第2章5話

 城で目覚め、病院食のような薄味の朝食を済ませ、ケーンに連れられ戦場へ。僕がいない間、魔法師団は反転攻勢をかけ、シェルド川を越えていたらしい。今日の任務は、川を越えた魔法師団の援護だ。

 援護と言っても、やることはいつもと同じ。杖を振って武器兵器を召喚、魔物をマークするだけの単純作業である。


 これといった努力もせずに魔物を倒すのは、出来の悪いゲームで遊ばされているような感覚で、退屈だった。少しでも退屈さを振り払おうと、爆撃機で無意味な攻撃を行ってみるなどしたが、決して気分が晴れることはない。


 しかし、勇者が魔物との戦いを放棄するわけにはいかないだろう。退屈だ、という個人的な感情は捨てるべきだろう。エッセを守るのが、僕の使命なのだから。


「本拠地を襲われた魔物たちは、随分と混乱しているようだな。勇者殿、この戦はすぐに終わる」


 丘の上から戦場を見渡すヘリヤはそう言って、早くも勝利を確信している。他の兵士たちもヘリヤと同じ気持ちなのか、高揚感を隠そうともしなかった。


 僕は先ほど、魔物の部隊の本拠地を榴弾砲と爆撃機で爆破している。これに混乱した魔物たちは、魔法師団によって谷地に追い込まれ、魔法障壁を破壊された。谷に密集した魔物たちを殲滅するなら、今がチャンス。

 杖を振り、大量の戦車と榴弾砲、爆撃機、攻撃機を出現させ、谷地に密集した魔物たちをマークすれば、すぐに砲火が魔物たちを包み込む。ヘリヤの言う通り、すぐにでも戦が終わる勢いで魔物の部隊は潰滅していった。


「さすがは勇者様だ。魔物など敵ではない」


「あそこまで派手な攻撃のためならば、魔法障壁破壊もやり甲斐がありますな」


「なんとも痛快な景色じゃないか。勇者様がいなければ、こんな景色は拝めなかった」


「我らが勇者様! そのお力はまさしく英雄に相応しい!」


 一〇万の魔物を退けてから、魔導師たちによる勇者賛美が明らかに多くなっている。ここまで露骨な礼賛は、不思議と僕の心には全く響かなかった。魔導師たちの言葉は僕の耳に届くことなく、榴弾砲の発砲音に虚しくかき消されるだけ。


 単純作業を繰り返し魔物を吹き飛ばすと、いつの間にか戦いが終わっている。僕の攻撃に耐えられず、魔物たちがいつの間に撤退をはじめ、気づけば魔法師団が勝鬨を上げているのだ。


「勇者様のいる戦場、我ら負けなしだ!」


「魔物どもめ、反撃したければいつでも来い! 我ら魔法師団と勇者様が歓迎しよう!」


「魔王を倒す日も近い。勇者様が、我らに平和な日々を与えてくださるのだな」


 戦での勝利は、魔導師たちの勇者賛美を呼び起こす。彼らの言葉がお世辞などではなく、本心からの言葉であるのは、彼らの表情を見れば一目瞭然だ。ゆえに、彼らの言葉が僕には届かない。

 聞き慣れた賞賛の言葉などは無視。エッセを救うという使命を果たしただけの僕は、黙って戦地を離れ、ヘリヤと一緒に転移魔法陣を利用、城へと戻った。


 城に戻る際は、メディントン駐屯地を経由する。駐屯地に着いた時、僕の頭に浮かんだのはウェスペルへの道であった。徒歩で十数分の距離にウェスペルがあり、そこにはリィーラがいる。


――リィーラのために、僕はリィーラの前から消えなきゃいけない。


 一日に何度も自分に言い聞かせた言葉を繰り返し、頭の中からウェスペルやリィーラのことを振り払った。勇者はエッセの住人を救うのが使命だ。エッセの住人を悲しませるようなことは、あってはならないのだ。


 城では大臣や有力貴族が僕の帰りを待っていたようである。恰幅の良い体つきと上等な衣服に身を包んだお偉いさん方は、どこまでが建前でどこまでが本音なのか分からぬ笑みを浮かべ、僕に話しかけてきた。


「どうだね? 今回の戦も、勝利したのかね?」


「はい」


「おお! やはり勇者様は偉大なお方だ!」


「魔物の襲撃は日に日に減っております。民たちは皆、勇者様に感謝しておりますぞ」


 深い皺を刻んだ大人たちが、一七歳の僕に深々と頭を下げ感謝の言葉を口にする光景。それに対し、一応は謙虚に答える僕だが、張り付いた笑顔の奥にあるうんざり顔を見透かされていないか、心配だ。


 お偉いさんの集団の中には、一人だけ場違いな人物――ケーンがいる。本来であればお偉いさん方との対応をバトンタッチしてくれる彼だが、今日の彼は前線兵士からの報告をしに来たらしい。


「失礼。ベーイール前線から緊急報告。魔王のものと思わしき強力な魔力を感知。魔王が前線に出てきた可能性が高い、だそうで。ただ、魔王の姿はまだ確認されていない。勇者は城で待機だ」


 誰が相手だろうと構わず軽い口調のケーンだが、彼の報告の内容は、あまりに重いものであった。ついに魔王が動き出したというのだから、誰しもが驚愕の表情を浮かべ、そして誰しもが僕に視線を向けると、余裕の表情を浮かべる。


「ようやくだ! 勇者様、魔王討伐の日は近いですぞ!」


「あの魔王を戦場に引きずり込むとは、さすがは勇者様ですな」


 お偉いさん方も兵士たちも、魔導師たちも皆、僕の勝利を疑いもしない。正直、僕も負ける気がしなかった。魔王がどれだけ強いのかは知らないが、魔物に苦戦したこともない僕の『創造魔法』は、きっと魔王だって簡単に倒せるはず。


 魔王を倒す日は近い。勇者の使命を完全に果たす日は近い。つまり、夢から覚める日は近い。


 エッセの住人たちは、勇者である僕に希望を抱き、明るい表情で未来を語っていた。僕は簡単な挨拶を済ませ自室へと向かい、そんな僕を、ケーンは苦笑いを浮かべ、ヘリヤは無表情のまま見送ってくれる。


 自室へ向かう僕の心は、勇者としての使命に燃えていた。一方で、ひどく冷め切った思いがあったのも否定できない。どちらが僕の本当の心なのか、もう分からない。

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