第1章7話

 焦りをなんとか押さえつけ、僕は戦闘を継続する。砲弾一発の発射で消えてしまった榴弾砲を再び出現させ、戦車とともに一斉掃射を続行。この間に、くすぶる焦りに足を取られぬよう、意識をゲデトスの観察に集中させた。


 発砲音に揺さぶられる体、風を切りゲデトスの手前で進行方向を変える砲弾、そして明後日の方向で起きる爆炎。ゲデトスを観察していたケーンは、ある答えを口にする。


「ありゃ干渉魔法だな。ヤツら、タカトの攻撃に干渉して攻撃を逸らしてやがる。物理攻撃ってのを逆手に取られたか」


 砲弾に干渉し狙いを逸らす、とは恐ろしい魔法だ。ケーンの口ぶりからして、厄介な魔法らしい。とはいえ、攻撃が当たらない理由は分かった。次はその対処法を見つけないと。


 ありとあらゆる現象に意識を傾けているうち、僕はひとつだけ気になるものを発見した。戦車の機銃から撃ち出される銃弾が、一匹のゲデトス手前で進行方向を変えながらも、別のゲデトスに当たったのだ。


「あれは……もしかして……動きを逸らした攻撃には魔法が通用してない?」


 頭に思い浮かんだ対処法。僕はヘリヤを探し、無意識のうちに慣れない大声で話しかけていた。


「ヘリヤさん! 干渉魔法って使えますか?」


「私は使えるが、どうしてだ?」


「僕がヘリヤさんを攻撃します! ヘリヤさんは干渉魔法で僕の攻撃を逸らして、ゲデトスに攻撃を当ててください!」


「なるほど、了解した!」


「ヘッヘッヘ、なんだ楽しそうじゃねえか。俺も手伝ってやるよ」


 なぜか楽しそうにするヘリヤとケーンは、僕のとっさの言葉に完璧に対応してくれた。二人は馬を操り、ゲデトスの側面に回り込む。


「準備はできたぞ!」


「タカト、容赦なく俺たちを攻撃してくれて良いぜ」


 やはり笑みを浮かべ、僕の攻撃を楽しみにしているヘリヤとケーン。仲間に対し戦車砲を撃つのは気が引けるが、今は二人を信用する時だ。僕は二人をマークする。


 僕の左右に展開していた戦車や榴弾砲は、コンピューター制御されたように、ケーンとヘリヤを効率的に攻撃できる位置へと移動した。そして、ケーンとヘリヤへの敵意をむき出しにし、二人に砲弾を浴びせかける。

 一斉に放たれた砲弾はケーンとヘリヤを狙い、彼らを爆散させるためだけに突き進む。しかし、ケーンとヘリヤの干渉魔法によって進行方向を逸らされ、数多の砲弾は意図せぬ方向――ゲデトスたちが並ぶ方向へと飛んで行った。


 ゲデトスたちに敵意を持たぬ砲弾を前に、ゲデトスたちが使う干渉魔法は無力。砲弾はゲデトスたちの体に突き刺さり、炸裂し、彼らを食い散らかす。


「当たったぞ!」


「行ける! 勇者殿、攻撃を!」


「どんどん撃ってきやがれ!」


 攻撃手段を確立した僕は、二人の言葉を聞かずとも攻撃を続行。ケーンとヘリヤも前のめり気味に干渉魔法を使い、砲弾はゲデトスたちに殺到した。


 ゲデトスは砲弾を防ぐ術を失い、一方的に僕の攻撃に晒される。コンクリートのような皮膚は破られ、体内は炸裂した破片にズタズタにされ、断末魔の叫びが河原に響き渡った。トーチカのようであったゲデトスは、もはや残骸でしかない。


    *


 僕の攻撃、ケーンとヘリヤの干渉魔法の合わせ技により、五匹のゲデトスは原型すら残さず撃退された。戦闘に勝利した僕たちは、疲労と喜びに包まれている。


「良かった、なんとか勝てた。ケーンさん、ヘリヤさん、ありがとうございます」


「おうよ。困った時はいつでも、俺たちを頼ってくれ」


「感謝されるようなことはしていない。私はただ、当たり前のことをしただけだからな」


「にしても驚いたぜ。よくもまあ、干渉魔法の弱点を見つけたもんだ」


「ああ。さすがは勇者殿、というところだな」


「いや、偶然みたいなもんですよ」


「たとえ偶然であっても、勇者殿は自らの力で勝利を手にしたのだ。それ自体は、誇っても良いことだぞ」


「ヘリヤの言う通りだぜ。照れてないで、自分の手柄を自慢しろってこった」


「どうだ魔物たち! 僕の力を思い知ったか! って感じ?」


「惜しいな。まだ照れ隠しが見え隠れしてるぜ」


「むむ。自慢って意外と難しいな……」


 勇者になったことで、僕は新たなことを覚えた。同時に、ケーンは可笑しそうに笑い、あのヘリヤも表情を緩めている。


 戦いを終えた僕たちは、雑談を交えながら、しばらくシェルド川近辺を警戒して回った。ここは人間と魔物が戦う境界線。いつどこから魔物が現れるか分からぬ、危険な領域である。本来であれば雑談をしながら歩き回る場所ではない。


