第23召喚 戦場恋愛劇
「なかなか来ないな」
渓流に放置された大量の岩石。ゴーレム・アソートの擬装形態である。
俺はそのうち一つの上に座り込み、作戦が開始されるのを待っていた。
「皆、上手くやってくれるといいんだけどね」
隣の巨石に膝を抱え込んで座るのは、ゴーレムの持ち主であるゼルディン。作戦開始の合図である光魔法の球が上がるのを待ち、空を眺め続けている。
こちらから囮部隊の様子は見えない。今、俺たちの任務はひたすら待つことだけ。
大仕事が控えていると思うと、気分が落ち着かないものだ。体が緊張し、手足がそわそわしてくる。
「なあ、ゼルディン。気分を紛らせたいから、何か話を振ってくれないか?」
「今度発表しようと思っている『ゴーレムの農業利用に関する必要魔力の問題点』という論文の内容でも話そうか?」
「何か難しそうな話だから却下。もっと日本と共通性のありそうな話題にしてくれ」
「知らないよ、そんなの」
ゼルディンは俺に振り向くことなく、ゆったりと流れる雲を見ていた。
こちらから語り易い話題を作るべきか。
「じゃあ、もし戦争が無事に終わったら何をするか決めてる?」
「多分、ゴーレムの新しい利用手段を模索してると思う」
またゴーレムの話だ。
これまで見てきたゴーレム・アソートといい、馬型ゴーレムといい、ゼルディンはゴーレムを作るのが好きらしい。
しかし彼は病院の施設責任者で、先日もパルナタードの治療を行っていたはず。そっちが本業だと考えると、ゴーレム製作は趣味か副業ということなのだろうか。ゼルディンにはまだまだ分からないことが多い。
「それじゃあ逆に尋ねるけど、勇者君はどうするつもりなんだい?」
「俺にはさ、日本に残してきた妻がいるんだよ。だからさ、戦争を終わらせて俺は早く日本に帰らなきゃいけないんだ」
「へぇ。配偶者がいるなんて意外だね」
「俺も不思議に思うんだよな。趣味も育ちも全然違うのにさ、仕事で出会って色々と絡んでいたらいつの間にか結婚してた」
頭に
もし
「ゼルディンにはそういう経験はないのかよ?」
「恋愛について?」
「そうだよ」
「うーん……」
彼はしばらく黙り込んだ。空の一点を見つめ、何かを思い出している。
チョロチョロと谷を流れていく水の音。
長い静寂に耐え切れず他の話題を振ろうかと考えたとき、彼はこう答えた。
「あるよ」
随分とのんびりした返事だった。
それにしても女性に興味のなさそうなゼルディンにそういう経験があるとは驚きである。
「僕の病院で、マリナ・ギヌムの光線を受けたときを覚えているかい?」
「おう」
「そのときにね、スピルネが僕を庇おうと抱き付いて来たんだよ」
「へ、へえ……」
「そのときに『ずっと愛してた』という旨の言葉を貰った」
確かあのとき、彼らは抱き合うように座っていたと思う。もしルインベルグが光線を結界で防がなかったら、スピルネが死に、ゼルディンを守っていたのかもしれない。
きっと当時、スピルネはこれが自分の最期になると覚悟したのだろう。だから彼に自分の想いを伝えた。まさか彼女がそんな愛情を彼に抱いていたとは意外だが。
「でも彼女、あの後は何もなかったかのように振る舞ってたけどね」
「それ、今度はゼルディンから告白してきてね、ってことじゃないのか?」
「やっぱりそう思うかい?」
今振り返っても、スピルネにそんな素振りはなかったと思う。女性とはなかなかの役者だ。
「昔からそういう兆候はなかったのかよ?」
「あったような、なかったような……」
「スピルネと初めて出会ったのは仕事のときか?」
「そうだね。四天王の任命式で一緒に登壇したのが始まりかな。年上の僕に『もっとしっかりしなさい』とか『責任を持ちなさい』とか、色々と言ってくるから嫌われているのかと思ったけど」
これは、いつの間にかスピルネ側から好きになっていたパターンだろうか。バリバリのキャリアウーマンが、のんびりした男に惚れた。そういうバランスが取れている気がする。
