第24召喚 異世界勇者

「いけえええええええええ!」


 俺はゴーレム・アソートの腕が大きく振られると同時に、上空に浮かぶマリナ・ギヌムへと投げられた。岩場を越え、渓流を越え、大木を越え、地表から何メートルも上を通過していく。その間、空中で姿勢を崩すことは許されない。空気抵抗が乱れれば軌道が逸れてしまうためだ。俺の視線は巨人の胸部を真っ直ぐに捉え、体をピンと伸ばした状態でダーツの矢のように装甲へ近づくのを待っていた。

 敵の位置は問題なし。ルインベルグとスピルネの活躍によって、しっかりとゴーレム・アソートの射程内に収まっていた。


 そして――


「パルナタアアアアドオオオオオオ!」


 装甲に接触する瞬間、俺は拳を前に突き出す。勇者の加護を纏った拳は黄金の装甲に穴を開け、巨人の操縦席へ俺自身をいざなった。


「き、貴様! どうやってここに!」

「こんな場所にまで勇者が来れるわけが……!」


 マリナ・ギヌムを操縦していた騎士と魔法使いが慌てふためく。俺は急いで起き上がると、操縦桿の役目をしている魔法陣を思いっ切り殴った。魔法陣に大きな亀裂が走り、マリナイバ鉱石の青い光が失われていく。


「ああっ、貴様ぁ! 止めろおッ!」

「きゃあっ! このマリナ・ギヌムになんてことを!」


 操縦桿が壊れたことで、マリナ・ギヌムは制御不可能な状態に陥り始めている。体が浮き上がるような感覚。機体がガタガタと揺れ、急速に高度が下がっていった。墜落の危険を知らせる警告音が鳴り響く。ここまで破壊すれば、最早巨人の体勢を立て直すことはできないだろう。


 肝心のパルナタードは、操縦席奥の床に描かれている魔法陣の上に手足を拘束具で縛り付けられていた。こうやって強引に魔力を奪い取られていたのだろう。彼女の下にはいくつもの魔法陣が重ねられた複雑な模様が広がっており、光線砲の魔力やブースターの魔力など、マリナ・ギヌムのあちこちに回されているようだ。

 俺はパルナタードの拘束具を握力でへし折ると、彼女を胸の前に抱え上げる。彼女に意識はなかったが、不思議とその顔は微笑んだようにも見えた。


 やっと来てくれましたね。


 頭の中に、そんな声が聞こえた気がした。


「さあ、一緒に逃げよう。パルナタード」


 きっと俺の声もパルナタードに伝わっているはず。

 俺は彼女の召喚した勇者で、俺たちは強い加護で結ばれているのだから。


「い、今すぐ王女様を中央魔法陣の上に戻すんだ! そこから王女様を動かせば、このマリナ・ギヌムが墜落し――」

「うるせえ!」

「ウガッ!」


 パルナタードを再び拘束しようと俺に詰め寄ってきた騎士は、文字通り俺によって『一蹴』された。吹き飛んだ彼は操縦席の壁に叩き付けられ、そこにずるずると落ちて沈黙する。


 その間もマリナ・ギヌムはゆっくりと降下し、地表へ接近していく。この分厚い黄金の装甲ならば、激しく墜落しても機体がバラバラになることはないだろう。魔法使いが慌しく機体の高度を維持しようと魔法陣をあちこち操作しているが、その甲斐虚しく地表が目前にまで迫っていた。


「あああああ! 墜落しますううう! このマリナ・ギヌムが! 王国の終わりですううう!」


 そして、激しい揺れが俺たちを襲う。

 ガリガリと地面と機体の擦れる音が周辺一帯に轟いた。木々を倒し、岩を削り、天高く土煙を上げる。

 俺はパルナタードを優しく抱き締め、衝撃から弱々しい体を守った。

 揺れはしばらく続き、ようやく治まって顔を上げると操縦席の外に綺麗な自然風景を確認できた。やわらかい風が吹き、土と草木の匂いが操縦席に漂う。先程まで操縦していた魔法使いは衝撃で頭を打ったのか、騎士の隣で横になっている。


「うまくいったぞ、パルナタード」


 そのようですね。


 そして――


「おおい。勇者君、大丈夫だったかい?」

「ねえ、パルナタードは無事?」


 ゼルディンとスピルネが装甲の穴から顔を出した。俺たちの様子を確認するため、大急ぎで駆けて来たのだろう。二人とも息を切らしていた。彼らはマリナイバ鉱石の粉塵を吸引しないよう簡易マスクを着用し、俺の方を覗き込む。


