第1章4話

 攻撃開始から数分。要塞西部の岩山は完全に削り倒された。徹甲弾に穴を開けられた魔物たちに、もう動ける者はいない。全ての魔物が、僕の召喚した戦車によって生命活動を停止させられたのだ。


 要塞は守った。別の魔物部隊が攻めてこない限り、要塞にいる兵士たちが傷つくことはないだろう。


「なんという力だ……」


「さっきの鉄の塊は……一体……」


「魔物たちが……あの魔物たちが……あれほど簡単に……」


「これが……勇者様……」


 科学技術の面は中世レベルのこの世界で、主力戦車の一斉射撃は刺激が強すぎたらしい。要塞内にいる兵士たちは、勝利への喜びも、傷の痛みも忘れ、常識を打ち壊された驚愕と、布にじわりと染み込んだかのような恐怖を胸に、僕を遠くから眺めていた。


 兵士たちはまさに、僕を別世界の存在として見ている。そしてそれは正しい。だから僕は、兵士たちの言葉を甘んじて受け入れる。


 多数の兵士たちから視線を突き刺されながら、僕は要塞の中へと戻っていった。そんな僕を待っていたのは、ニタニタと笑うケーンだ。


「マジか。この前タカトが召喚した武器、あれだけでも十分な威力があったんだがなあ、まさかそれ以上の代物出してくるとは。なあ、まさかと思うが、あれよりもすげえの、まだあったりするのか?」


「……あるけど」


「ヘッヘ、勇者様様だぜ。これなら魔王を倒す日も、そんな遠いことじゃねえだろうな」


 僕が兵器であるかのような口ぶりのケーン。いや、きっと彼にそんな気はないはず。単に僕が、そう受け取っただけ。でも、勇者が魔王を倒すための兵器という認識は、あながち間違っていないような気もした。

 世界を救うためなら、兵器にでもなんでもなってやる。ここが夢の世界でしかなかろうと、僕のなすべきことは、それだと思うから。


 戦を終えた魔導中隊だが、彼らの仕事が終わったわけではない。彼らは魔物部隊の次の侵攻に備えなければならない。それゆえ、ヘリヤは頬を緩ませながらも鋭い口調で僕たちに言う。


「勇者殿、救援感謝する。もうここは私たちだけで十分だ。勇者殿はメディントンに帰還し、待機していてくれ。ケーン、お前は勇者殿を連れてメディントンに帰れ」


「冷たいな。おいタカト、ヘリヤの機嫌が悪くなる前に帰るぞ」


 苦笑いを浮かべたケーンは、去り際にヘリヤの胸を凝視堪能し、転移魔法陣へ向かった。僕はただケーンについていき、同じく転移魔法陣へ向かって歩き出す。


 兵士たちの輝いた目が、要塞を歩く僕に集中した。英雄を讃え、救世主を仰ぎ、希望に縋るような兵士たちの目。気恥ずかしさと誇らしさを心に同居させ、僕は勇者らしくあろうと胸を張って歩く。

 勇者はこの世界を救うのが使命。その勇者が、猫背でみすぼらしくしているわけにもいかないだろう。少しぐらい、勇者らしくしていないと。


 転移魔法陣に到着し光に包まれる頃、集まった兵士たちが僕らを見送ってくれた。兵士たちの拍手喝采は、光が強まれば強まるほど消えていき、光が消えた頃には、全く聞こえなくなる。


 先ほどまでの戦場は何処へやら。平和なメディントンの街が、僕の視界に開けた。


「さてタカト、俺はお前の戦果を上に報告しなきゃならねえ。前線の魔物部隊の動きもねえ。つまりお前は、真っ昼間から暇になるってことだ」


「勇者が暇なのは良いことだと思うけど」


「まあな。ただ、駐屯地にいたってやることはねえ。俺のオススメは、メディントンの街を探索することだぜ。どうだ?」


「勇者の僕が遊んでたら、みんなに迷惑かける気が……」


「細かいことは気にするな。そもそもお前の強さじゃ、どんな迷惑も吹き飛ばせる」


「なら……ケーンさんの言う通りにする」


「よし、じゃあタカトは街をお散歩中って、ここの指揮官に伝えておくぜ」


「ありがとう。助かる」


「自由時間、楽しんでこいよ」


 何もせず駐屯地で時間を潰しても良かったのだが、よく考えればスマホもゲームもない世界で暇な時間を過ごすのは苦痛だ。ここはケーンの言う通り、メディントンの街を探索することにした。