「自分でも分からないんだよね。あんな文武両道才色兼備で優秀なお嬢様が、僕みたいなゴーレム弄ってるだけのオタクに『愛してる』なんてさ」
「そういう正反対の性格だから、きっと自分の持ってないものに惹かれたんだよ」
俺と棗は互いにないものを求め合った。
きっとスピルネも、ゼルディンの中に自分の持っていない部分を発見したのだろう。
「ゼルディン、この作戦が終わったら、絶対にお前から返事をしてやれよ。きっと、お前らはいい夫婦になれるから。俺もさ、妻とは全然違うタイプで結婚とか全く考えてなかったけど、でも互いのことを色々知るうちに楽しくなってきたんだよ。きっとお前にもそれが分かるさ」
「普段、僕は他人の成功体験なんて当てにしないけど、今回は受け入れてもいいかな」
そのとき、空に白く発光する物体が浮かぶ。
今回の光球は、作戦が開始された合図。これから何分か後に、この近くをマリナ・ギヌムが通過するはずだ。
「始まったみたいだね」
「ああ……!」
やがて次々と山を乗り越えて姿を見せる黄金の機械兵。そこに使われている膨大なマリナイバ鉱石がドクドクと不気味な光を放ち続けている。
「今だ、スピルネ!」
その瞬間、巨人の真下から炎の球が上がった。猛烈な速度で突撃したそれは、巨人の浮力を生み出している背中のブースター内へと入り込む。唯一、装甲に覆われていない弱点。火球が下へ吹き続ける光を吹き飛ばすと、さらに炎はブースター内へ進入し、オーバーヒートさせたのである。
* * *
ゼルディンから渡された精密狙撃用魔導兵器を撃つ直前、スピルネは彼のことを考えていた。
「まさか、私が彼のことを好きになるなんてね……」
思い返すだけで恥ずかしい。
彼に自分から「ずっと愛してた!」と言うなんて、昔の自分では考えられなかった。彼に抱き付いた当時のことを振り返ると、心臓が高鳴る。あの言葉は死ぬ前提で放ったのだ。なのに生きているなんて気まずいだろう。
そして振り返る。
私はいつから彼にときめきを感じるようになっただろうか、と。
* * *
スピルネが育った場所は、数々の高名な魔術師を輩出してきた名家だった。 魔術の訓練は毎日行われ、両親からの躾も厳しい。スピルネには他の兄弟と比べても魔術師としての才能が突出しており、その分訓練には高いノルマも課せられた。
しかしその甲斐あって彼女は魔眼族四天王の座に就き、高い地位を手に入れる。
そして自分以外にも傑出した才能を持つ人物が四天王に選ばれていた。
その一人、ベルリナは多くの実績を持つ女騎士で、有名な武家の出身だ。いくつもの盗賊団を鎮圧し、さらに彼らを手下に加えて慕われている。そんな功績が前魔王に認められたのだろう。
ルインベルグは経歴が謎だらけの男だが、その強さは度々耳にしていた。あのベルリナを剣術で破り、優秀な魔術師であったスピルネの父も彼の結界魔術を壊せなかったと聞く。
彼らが四天王へ選ばれることに文句はない。
しかし、スピルネにはどうしても四天王になった理由を納得できない人物がいた。
それが――
『やあ。よろしくね』
『何なのよ、こいつ!』
ゼルディンである。
四天王の就任式で登壇したとき、スピルネはゼルディンと出会った。
四方八方へ飛んだ寝癖に、泥汚れだらけの衣服。寝起きで泥遊びしてきたかのような若い男が自分の隣に立っていた。荘厳な会場に似つかわしくない、むわっとした土の匂いが漂ってくる。
『これから四天王同士、色々頼むね』
『だから誰なのよ、あんたは! 服も汚いし!』
スピルネは四天王になった当初、ゼルディンのことを軽蔑していた。彼の本業は治療魔術師で、戦場で活躍できるほどの武力は持ち合わせていない。かといって精巧な策を練る軍略家でもない。なぜ彼が四天王に選出されたのか疑問で仕方なかった。後で聞けば、彼は本業そっちのけでゴーレム製作ばかりしている変人だという。
四天王になった人物で、市民から一番注目を浴びたのはゼルディンだった。
名家出身の剣士や魔術師が選出される中、ゼルディンだけは地方・平民出身であることが大きく取り上げられ、『何か特別な才能さえあれば高い地位へ昇れる』という市民の向上心を促す起爆剤になったのだと思う。
