第3章3話

 僕は車に乗せられ、どこぞの建物に連れて行かれ、ブラインドが閉められた部屋に放り込まれた。迷彩服姿の人が多くいるこの建物が、警察の施設でないのは確かだ。であれば、僕は自衛隊の施設にいるということになる。


 部屋の中、パイプ椅子に座らされた僕。僕の隣には、腕を組んだ女性――箕輪紗季が立ち、机を挟んだ僕の前には、温和に笑う女性――望月空乃と、迷彩服姿にメガネをかけた男性――松木誠三が腰を落ち着けていた。


 松木はあらゆる種類の魔物が映った写真を僕に見せ、質問してくる。この魔物の弱点はどこか、特徴は何か、そしてどのような方法で魔物たちを退治するのか。僕は緊張した心をなるだけ落ち着かせようと、質問ひとつひとつに集中し丁寧に答えた。


 質問に答える過程で、僕は自分が体験した夢の世界についても説明する。エッセの話を他人に聞かせるのはこれがはじめてだ。何から話せば良いのか分からず、まとまりのない説明になってしまったが、松木たちは真摯に僕の話を聞いてくれた。


 少し丁寧に答えすぎたらしい。部屋の隅にかけてあった時計の長針は、一二の位置を数度通過していた。ブラインドの隙間から射し込む光も、太陽が西の空に降りはじめたことを報せている。


「なるほど、リィーラさんの言う通りだ。籠坂さんは確かに、リィーラさんと同じような状況に置かれている可能性がある」


 メガネを持ち上げ、松木は僕の目をじっと見ながら、一言一句を明瞭に口にした。彼は僕の言葉が嘘でないと確信しているようである。


「まだ公表されていないはずの魔物の情報を詳しく知っている。しかも、戦闘経験がなければ知ることのできないようなものまで。勇者であるかどうかは別として、そんな君を信じ、こちらが今どのような状況にあるのか、君に教えよう」


 戦いに身を置く者とは思えぬ温厚な表情をして、松木は僕にそう言ってくれた。これで僕の混乱した頭がようやく落ち着く、と僕は喜ぶ。と同時に、僕が知らなかったリィーラの姿を知ることができる、と胸をなでおろす。


 ただし、まだ僕のことを信じきれぬ人もいるようだ。リィーラとともに僕を救ってくれた女性――箕輪紗季は、それでも未だ僕を不審物扱いしていた。


「松木一佐! こいつの言うことを信じるんですか!?」


「もちろん。篭坂さんは民間人だ。にもかかわらず、公表されていないはずの情報を入手しているのだから、彼が夢の中で別世界の生活をしていても、おかしくはないと思ってね」


「しかし――」


 なおも松木に食い下がる箕輪。松木は困ったという言葉をそのまま表情に浮かべ、小さなため息をつく。そんな彼に代わって箕輪を説得したのは、望月だ。


「箕輪、あなたはリィーラちゃんの言うことを信じてるわよね?」


「当然です!」


「リィーラちゃんと籠坂くんの話、内容はほとんど同じだった。じゃあ、リィーラちゃんの話が信じられるなら、籠坂くんの話も信じられるはずよ」


「あ! 言われてみれば!」


 今までの反発は何処へやら。望月の説明に箕輪は深く納得し、僕に対する怪訝な目つきをも捨て去り、おとなしくなってしまった。随分と単純な箕輪の思考回路に、僕の方が驚いてしまったぐらいである。


 さて、箕輪も――あっさりと――僕の話に納得してくれたのだ。松木はメガネを持ち上げ口を開く。


「籠坂さん、ここ数ヶ月間、日米合同演習が国会で論争されていたのは知っているね?」


「詳しいことは分かりませんが、知ってます」


「東京、埼玉、山梨県境付近での突然の合同演習。世の中が騒がしくなるのも仕方のないことだ。だが、あれは演習ではない」


「まさか……」


「そのまさかだ。日米合同演習は偽り。実際は、地球に出現した魔物を、自衛隊と米軍が共同で押し留める作戦。これが真実だ」


 現実味のない言葉も、自衛隊員である松木の大真面目な口調で聞かされてしまえば、それが嘘であるとはとても思えない。数時間前、東京の中心で魔物に襲われたのだから、松木の言葉を嘘と思う方が現実を見ていないと言わざるを得ないだろう。


「一年以上前、特異な重力波と思わしきものが確認された。これを調査するうち、我々は特異な重力波が、ある二つのメッセージであることに気づいた。一つは、魔王が魔物を率いて地球に現れる日付。もう一つは、魔王を倒せる力を持った救世主が現れる日付」


