第1章3話

 リィーラと別れ、転移魔法陣で城に戻り、高貴な方々と夕食。食事を終えると、あの広い自室に戻り眠りにつく。目を覚ました時は、夢の世界ではなく現実世界の自室のベッドの上。感想すらも思い浮かばないような毎日がはじまった。


 起きて、学校へ行き、家に帰り、多少の勉強を済ませ、ネットを漁る。たったそれだけの一日だが、一日の最後はいつもと違う。まだ日付が変わらぬうちにベッドに横たわるのだ。もう一度、あの夢の世界へ行くために。


 とはいえ、全てが思い通りにいくはずもない。あの夢を見る条件は分かっていない。いくらあの夢を見たいと願ったところで、どんなに早く寝たところで、カーテン越しに日が射し込む現実世界の自室で目を覚ましてしまう。それが六日続いた。


 たった六日とはいえ、もう二度とあの夢は見られないのではないかと心配になってくる。だから七日目、城のだだっ広い部屋で目を覚ました時、僕は小躍りするほど嬉しかった。


「おお! 勇者様! ようやくお目覚めに――?」


 一つ教訓を得た。嬉しいからといって本当に小躍りしていると、人に見つかった時、すごく恥ずかしい。


 さて、こちらの世界の服装に着替え、使用人に連れられ食堂へ。夢の世界の数少ない不満点である不味い朝食を食べながら、僕は城の人たちと少し話をした。どうやら王様も含め、彼らも彼らで、六日間も僕が眠っていたことを心配していたらしい。


 ここは僕にとって夢の世界だ、とは伝えなかった。なぜかは分からないが、きっと心のどこかで、ここが僕の夢でしかないというのを否定したかったのだろう。


 僕が城の人たちに伝えたのは、ちょっとした嘘を混ぜた真実である。僕は特別な力で二つの世界を生きており、別の世界にいる時はこちらの世界で眠っており、いつ世界を移動できるかは神様次第、という内容の真実。決して間違ってはいない説明だ。

 城の人たちは素直にその説明を受け入れてくれた。なんだか城の人たちを騙しているようで申し訳ないが、勇者にだって複雑な事情はあるのだ。


 説明を終え、朝食を食べ終え、次はどうしようか、今日はどんな予定があるのだろうかと思う僕。そんな時、予定なんてクソ食らえとでも言いたそうな陽気な声が、食堂に響いた。


「よお! やっと目が覚めたか、ねぼすけ勇者様」


 ケーンである。彼は僕の顔を見るなり、ニタニタとした表情を浮かべ軽口を叩いた。使用人が眉をひそめようとお構いなしだ。

 ちょうど食事を終えていた僕は、席を立ちケーンに話しかける。


「どうも。ケーンさん、今日の予定は?」


「移動しながら伝える。六日間も寝てるヤツの予定、決めるの結構大変だったんだぜ」


「す、すみません」


「ヘッヘ、まあ気にするな。ついてこい」


 僕に背中を向け、さっさと歩き出したケーン。彼に言われた通り、僕はケーンを追って食堂を出た。向かう先はきっと、メディントンに繋がる転移魔法陣だろう。


「今日もメディントンで魔物退治とか?」


「察しが良いな。そんなところだ。この前のタカトの戦いぶりをありのまま上層部に伝えたら、貴族連中が大喜びしちまってな。今日はこの前よりも、より実戦的――いや実戦そのものをやってもらうぜ」


「実戦そのものってことは……前線送りの予感」


「その予感、的中だぜ」


「なんだか人使いが荒い気がするけど」


「とは言ってもよ、この前の戦い見る限り、魔物倒すの楽そうだったじゃねえか」


「まあまあ楽だった」


「ヘッヘッヘ、んなこと言うヤツお前だけだぜ」


 半ば呆れたように笑うケーンを見て、僕は自分の力の強大さを思い知る。ちょっと想像してちょっと杖を振っただけで魔物を倒してしまう力は、この世界では異常であり、魔物の侵攻から世界を守る希望なんだろう。

 勇者として頼りにされているのだから、期待には応えないといけない。平和な世界で過ごしてきた僕は、それでも自分なりに、戦いへ身を投じる決意というものをしてみた。


    *


 転移魔法陣の光に包まれ、メディントンへ。よく晴れた青空のもと、メディントンの街に置かれた魔法師団の駐屯地は、相も変わらず慌ただしい。

 魔導師たちがせわしくしている中で、とても軍人とは思えぬ美貌を持つヘリヤだけは毅然としていた。僕たちの到着を待っていた彼女は、転移魔法陣の上に立つ僕に対し、単刀直入な言葉を放つ。


「待っていたぞ、勇者殿。ちょうど良いところに来てくれた。現在、グリューン要塞に展開していた一個魔導中隊が孤立、数百体規模の魔物部隊に攻撃を受けている。旗色は悪い。勇者殿には、彼らを救ってもらうぞ」


「やる気満々だな、ヘリヤは」


「ヘリヤさん、分かりました。僕が必ず救出します」


「おお? タカトもやる気満々じゃねえか」


「前線の兵士の命がかかってるのに、やる気なしって方が問題でしょ」


「さすがは勇者殿。ケーンも少しは見習ってほしいものだ」


「待てよ、俺だってやる気はあるんだぜ」


「どうだかな。勇者殿、こちらへ」


 ヘリヤの案内に従い、駐屯地内を歩く僕たち。てっきり、このまま馬に乗って街を抜け、前線に向かうものだと思っていた。だけど僕が案内されたのは、先ほどとは違う模様をした転移魔法陣だった。


