に近づくにつれ、ヘリのエンジン音にも負けぬ爆発音が聞こえてきたのだ。すでに魔王との戦いははじまっているらしい。
着陸のために高度を下げるヘリ。窓の外を見てみると、荒川に架かる橋の上、そこに立つ魔王の姿があった。二メートルほどの体を、荒川に架かる橋すらも飲み込むような巨大な魔法障壁で守り、数多の砲弾をものともしない魔王の姿が。
ドーム状の魔法障壁に遮られ、ドーム状の爆炎が川を覆い尽くす。僕たちはついに、魔王討伐作戦の真っ只中、戦場にやってきたのだ。
地上に降り立ったヘリから飛び出し、松木が待つ司令部があるテントへ。僕とリィーラが司令部テントに到着すると、軍人の顔をした松木が時を置かずに現状を説明してくれた。
「来たか。先ほど、魔王が我が軍に対する攻撃を行ってきた。敵の戦力は魔王のみ。我々は即座に反撃し、現在は魔王の動きを封じている。だが、魔法障壁に阻まれ魔王は無傷、このままでは弾が尽きてしまうだろう。そこで、リィーラさん、あなたの出番だ」
「はい、分かっています。準備もできています」
「頼もしいな。ではセイバー小隊、攻撃を開始せよ!」
松木の命令と同時、望月や箕輪も背筋を伸ばし、リィーラは杖を握る手に力を入れ、司令部テントの外に出た。僕も彼女らを追い、魔王との決戦に臨む。
魔王の侵略を食い止めようと、松木ら自衛隊員や米軍の兵士たちは戦っているのだ。救世主に選ばれたリィーラは、地球を守ろうと魔王に立ち向かっているのだ。この世界を守ろうと、多くの人々が絶望の闇を希望の光で照らそうとしているのだ。
数多の砲弾やミサイルが頭上を駆け抜け、魔王の魔法障壁にぶつかり破裂する。衝撃波と熱波が僕たちの肌に打ちつけられ、爆音が荒川の水面を揺らす。
リィーラは目を瞑り、杖を天に掲げた。すると、杖の先端にある水晶が太陽にも負けぬ強い光を放つ。そして、リィーラは杖を勢いよく振り下ろし、水晶から白い光線が打ち出された。
光線――光魔法は魔王の魔法障壁に直撃、魔法障壁の一部にヒビを入れた。ところが、魔法障壁は紫色の光を拡散させながら、白の光を吸収してしまう。ひび割れた箇所もすぐさま修復され、元通りに。
「チッ、リィーラちゃんの魔法でも一発じゃ無理か」
「さすがに魔王は強いな……」
正直な感想を口にした箕輪と僕。対してリィーラは落ち着き払った様子だ。
「大丈夫。魔法障壁は絶対に崩す」
決意と自信に満ち溢れた力強い言葉。リィーラは間を置かずに杖を掲げ、再び光魔法を放った。
放たれた光魔法は、しかし魔王の魔法障壁に傷をつけることができない。それども、リィーラが攻撃の手を緩めることはなかった。リィーラが諦めることはなかった。
光魔法と魔法障壁の押し問答。他方、荒川の川辺に集結した戦車や装甲車、榴弾砲たち、空を飛ぶ攻撃ヘリ、東京湾に展開した護衛艦や駆逐艦は、魔王への攻撃を継続している。白の光と紫の光、真っ赤な炎と爆音で、僕の耳はおかしくなってしまいそうだ。
魔王どころか魔法障壁すらも破壊できず、当たっては砕けるだけの光魔法と自衛隊・米軍の攻撃。だが、それでも魔王の動きを封じているのだから無駄ではない。
「リィーラちゃん、攻撃中は考える時間でもある。相手をしっかり観察して」
「そうそう、望月さんの言う通り。弱点を見つけたら、容赦なく叩き潰しちゃえ」
「はい!」
どこかで聞いたことのあるアドバイスに、リィーラはしっかりと応え、その凜とした瞳で魔王を眺めていた。
攻撃を繰り返すうち、リィーラは何かに気づいたらしい。彼女は光魔法を拡散させ、放射状に打ち出した。放射状に打ち出された数十本の光魔法は、円形になって魔王の魔法障壁を叩きつける。
当然、数十本に拡散した光魔法では威力不足だ。魔法障壁に与えたダメージが軽いものであるのは、ここからでも分かる。ただし、リィーラの狙いはこれだけではない。
間髪入れずに、リィーラは杖を振り光魔法を放つ。今度は光を拡散させることなく、一本の大樹のように太い光線が魔法障壁に突撃、先ほどの攻撃で作り出した円の中心に直撃した。