 僕に背中を向け手を振るケーンと別れ、僕は駐屯地の出入り口へ。魔導師たちが忙しくしている駐屯地から出ると、そこはもうメディントンの街中だ。


 レンガ造りのカラフルな建物が連なり、たくさんの三角屋根が空を刻み、窓枠に飾られた花は街そのものを飾りつける。街行く人々は、荷物を担ぎ、または馬車を駆り、あるいは自由に街を歩く。

 人の好さそうな商人、屈強な体つきの職人、無邪気に笑う子供たちと、その子供たちを連れる母親や父親たち、大声を張り上げる料理屋の店主、人相の悪い冒険者。少し街を歩いただけで、様々な人たちとすれ違った。


 たった一人、目的地もなく街を歩くこの僕が、実は勇者であると知る人はいないだろう。みんな、僕を素通りするか、物を売りつけてくるか、気さくに挨拶をしてくれるかだ。時計の針など気にしないこの世界で、僕はどこまでも続く街を歩き、人々とすれ違う。


 ところが、ある少女とすれ違った時、僕一人での街探索は終わりを告げた。


「タカトくん? 間違いない! タカトくんだ!」


 カゴを両手に提げ、碧い瞳を輝かせながら、快活に僕の名を呼ぶ一人の少女。一目見ただけで、僕は彼女が誰なのかに気づいた。


「リィーラ。ええと……」


 気づいたは良いものの、やはりタカトと呼ばれると言葉が出てこない。勇者様、と呼ばれればすぐに言葉が口から飛び出すというのに。でも、タカトと呼ばれた方が、なんだか嬉しかったりするのだが。

 何を言えば良いのか分からず、口ごもってしまった僕。そんな僕を相手にしながら、リィーラは構わず言葉を続けてくれた。


「こんなところでまた会えるとは思わなかったよ! 六日ぶり、かな?」


「あ、ああ、久しぶり。久しぶりってほどか? えっと、怪我は治ったみたいだな」


「おかげさまで」


 首を傾け、にっこりと笑ったリィーラ。こうして女の子と話すのに慣れていない僕は、さてどうしたものか。悩んでいるうちに、リィーラは僕に問いかけた。


「タカトくんは、ここで何をしてるの?」


「何って、僕が?」


「うん、タカトくんが」


「いや、別に何をしてるわけでもないんだけど……」


「何もしてないのに、街を歩いてるの?」


「何もすることがないから、街を歩いてるんだ」


「へ~」


 興味津々、とでも言いたそうな表情のリィーラに、僕は後ろ頭をかくことしかできない。ただ、ずっとそうしているのも良くはないだろう。こちらからも話しかけるべきだ。


「リィーラは、ここで何を?」


「私?」


「ああ」


「私はね、お仕事の最中なんだ」


「し、仕事!? ごめん、仕事中だったら、こんな場所で話してる場合じゃないよな」


「ううん、大丈夫だよ。お仕事って言っても、お父さんとお母さんのお手伝いで、お買い物するだけだから」


「いやいや、仕事は仕事だ」


「そうかな。じゃあ……お仕事、手伝ってよ」


「え?」


 一瞬、リィーラが何を言っているのか理解できなかった。彼女の言葉の意味を理解すると、今度は自分がどう答えれば良いのか分からなくなった。結果、素直な言葉が口から出てしまった。