 それでも僕たちは、勝利への余裕と勇者の強大な力を盾に、半ばピクニック気分で見回りを行った。幸運なことに、五匹のゲデトス以外に川を渡った魔物はいなかったらしい。見回りは実際のところ、ピクニックで終わった。


 見回りを終えると、僕たちはグリューン要塞へと戻り、転移魔法陣を使ってメディントンにまで戻る。メディントンの駐屯地に到着した頃には、すでに太陽は西に大きく傾き、空はオレンジ色に塗り替えられていた。


「本当は街に繰り出して勝利の祝杯、といきてえところだが、俺はお偉いさんのジイ様方にご報告するっつう面倒な仕事で、城に戻らなきゃならねえ。今日はここでお別れだ」


「ケーンさん、今日は本当に助かった」


「二度も感謝する必要ねえよ。感謝された側の気分は悪くねえがな。んじゃ、お疲れさん」


「勇者殿、ご協力感謝する。以降も、私たちを救ってくれ」


「それはこっちのセリフですよ、ヘリヤさん」


「まったく、勇者殿は本当に謙虚な方だ。私もケーンも、見習わなければな。では」


 ケーンもヘリヤも、僕の前から去って行った。一人残された僕は、迷わずウェスペルへと向かう。


 街行く人々とすれ違い、街道を抜け、目的地へ。陽が沈みきる頃、僕はようやくウェスペルに到着した。太陽を模した飾りの付いた扉を開けると、ウェスペルの雰囲気が僕の疲れを癒してくれる。そして、リィーラが僕を暖かく迎えてくれた。


「おかえりなさい、タカトくん」


「ああ」


「なんだか疲れてるみたいだね。夕ご飯はすぐだけど、少し休む?」


「いや、大丈夫だ。むしろ、夕ご飯を食べれば疲れも取れるだろうし」


「分かった。それじゃあ、食堂で待ってるね」


 朗らかな笑みを浮かべ、結ばれた髪を揺らし、食堂に入っていくリィーラ。これといった荷物もなく、服が汚れているわけでもない僕は、洗面所で手を洗い、すぐにリィーラの待つ食堂へ。

 食堂では、繋げられたテーブルが大きな一つのテーブルとなり、その周りを宿泊客たちと、宿泊客ではない人たちが囲んでいた。テーブルの上にはあらゆる料理が並び、中央には巨大な焼き魚が鎮座する。まるで料理の見本市だ。


「タカトくん、こっちこっち」


 僕を見つけるなり手招きをするリィーラは、自分の隣の席に僕を座らせた。席に着くと、先ほどから漂っていた料理の良い匂いが、僕の胃袋を締め付ける。


「今日はね、ウェスペル開業から二〇年目のお祝いなんだ。それで、お客様におもてなしをしようってことで、お母さんがたくさんの料理を作ってくれたの。あの大きなお魚は、この前タカトくんが運ぶのを手伝ってくれたお魚だよ」


「あの魚、大事な行事のための魚だったのか」


 訳も分からず手伝った荷物運びは、この行事のためのものだったのだ。そう思うと、ウェスペルに少しでも恩返しができたような気がして、ちょっと嬉しい。


 リィーラの説明が終わると、リィーラと彼女の両親は立ち上がり、テーブルを囲む僕たちに向かって口を開いた。


「私たちは、皆様のおかげで、今日という日を迎えることができました。そこで本日は、日頃の感謝の意を込めて、妻の料理を皆様にご馳走いたします!」


「さあさあ皆さん、私の自慢のお料理です! どんどん食べてください!」


「やっほー! ウェスペルの料理食べ放題なんて、夢のようだ!」


「酒も飲み放題! やっぱウェスペルは最高だな!」


「これからもよろしくお願いしますね!」


 感謝の言葉を述べるリィーラの両親に、馴染みの客と思わしき人たちは、ウェスペルを褒め称え、料理と酒を口に流し込んだ。客たちの反応に、リィーラの両親は素直な喜びを表情に浮かべる。


 ウェスペル二〇周年行事は、行事参加者たちによって大盛り上がり。まだ一泊しかしていない僕でも、ウェスペルが多くの人たちに支えられ、また多くの人たちがウェスペルに支えられたことが理解できた。


 とはいえ、やはり一泊しかしていない身。馴染みの客たちの話には付いていけず、僕は黙々とリィーラのお母さんの食事を頬張る。正直、食事のあまりの美味しさに、馴染みの客の話は僕の耳を通り抜けてしまう。