『やあ久し振り、スピルネ』
『土の匂いが移るから近寄らないでよ!』
それから四天王として職務を続けていたが、彼は本業以上に趣味のゴーレム製作に夢中で、治療魔術師として大きな成果を上げた報告は聞いたことがない。城や宮殿で行われる四天王の会議には泥まみれの汚れた服で出席するし、髪の毛も依然ボサボサ。何故そんな姿で出席したのかと問えば「さっきまでゴーレムを作っていた」とか「今回のゴーレムはなかなかいい出来だった」などと満足げに話す。
そんな態度の彼が頭に来たスピルネは、何度か声を荒らげた。「四天王としての威厳が感じられない」とか「別の者に四天王の座を譲るべき」など、今思えば年上の彼に酷いことを言ったものだ。
『今度さ、僕のゴーレムを見に来ない?』
『行くわけないでしょ! どうせ碌なもんじゃないわ!』
しかし、事態は徐々に変化していく。
ゼルディンを馬鹿にしていたスピルネだったが、彼の製作したゴーレムが前線に投下されるなど、遅れて成果を出し始めた。趣味の玩具も作り込めば立派な兵器になる。ここ数年でゴーレムの開発技術は一気に進歩し、戦場で大きな役目を担うことも多々あった。
『どう? 僕のゴーレムは役に立ってくれた?』
『た、たまにはあなたもやるじゃない……』
ゼルディンのゴーレムが著しい活躍を見せる一方、過去の罵詈雑言からスピルネは彼と顔を合わせにくくなった。
このままでは彼と自分の立場が逆転する。あれだけ彼に先輩面をしておきながら功績を上げられないなんて、名家出身の魔術師として、魔眼族を代表する四天王として恥もいいところだ。そう考えた彼女は、最近王国から侵入してきた勇者を討伐しようと躍起になった。
しかし「勇者がいる」と通報を受けて向かった村で、逆に勇者に捕らえられて人質になってしまう。自分の炎魔術が一切通じず、大人しく勇者に従うしかなかった。
『た、助かったわ、ゼルディン』
『いいや。これは勇者に封鎖網を突破された僕の責任だ。君が気に病むことはない』
命を奪われてもおかしくなかった状況でスピルネを助けたのは、あのゼルディンと彼のゴーレムだ。勇者を遠くへ吹き飛ばし、彼女を掬い上げる。あんなに軽蔑していたのに助けられるなんて、彼女の気分は最悪だった。
だが、それと同時に彼の器の大きさを知ることになる。
やっぱり、この人はすごいんだ。
このときから彼を見る目は変わり、彼のことを認めるようになっていった。
『あのさ、ゼルディン』
『何?』
『あ……ありがどう』
『どういたしまして』
やはり前魔王の采配は間違ってなどいない。
彼は私より色々な発明をできる。きっとその発明は将来きっと魔眼族の役に立ってくれるはず。だからマリナ・ギヌムの光線が発射されたとき、私は彼を生かそうと庇ったのだ。
いや、正確にはそれだけが理由ではない。そういう損得勘定を無視して、単純に彼を守りたかった。好きな人には元気でいてほしかった。
* * *
「次の仕事は頼んだわよ、ゼルディン!」
スピルネは狙撃用スコープを距離・風向きを調整して覗き込み、視界の中央にマリナ・ギヌムの噴射口を捉えた。
この戦いが終わったら、彼と一緒に未来を築いていきたい。
そんなことを考えながら、スピルネは全ての魔力を込めた一撃を放つ。その火球はブースターから吹く光を貫いた。
ブースターの機能を一つ失ったマリナ・ギヌムは高度を失い、ガクリと地表へ近づく。
そして――
「クオオオオオオオオオン!」
遠くから聞こえるゴーレム・アソートの起動音。岩場の景色に溶け込んでいた巨石が集まり始め、人間の形を成していく。その頭部にはゼルディンがしがみ付き、手には勇者が握られている。
「さあ、いきなさい!」
「投げるよ勇者君!」
「いけえええええええええ!」
巨人へ向け、ゴーレムの腕が大きく振られた。
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