「別に、良いけど」


「ホント!? 今日は荷物が重くなりそうだったから、助かるよ」


 そこはかとなく感じるパシリ感。だが、僕はリィーラの仕事を手伝うと言ってしまったのだ。今さら断るわけにもいかない。


「目的のお店はこっちだよ。ついてきて」


 やると決めてからの行動が早いリィーラは、雑踏をかき分けスタスタと街中を進んで行った。僕は彼女を見失わないようにするのだけで精一杯である。


 東京の街ほどではないが、昼間のメディントンの市場は、人気アイドルのコンサート会場のように人が溢れている。背の低いリィーラはすぐに人混みに紛れてしまうため、彼女から少しも離れることができなかった。

 人混みの中での僕の悪戦苦闘に、リィーラも気づいたのだろう。彼女はふと足を止め、おもむろに僕の腕を握り、また先を急ぐ。こうなると、どちらがどちらを手伝っているのか、もう分からない。


「到着したよ」


 リィーラがそう言ったのは、市場にどっしりと構える魚屋の前だった。ここは海から離れているのだから、商品棚に置かれた多種多様な魚たちは、川や湖から獲れた魚だろう。僕はそれらを塩焼きにする場面を思い浮かべ、想像した焼魚に唾を飲み込む。


 リィーラは僕の腕から手を離すと、店のカウンターから体を乗り出し店主を呼んだ。しばらくして、魚屋というよりは殺し屋のような目をした男が店の奥から出てくる。


「おお、ウェスペルの嬢ちゃんか」


「こんにちは、おじさん。お父さんが注文したお魚、ありますか?」


「もちろん。ほら、お約束のメディトラウトだ」


 片頬を上げた魚屋の店主は、リィーラと店主を分け隔てるカウンターの上に、一メートルほどの何かをドカンと置く。僕は最初、その何かは大量の魚が入ったずだ袋か何かだと思い、それが実は一匹の魚であったことに気づけなかった。


「今朝獲ってきたばかりのもんだ。こんなでけえ魚、珍しいだろ? 魔法で冷凍してあるから、鮮度も抜群」


「すごい……すごいです! お父さんもお母さんも大喜びすると思います! おじさん、ありがとう!」


 無邪気に笑うリィーラは、ポケットからお金を取り出し店主へと渡す。お金を受け取った店主は、殺し屋のような目つきに似合わぬ心配そうな顔をしてリィーラに言った。


「なあ嬢ちゃん、重い荷物になるだろうが、持って帰れるか?」


「心配いりません。今日はお手伝いさんがいますから」


 そう言ってリィーラは振り向き、僕を見る。店主は少し首をかしげながら、小さく笑って、それ以上は何も言わない。僕はリィーラの隣に立ち、リィーラから預かったカゴに巨大な魚を滑り込ませた。

 魚がカゴの中に収まった途端、僕の腕の筋肉がフル稼働。魚というよりも、何十冊もの本を持たされたような気分である。


「タカトくん、重そうだね。大丈夫?」


「この程度で音を上げてたら、お手伝いさんなんか務まらないだろ」


「ごめんね、荷物持ちなんかさせちゃって」


「大丈夫大丈夫。それより早く行こう。重くてしようがない」


「そうだね。じゃあ、こっちだよ」


 魚屋の店主とは別れ、再び歩き出したリィーラ。僕は重い魚を持つため体を仰け反らせながら、人混みの中をかき分けリィーラを追う。リィーラも僕に気を遣ってくれているようで、数歩進むごとに振り返り、僕を待っていてくれた。


 僕は世界を救う勇者のはずだ。容易に魔物を倒せるだけの力を持った勇者のはずだ。ところが現在、僕は一匹の巨大な魚に悪戦苦闘中。夢の中ですら、日頃の運動不足の弊害が僕を苦しめるのである。


 それでもなんとか、僕はリィーラの後を追い続けた。途中、数分だけリィーラに荷物を持たせてしまったが、市場を抜け大通りを抜けると、いよいよ目的地到着だ。


「着いた。ここが私のお家、宿屋ウェスペルだよ」


 両腕を広げ誇らしそうな表情をするリィーラ。彼女の背後には、花に飾られた複数の出窓と、白壁に三角屋根が可愛らしい三階建ての建物が、人々を暖かく出迎えていた。

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