次の瞬間、丸太が城門を突き破るかの如く、光魔法は魔王の魔法障壁を破壊する。飛び散る紫の光は空に溶け、魔法障壁は炎に焼かれたカーテンのように姿を消していった。数秒後には、魔王を守るものは何もない。
「望月さん!」
「分かってるわ! 松木一佐! 今です!」
大声で叫ぶリィーラと、無線に呼びかける望月、ニタリと笑った箕輪。これから何が起きるかを想像した僕は、とりあえず両手で耳を塞ぐ。
耳を塞いで正解であった。ただでさえ魔王に殺到していた自衛隊と米軍の攻撃は、魔法障壁の破壊を確認するなり、さらに強まる。たった一人の魔王のもとに、弾薬庫を空にする勢いで、砲弾やミサイルが容赦なく降り注いだのだ。
鉄のにわか雨に打たれた魔王は、荒川に架かる橋ごと爆炎の中に包まれる。爆炎は壮大な水しぶきをかぶり、空高く吹き飛ばされた橋の破片は、荒川の底に沈んでいった。
眼前の烈火と衝撃は、僕の体内にすら響き渡る。もはや誰もが、魔王を打ち倒したと確信していた。司令部からの報告が届くまでは。
《……全弾命中せず! 魔王は無傷!》
思いもよらぬ報告。続けて松木の言葉が無線から伝えられる。
《こちらの攻撃全てが、着弾の直前に不自然な動きを見せた。砲弾も誘導弾も、全て魔王を避けるかのように動き、標的を外した。魔王が何らかの防衛手段に出た可能性がある。攻撃は続行しろ》
想定外の事態。当然、自衛隊員や米軍兵士の注目はリィーラに集まった。この事態を切り抜けるための希望を、皆リィーラに求めているのだ。
「リィーラちゃん、何か分かる?」
「ええと……たぶんですけど、魔王は干渉魔法を使ってるのかもしれません」
「干渉魔法? 何それ?」
「魔力で対象の動きに干渉する魔法です。魔王は、砲弾やミサイルの動きに魔力で干渉して、動きを逸らしているんだと思います」
「うわ、何そのチート魔法」
「対処法はあるの?」
「ごめんなさい。分かりません」
申し訳なさそうに俯くリィーラと、落胆を隠せぬ箕輪。望月も表情を厳しくし、リィーラの説明を松木に報告していた。この間にも、砲弾やミサイルは魔王を狙い、しかし標的に当たることなく、虚しく破裂するだけ。
だが、残念がるのはまだ早い。僕はエッセの勇者だ。地球ではただの高校生でしかないが、今だけはエッセの勇者として、リィーラたちに助言ができる。
「干渉魔法の対処法ならあります!」
たかが民間人の言葉など信じてくれるだろうか、などという心配はなかった。リィーラも望月も、箕輪ですらも、僕の言葉に耳を傾けてくれていた。だから僕は、爆発音に負けぬよう大声で言う。
「干渉魔法は、一度干渉して動きを変えたものには干渉できないんです! だからつまり、こっちも干渉魔法を使って、別のところを狙った砲弾を魔王に向ければ良いんです!」
「ということは……リィーラちゃんを狙って砲撃、リィーラちゃんが干渉魔法で砲弾の動きを変えて、魔王を攻撃するってことね」
「そうです!」
自衛隊と米軍がリィーラを標的とし攻撃しなければならない作戦。リィーラにとって危険な作戦であるのは間違いないが、それでもリィーラは、快活に言うのであった。
「今の私なら干渉魔法も使えるし、絶対に上手くいくよ、その作戦!」
微塵も僕を疑わず、むしろこれで魔王を倒せると喜ぶリィーラは、碧い瞳を輝かせ杖を強く握る。望月や箕輪も、他に手はないと判断したのだろう。彼女らはやや考えてから、松木に僕の言葉を伝えるのだった。
松木の判断は早い。彼はすぐさまヘリを用意し、リィーラと望月、箕輪、そして僕をそのヘリに乗せた。ヘリは地上を離れ、砲弾の雨を避けながら魔王に近づく。
地面からそれほど遠くない位置を飛び、爆発の衝撃に揺さぶられるヘリの機内は、何とも緊張感のある空間だ。加えてドアが開いているのだから、ちょっとした絶叫マシンに乗っている気分である。
そんな僕とは対象的に、リィーラは平然としていた。彼女は干渉魔法のために杖を握り、魔王が立つ橋を眺めながら、その時を待っているのだ。