 特に説明もなく、十人ほどの部下と共に魔法陣の上に立つヘリヤ。僕とケーンも魔法陣の上に立ち、転移する時を待つ。しばらくして、魔導師が魔法陣に魔力を込め、僕たちは光に包まれた。

 ただそこに立っているだけで、光が消えた頃には全く別の場所にいる。そのたび、いつも頭は混乱状態だ。転移魔法の感覚に慣れるまで、まだしばらくかかりそうである。


 光が消え、僕たちの視界に入り込んだのは、薄汚れた陰鬱な石壁。辺りにはうめき声が響き渡り、カビ臭さと腐臭が僕の鼻を締め付けた。ここが魔物との戦場であり、前線であるグリューン要塞なのか。


「中隊長、救援に来たぞ」


「救援? 勇者様の救援か?」


「そうだ」


「ああ! 神に感謝を! 皆、勇者様が助けに来てくれたぞ!」


 ヘリヤに中隊長と呼ばれた魔導師の男は、泥に汚れ疲労に潰された表情を一瞬で明るくし、杖を掲げ部下たちに朗報を伝えた。朗報を聞いた部下たちも、希望で絶望を押しつぶし、笑みを浮かべる。


 僕の存在が彼らに希望を与えた、と思うと気恥ずかしさすら感じる。だが、それ以前に、要塞内の凄惨な光景が僕の心を容赦なく握り潰そうとしていた。


 きっと魔物に手ひどくやられたのだろう。兵士は全員、怪我を抱えて苦しんでいた。中には腕や足を失い、また今にも命を落とそうとしている者もいる。すでに息絶え、ローブに包まれ床に投げ捨てられた死体も少なくはない。

 死者に失礼だと分かっていながら、僕は死体から目を背け、死臭に耐えられず鼻をつまみ、表情を歪ませてしまった。もしケーンがいなければ、戦う気は早くも失せていたかもしれない。


「さてタカト、仕事の時間だ。あそこで死にかけてるヤツらが、この要塞の死体の山の一部になるかどうかは、お前次第。なら、お前が何をすべきかは分かるだろ?」


 この状況で、なおも飄々としていられるケーンの神経が理解できない。だが、彼の言う通りだ。僕は何をすべきかくらい、分かっている。


「あの、敵はどこに?」


「もしや……あなたが勇者様?」


「はい」


「あ、あちらです! 魔物は要塞西部に集まっています! 魔法障壁は長くは持ちません! どうか、我らを救いたもう!」


「安心してください。僕が必ず、魔物を倒します」


 今、僕は確信している。この世界は僕にとってただの夢かもしれない。けれども、この世界――エッセは確かに存在している。エッセに住む人たちにとっては、ここが現実なんだ。ならば、僕は勇者として、この世界を救わなければならない。


 中隊長の言葉通り、魔物たちは要塞西部に集まっていた。岩の体を持つ魔物が密集した光景は、まるで岩山がそこにあるかのよう。その岩山を石切場にして、完全に吹き飛ばすのが僕のやるべきことだ。


「ケーンさん、杖を」


「はいよ」


 杖を受け取り、要塞から一歩踏み出す。ケーンやヘリヤ、五〇人規模の魔法師団は杖を構え、要塞内から魔物の集団を狙った。


 人形のように美しいヘリヤは、白銀の鎧に太陽光を反射させながら、冷たく叫ぶ。


「魔物どもの魔法障壁を破壊する! 魔力は気にするな! 光魔法『ホーリースパーク』一斉掃射!」


 ヘリヤの叫びとともに、魔導師たちの持つ杖から白い光が放たれた。光が流れ星のように魔物たちに降り注ぐと、魔物を覆い尽くす紫色の魔法障壁が姿を現す。そして障壁はひび割れ、粉々に砕け散った。


「今だタカト! やっちまえ!」


 背後から聞こえてくるケーンの合図。僕は両手で握った杖を天に掲げ、想像した。百体は優に超える魔物たちを吹き飛ばすための、強力な兵器を。


 僕の周囲に現れたのは、一〇輌の戦車。無機質な戦車砲は魔物たちを狙い、僕の指示を待っている。


「マーク」


 杖を大きく振り、僕は標的を定めた。直後、一〇輌の戦車が一斉に主砲を発射。音速の何倍もの速さで飛び出したAPFSDSは魔物の体に食い込み、彼らの体内を蹂躙する。

 砲弾がある限り、マークされた魔物が生きている限り、戦車は攻撃を続けるのだ。見たことのない兵器、経験したことのない攻撃に、魔物がどれだけ慌てようと、一〇輌の戦車が容赦することはないのだ。


 要塞周辺を揺らす、戦車砲の発砲音。この世界にあるはずのない存在に、草木はざわめき、魔物たちは絶命し、魔導師たちは言葉を失う。


 数百体もの魔物に襲われ、絶体絶命の窮地に陥っていた魔導中隊。それが、僕一人の力によって形成逆転。要塞に死体の山を作り出そうとしていた魔物たちは、たった今、死体の山になろうとしている。


 振り返らずとも、魔導中隊の兵士たちがどんな表情で戦場を眺めているのか、想像はつく。もしかしたら、魔物を見るのと同じ目で、僕を眺めているかもしれない。それで良い。僕の願いは、彼らがそうして生き長らえることなのだから。

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