第451話 ふと、

 祖母が家の一階で暮らすようになってから3か月が経とうとしている。

 それで思うことなんだけれど、普段は祖母、何をしていたっけな、ということ。

 日の当たる席で、お茶、お湯、白湯を飲んでたのは憶えている。

 あれ? 今、祖母の部屋にお湯のでるポットはない。

 母の日のプレゼントにと思ったけれども、借金を返したばかりでそうもいかない。

 ……そうか、急須にお湯を注いで一階まで持ってゆけばいいのだ。

 そう思って、一回だけ実行した。

 祖母はありがとうと言ってくれた。

 彼女は普段、自分のすることにいっぱいいっぱいなのか、めったに口をきかないしお礼も言ったことはなかった。

 その祖母が礼を言ったのだから、そうとうだ。

 きっとのどが渇いていたのだ。

 今さらそんなことを思い出すのにもわけがある。

 今日、母と買い物に出かけた時、母はこんな話をした。

『おばあちゃん、最近トイレの失敗がなくなってきたみたいで、デイケアに持たせた紙パンツとシートが……』

 なんだかわからないが、用品が消耗しなくなってきたというのだ。

 それはダメだ! ととっさに思った。

「おばあちゃん、水分摂取が減ってるんじゃないの?」

 そういえば、と母は思い当たった。

 朝、昼、夕とおやつの四回しか、祖母にお茶を運んでいない、というのだ。

 え? 一回につき、それなんcc? と言えば、150ccだから、祖母は一日に600ccしか水分をとってない! それはまずいよ、母!

 ということになり、わたくしは思った。

 この人たちを幸せにしなくてはならないんだ、と……。

『わたくしが』しなくてはいけないんだ、と。

 愛猫だけにかまけていた自分の肩に、恐ろしいものが乗っかってきた。

 母では行き届かない面がある。

 たとえば今日の午前中、母は祖母を車に乗せて公園まで行った。

 そこで歩行器を使わせて歩き回った、散歩だ、というのだ。

 うれしかったのかな、祖母は。

 それで、午後、母が昼寝をしていたからその間に出かける準備をしておこうと一階へ降りた。

 そうしたら、祖母がサンダルをはいて玄関で座り込んでいた。

 いや、へたり込んでいたのだ。

 こういえばわかるだろうか。

 祖母は外へ出たい、と思ったらしい。

 外の景色を見たい、と。

 祖母の部屋はちょうど隣家の日陰になり、十分な陽がささないのだ。

 閉じ込められている気持ちがしたのだろうか、そうまでして外が見たかったのだろうかと思うと気の毒になる。

 そうして祖母は玄関先で動けなくなっていたのだから。

 わたくしも驚いて、寄っていって立ちあがらせた。

 ありがとう、と祖母は言った。

 普段、靴を履き替えさせてもらっても、足のむくみに包帯をしてもらっても、寝るとき湯たんぽを足にあてがってもらっても、決して礼を言ったことのない、祖母が!

 よっぽど困っていたのだろうと思うしかない。

 祖母はなんにも言わない人だった。

 困っていても、嫌なことがあっても何も言わない。

 ご飯の好き嫌いも多いのに、何も言わずに残すだけ。

 母はなんにもわからないから、翌日同じものを食事に出すし、祖母はまた残す。

 そうして初めて残飯だ、という認識が起こるのだから母もおかしい。

 母は思ったほど祖母のことを見ていない。

 普段、仕事に出ずっぱりで祖母が日中なにをして過ごしているかを見てきてないのだ。

 ずばり! 祖母は水分補給が命な人です。

 いつも湯呑を前にテーブルに向かい、背中を陽に当ててちょびちょびちょびちょびとお茶、お湯、白湯を口に含んでいる。

 そんな祖母に、一日600ccしか飲み物を渡さないだと!?!?

 それは拷問だよと腹が立つ。

 水分をとらなければトイレの回数は減るし、失敗もなくなる。

 だが、健康が害される! ダメだ、それは。

 ダメだ、わたくしがなんとかせねば。

 お茶をたびたび運ばないといけない。

 ポットを仕入れないといけない。

 それまでに死なれては困る。

 これが結論である。

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