「リィーラ、危険な作戦だけど、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。それより、タカトくんこそ大丈夫?」
「僕は……正直に言うとちょっと心配だ」
「もう、タカトくんは心配性だなぁ。ダメな時はダメだし、大丈夫な時は大丈夫なんだから、心配しても仕方がないよ」
「そんなもんなのか?」
「そんなもんだよ」
どこまでも明るいリィーラは、ある意味で僕の憧れでもある。この状況でこんなにも楽観的でいられる彼女を、僕も見習いたいものだ。
魔王への砲撃は止み、ヘリのエンジン音だけが辺りを支配。自衛隊と米軍の砲口は、魔王の近くを悠々と飛ぶヘリに集中する。
「リィーラちゃん、このヘリへの着弾まであと三〇秒よ」
「あたしたちの攻撃、抜群の命中精度だから、気をつけてね」
時計を確認する望月と、悪戯な笑みを浮かべた箕輪。リィーラは深呼吸をしながら杖を構え、三〇秒後を待つ。僕はリィーラを信じるだけである。
「あと一〇秒。九、八、七――」
遠くの川辺で一斉に輝いた光は、榴弾砲や戦車砲による発砲炎だろう。僕たちの乗るこのヘリを狙って、数多の砲弾が風を切っているのだろう。僕の鼓動は早くなるばかり。やはり僕はリィーラのようにはなれそうにない。
「四、三、二――」
望月のカウントがゼロを告げようとしたその時、リィーラは狭い機内で目一杯に杖を振り、ヘリの機内は光に包まれる。
「弾着、今!」
カウントゼロの合図。だが、僕たちが乗るヘリは平穏無事。直後に鳴り響いた壮絶な爆発音を、僕たちは聞くことができた。
ヘリを狙った攻撃は、その全てがリィーラの干渉魔法によってヘリを逸れていく。そして標的を逸れた砲弾の群れは、すぐ側に立つ魔王へと殺到した。僕たちの攻撃に対し、魔法障壁もなく、干渉魔法も使えぬ魔王はどうすることもできない。
音速を超えた数多の砲弾が同時に着弾し、火薬が炸裂し、砲弾の破片は橋や川面を食い散らかす。爆炎は空を焦がし、衝撃波が辺り一面に伝わり、硝煙の匂いが僕たちの鼻をくすぐる。
爆発の中心にいた魔王が無事でないのは、もはや自明であろう。しかし攻撃はまだ止まない。第二射、第三射がヘリを狙い、リィーラが杖を振り干渉魔法を発動、その度に魔王は圧倒的な物理攻撃を叩き込まれるのだ。
第五射が魔王に着弾したところで、ようやく自衛隊と米軍は矛を下ろした。僕たちを乗せたヘリも、魔王への攻撃に巻き込まれ崩壊した橋の隣の橋に着陸、僕たちはヘリを飛び出す。
「あれは……」
橋から魔王のいた場所を眺めると、そこでは、黒煙に紛れた禍々しい紫の光が、風に流され大空へと昇っていく。
「魔王の魔力が……消えていく……。タカトくん、やったよ! 私たち、魔王を倒したんだよ!」
僕の隣で、僕と同じく紫の光を眺めていたリィーラが満面の笑みを浮かべてそう言った。心の底から湧き上がる喜びに素直に従い、今にも飛び跳ねそうな勢いで、リィーラは歓喜していた。
望月と箕輪も現状を理解したのだろう。二人とも戦いの終わりに胸をなでおろしている。きっと望月の報告により、松木たち自衛隊員のみならず、日本政府や日本国民、いや世界中の人々が、望月や箕輪と同じく胸をなでおろすのだろう。
戦いは終わったのだ。地球における魔王は倒したのだ。リィーラの言う通り、魔王は決して強い敵ではなかった。リィーラの魔法と地球の人々の力は、魔王程度に負けるようなヤワなものではなかったのである。
さて、戦いが終わったと知るや否や、僕の体はドッと重くなる。どうやら、もう二日も眠っていない疲れと、魔王撃退の安心感によって、僕の力は抜けきってしまったらしい。
僕は地面に座り込み、ずり落ちる瞼に抵抗することなく、静かに眠りについた。眠りにつく直前、先ほどまでリィーラがいた場所に人影がなかったのを確認してから。
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