 そんな中、とある客が僕に話しかけてきた。客たちの中でも特別な雰囲気を放つ、ジャケットを羽織りながらもくだけた格好に身を包んだ、シルバーヘアの美しい女性だ。


「はじめまして。あなたは、この宿と出会ったばかりかしら?」


「え? あ、はい。まだ二泊目です」


「そう。私はね、世界を旅する最中に、この宿に出会ったの。もう何年も前の話ね。ここは本当に良い宿よ。エッセを巡り巡った私が言うんだから、間違いないわ」


 旅人であるというその女性は、滔々と話を続ける。


「長い旅で、私はいろんなものを見てきた。雄大な山脈を越えたり、広大な砂漠で遭難したり、険しい渓谷で猛獣に襲われたり。山の頂上から見る日の出は美しくて、夜の砂漠で見上げた星空は神秘的で、渓谷に流れる川は心を落ち着かせてくれて」


 脳裏に焼き付けた風景を思い起こし、情景を言葉で再生する旅人は、それだけでも楽しそうだ。


「ホスアの大氷河、パウタウの大穴、エンドの大森林――あちこちを旅していると、こんなにも世界は美しいんだって、思い知らされたわ。もちろん、そこに千差万別の自然が広がるように、千差万別の人々もいた」


 そう言って微笑み、酒を飲み酒に飲まれる客たちに囲まれ、しかし旅人は酒には口を付けず、リィーラの母親が作った料理と紅茶をたしなむ。僕はいつの間にか旅人の話に聞き入り、旅人も話を続けた。


「喧嘩をふっかけてくる男、尻を触ってくる男、高額商品を無理やり買わせようとしてくる女、説教相手を見つけてはみんなに嫌な顔をされる老人、他人の気持ちを理解せず暴言ばかり口にする子供」


「なんか、ロクでもない人たちばっかりなような」


「そうよ。人間なんてみんなロクでもないわ。だから、面白いんじゃない。もちろん、良い人もいっぱいいたわよ。優しく道案内してくれた男の人や、街の情報を教えてくれた女の人、のんびり屋さんな老人、無邪気な子供とかね。何より――」


「何より?」


「このウェスペルの三人は、私が出会った人たちの中でも最高の三人よ。私は年に二、三回しかこの宿に泊まってないけど、なんでかしらね、あの三人に会うと、まるでお家に帰ってきたような気分になれるの」


 リィーラと彼女の両親を眺め、目を細めた旅人。


「私がウェスペルにはじめて来た時は、まだリィーラちゃんは生まれてなかったわね。リィーラちゃんとはじめて会ったのは、リィーラちゃんがまだ赤ちゃんの頃だったわ。もう可愛くて可愛くて、今でも抱っこしてあげたいぐらい」


「うん? リィーラって僕と同じ一七歳ぐらいですよね?」


「同い年ね」


「旅人さんは、今いくつなんですか?」


「こらこら、女性にむやみに年齢を聞くのは失礼よ」


「あ! すみませんでした! 旅人さん、お若く見えたので」


「ホントかしら? テキトーに褒めとけば、失礼なことも許してくれると思った?」


「そ、そんなつもりはないです! 本当です!」


 じっとりとした目つきで睨まれ、僕の目玉は無意識に右往左往。脳みそは緊急事態宣言を発令しているが、僕の脳内細胞ではこの緊急事態に対応できそうにない。そんな僕を救ってくれたのは、可笑しそうに笑うリィーラである。


「旅人さん、タカトくんが困ってますよ」


「フフフ、このぐらいの年頃の男の子って、からかうと面白くて」


「もう、旅人さんは容赦がないなぁ」


「……面白いからって、からかわないでください!」


「悪かったわよ」


 旅の話をしていた時とは違う、悪戯な笑みを浮かべた旅人に、リィーラは苦笑い。僕は安心感とからかわれたことへの不満で、ほっぺを膨らましたい気分だ。膨らませないけれども。

 リィーラは別の客に呼ばれ、そちらとの会話に移行。すると旅人は、僕の耳元に寄ってきた。旅人の長い睫毛が近づき、僕は全身にカイロを貼られたよう。


「リィーラちゃんって、良い子よね」


 僕の耳元で旅人が口にした言葉に、僕は即答する。


「はい」


 この即答に旅人は再度笑って、どこか遠い目をしながら、呟くように、だがはっきりと僕に言った。


「そうよね、あなたもそう思うわよね。ねえ、あの子のこと、大切にしてあげて。私はあの子の側にいるだけ、というわけにはいかないの。あなたが、リィーラちゃんを大切にしてあげて」


 分からなかった。どうして旅人がそんなことを僕に頼むのか、理解できなかった。理解する前に、旅人は席を離れ、別の客との談笑をはじめてしまった。何が何だか、僕の頭は真っ白である。ゆえに、旅人の言葉に対する答えも、見つけ出すことができなかった。

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