第1章8話
パーティーは真夜中まで続き、客たちはアルコールの力を借りてパーティーを盛り上げ続ける。しかし、旅人はいつの間に消え、リィーラも自室に戻ってしまう。こうなるといよいよぼっちの僕は、静かにパーティー会場を去った。
部屋に戻り、灯りもつけず靴を脱ぎ捨て、僕はベッドの上に横たわる。視線の先にある天井は、少し首を傾けるだけで、窓の外に広がる星空へと変わっていった。
東京の真夜中では見られない景色を眺めながら、僕は考える。旅人が僕に放った言葉に対する答えを。
ウェスペルの常連たちと明るく会話をしていたリィーラは、春の野に咲いた花のようであった。そして、すでに多くの人が、彼女の側で彼女を大切にしていた。
――今さら僕にできることなんてあるのだろうか?
当然のように思い浮かぶ疑問。リィーラは僕がいなくとも立派に生きていけるだろうし、彼女を守ろうとする人たちはたくさんいるはず。
では、旅人はなぜ僕にリィーラを大切にしろと言ったのか? リィーラのために僕ができることはあるのか? そう考えた時、ひとつの答えが頭に浮かぶ。
――僕は勇者だ。
リィーラのいるこの夢の世界『エッセ』を魔王から守る。それこそ、僕にしかできない、僕がやるべきこと。そしてそれは、勇者として選ばれた僕の義務でもある。
旅人が、僕を勇者であると知っていたのかどうかは分からない。けれども、勇者としてエッセを守るというのが、僕なりの、旅人に対する応えであった。
ふかふかの布団が、五匹のゲデトスを討伐した際の疲労を吸い上げていく。同時に、眠気が僕の瞼を閉ざしていく。これでまた、夢の世界とはしばらくお別れだ。
*
ある時は三日、ある時は五日、ある時は連日と、夢の世界――エッセで目覚める日は予測がつかない。
つまりエッセの人たちからすれば、僕はある時は三日、ある時は五日も眠りから覚めず、しかし時には普通に目を覚ます、睡眠時間が滅茶苦茶な人間であるということ。勇者だから、という理由で見逃してもらってはいるが、迷惑をかけて申し訳ない。
それでもリィーラは、僕の睡眠に関して何も言わず、いつも「おはよう」と言って朝食を用意してくれた。ケーンも「ねぼすけ勇者の予定が立てられねえ」と愚痴は言うが、僕を責めるようなことはしない。ヘリヤたちも同じだ。
リィーラたちがなぜ、そこまで優しくしてくれるのか。僕が勇者だからだろうか。理由は何であれ、彼女らには感謝しないと。
勇者としての仕事は順調だ。魔物を退治し、前線を警戒し、川を越えて敵情を偵察し、戦闘が起きれば騎士たちの支援を行い、魔物たちを叩きのめす。僕の召喚魔法に対抗できる魔物はおらず、魔法師団は徐々に前線を押し上げて行った。
想定していたよりも早く魔王討伐ができそうだ、というのはケーンのセリフである。ここまで魔物たちが苦戦すれば、魔王が直々に戦場に現れるのもそう遠くはないのでは、とのこと。
なお、一〇回、一五回、二〇回と戦場に出るうち、僕は新たな技『乗馬』を習得した。そう、一般人でも習得できる、ただ普通の乗馬。勇者がようやく乗馬を覚えるというのは恥ずかしい話だが、これで戦場での移動が楽になる。
ようやく乗馬を覚えたような勇者が、数多くの魔物たちを蹴散らしているのだ。魔王は今頃、どんな気分でいるのだろう。
ともかく、僕は勇者として、幾つかの戦いで魔法師団を勝利に導いた。魔物に占領されていた土地も解放し、いつしか王様に讃えられ、人々に拍手喝采を受けるように。有名人として、救世主として、人々に持ち上げられ英雄気取りをするのも悪くはない。
悪くはないのだが、どうしても、自分がそれに見合った人間なのだろうか、という思いはある。見合った人間だ、と言い切る自信はなかった。勇者を演じるのに慣れたのは、もう季節が変わる頃である。
一方で、僕が勇者を演じる必要がない場所もあった。ケーンやヘリヤの前、そして、リィーラのいるウェスペルだ。
どんなに僕が『世界の英雄』になろうと、ケーンは僕に対する砕けた口調を止めようとしない。勇者への礼儀をわきまえろとお偉いさん方に怒られた、なんて話を軽口を交えて話すケーンは、これからもずっとこの調子なのだろう。
真面目なヘリヤも、冷たく鋭い言葉を容赦なく僕に浴びせてくる。これはある意味で、ケーンと同じように僕を勇者扱いしていない証拠だ。
そしてリィーラである。出かける際に必ず「いってらっしゃい」と言ってくれる彼女は、僕が帰ると必ず「おかえりなさい」と言ってくれた。そんな彼女の優しさと快活さによって、魔物との戦いにより積み重なった僕の疲労は、一瞬で消し飛ぶ。
この三人の前では、僕は勇者ではなく『タカト』として過ごせたのだ。だからこそだろうか、いつの間に、魔法師団駐屯地は僕の仕事場、ウェスペルは僕の帰る場所になっていたのだ。
退屈な時間を惰性だけで過ごす日々とは違う、エッセでの生活。でも、楽しい時間は一瞬で過ぎ去るもの。
エッセに夜が訪れ、布団に潜るたび、一日が一瞬で過ぎ去ってしまったように思える。だから僕は、布団の中でため息をつき、再びエッセで目覚めたときのことを考えながら、眠りにつくのだった。
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