 机の上で手を組み、松木は説明を続ける。


「最初は政府も半信半疑だったのだが、メッセージの日付通りに魔王と魔物たちが出現した。我々は訓練の名目で出動、魔物たちを攻撃するも、彼らのシールドのようなものによって、我々の攻撃は無力化されてしまった」


 そう語る松木に、一切の私情は見られない。彼は淡々と報告を続けるだけだ。


「ただし、彼らをその場に押し留めることには成功。それからしばらくして、メッセージの日付通り、魔物のシールド――魔法障壁を突破できる力を持った救世主が現れた」


「それが、リィーラ」


「その通りだ。リィーラさんはエッセという世界で眠っている間、夢の中で我々の世界にやって来ている、と言っていた。地球とエッセ、どちらが異世界なのかは違っているが、籠坂さんとリィーラさんは同じような境遇にあると言えるだろう」


 同じ時、同じ脅威を前にして、別々の世界に住んでいた僕とリィーラが、同じ境遇のもと出会う。それが偶然とは、僕にはとても思えなかった。


「リィーラさんの教えと魔法攻撃によって、我々はようやく魔物を倒す方法を確立。政府は魔物の出現を未公表とし、日米合同演習の名目で魔物掃討作戦を開始する」


 松木の話を聞いていると、おとぎ話の中の勇者の話を聞いているかのようである。エッセにおける僕のように、地球にとってのリィーラは、まさしく救世主なのだろう。


「掃討作戦は順調、リィーラさんの活躍により、今や魔王討伐作戦も目前だ。だが、東京の中心街に魔物を送り込むとは、魔王も大胆な手に出たものだな。リィーラさんがその場にいたから良かったものの、人々の命を危険にさらしてしまった。これは我々の油断だ」


 机の上で組まれた松木の手に、強い力が込められる。それでも彼は、表情一つ変えずに話を続けた。


「今回の件で、政府は魔物の存在を世間に公表せざるを得ない。もはや現政権が混乱し倒れるのは既定路線だ。ならば、我々は今すぐにでも魔王を討伐しなくてはならない。そんな時、魔物との戦いに慣れた籠坂さんが現れたのは、不幸中の幸いだったな」


 そこまで言って、松木は眼光鋭く僕の目をじっと見る。


「魔王の魔力はすでに確認している。魔王討伐作戦はいつでも実行可能だ。籠坂さん、こちらとしては、あなたも魔王討伐作戦に参加していただきたい」


「いや、でも、僕なんかが――」


 ふと、魔物に果敢に立ち向かうリィーラの姿が僕の頭に浮かんだ。彼女はエッセでも魔物と戦い、勇者である僕を支えてくれた。そんなリィーラが今、地球で救世主として戦っているのだ。

 エッセの勇者が、地球の救世主を見捨てることなんてできない。だから僕は、言葉に詰まり、気づけばこう答えていた。


「――分かりました。皆さんの邪魔にならないよう、頑張ります」


「籠坂さん、ありがとう。ご両親には我々から説明するので、しばらくこの庁舎に泊まっていってくれ。さてと、書類仕事再開だ」


 温和な笑みを浮かべながら、松木は普段の仕事に戻る。僕は望月に案内され、部屋を出て殺風景な廊下を歩いた。


 コピー用紙を生きるだけの毎日から遠く離れた現状。僕の心はまだ整理しきれていない。魔王討伐作戦への参加を了承したのも、果たして正解だったのかどうか分からない。僕はリィーラと再会して、良かったのだろうか。


 あらゆる言い訳が頭の中をかき乱す。答えの出ない押し問答が、僕の心の中だけで繰り広げられる。そうして僕は、不毛な感情にため息をつく。そんな僕の前を歩く望月は、半ば独り言のように口を開いた。


「最近のリィーラちゃん、どうして籠坂くんの話をしなくなったんだろう、どうして元気がなさそうなんだろうと思ってたけど、やっと理由が分かった」


 足を止め、振り返る望月。彼女はポケットから一枚の紙を取り出し、それを僕の手に握らせた。


「これは?」


「リィーラちゃんがいる部屋の場所。今の籠坂くんとリィーラちゃん、同じ顔をしてるわ。何を考えてるのかは知らないけど、籠坂くんとリィーラちゃんには、二人で話をする時間が必要だと思うの。お節介かもしれないけどね」


 確かにお節介だ。でも僕は、望月に渡された紙に書かれている部屋へと向かっていた。理由は分からないが、今はそうするべきだと、僕は無意識に思い行動していたのである。

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