「俺も、パルナタードも無事さ」

「やったね、勇者君。今すぐに救護班を呼んでパルナタードの健康状態をチェックさせる」

「後のことは頼んだぞ、ゼルディン」


 やがて多くの兵士が外に集まり、衛生兵がパルナタードの身を預かった。後は治療の専門家である彼らに任せておけば大丈夫だろう。スピルネは連れられていく彼女を見て、ホッと胸を撫で下ろしていた。

 この作戦における俺の出番は、ゴーレムに投げ飛ばされてからマリナ・ギヌムを墜落させるまでのほんの数分だけ。しかし、これまで異世界で行ってきたどんな活動よりも疲れた気がする。パルナタードが俺の体から離れた瞬間、酷い眠気に襲われた。瞼がとにかく重い。手足にも力が入らない。俺はぼんやりとした意識のまま、ゼルディンとスピルネに肩を組まれながらマリナ・ギヌムを離れていった。


 こうして、王国と魔眼族の争いは大きな区切りを迎えたのだ。





     * * *


 それから数日が経った。


「ここがパルナタードの病室よ」


 俺がスピルネによって案内されたのは、ゼルディンの管轄下にある病院だ。マリナ・ギヌムの光線によって半壊した建造物は、彼の手持ちゴーレムを総動員して修復に当たり、現在はちゃんと元通りになっている。廊下には看護師や患者が行き交い、以前と同じ風景が広がっていた。


 パルナタードは再びここへ入院し、精密検査を受けた。強引に連れ去られたことで手術の傷口は多少開いたが、命に別状はなく特に問題なかったらしい。そして再び病室へ寝泊りし、回復するのを待っている状態だ。


「パルナタードがね、あなたに伝えたいことがあるんだって」

「伝えたいこと?」

「その内容はあなたが直接尋ねてみて。それじゃ私は外で待ってるから」


 俺はスピルネに促されるまま、病室の扉を潜る。

 その先には、こちらを見つめるパルナタードが佇んでいた。窓からの光に金髪が絹の如く反射する。彼女はベッドから上半身を起こし、難しそうな学門書に書かれた細かな文字を追っていた。


「あっ、拓斗様。来てくれたんですね」

「ああ。体は大丈夫なのか?」

「ええ。おかげさまで」


 パルナタードはニッコリと笑みを浮かべると本を閉じた。


「それで、話したいことっていうのは――」

「拓斗様とお話ししたかったのは、なぜ勇者召喚術が生まれたのか、ということについてです」

「えっ?」

「きっと拓斗様はこの世界に召喚されて、様々な辛い目に遭ったと思われます。ですから、少しだけでもこの術を開発した先祖について弁明をしておきたかったんです」


 俺はこの世界に来るようになってから様々な壁にぶち当たってきた。こんな召喚術を使ったパルナタードを恨んだことも確かだ。彼女はそんな過去の怒りを察したのだろう。


「なぜ私の先祖が異世界召喚という魔術が創ったのか、分かる気がするんです。きっと異世界召喚術を創造した先祖も、私と同じように城から出ることを許されない境遇だったのでしょう」

「開発者も、お前と同じ……か」

「しかし、外への興味は尽きない。家臣や執事以外の人間とも話したいのに許されない。かと言って、自分から外部の人間を招こうとすれば気付かれるし、立場上、命を狙われる危険もある。好奇心を押し殺し、城内でひたすら既存の知識を高めるしかなかった」


 俺は普段のパルナタードをあまり見たことはないが、いつも城にいる間は先程のように沢山の学門書を読み耽っているようだ。王家に生まれた者は、代々こんな生活を続けてきた。強大な力を持つのも楽ではない。


「そんな中、城で異世界の存在を示唆する資料を発見したんでしょう。その人物は『城の外を知りたい』という興味本位から異世界とこの世界を繋げる魔方陣を作成したんです。そこで生まれた魔術が勇者召喚だった」

「この苦労の原因が、先祖の興味かよ……」

「フフッ、そうですね。でもそれだけ『興味』や『好奇心』というのは、あらゆる研究を発展させるスパイスなんですよ」


 パルナタードは学門書を持ちながらニヤニヤ笑っている。きっとその本にも、彼女の好奇心をくすぐる内容が書かれているのだろう。


「しかし、異世界の人間はどんな体質や価値観を持つのか分からない。もし召喚に成功したとしても、生息環境の違いですぐ死んでしまうこともあり得ますからね。だから被召喚者にはどんな衝撃にも耐え得るよう加護を施し、もし危険が迫っても壁を打ち破れるよう力を持たせ、あらゆる環境でも生存できる体質に変える。言葉が通じるよう自動翻訳したり、いざ召喚者へ襲い掛かって来たときのためにすぐ戻せるようにしたり……それが勇者の加護の正体なんです」

「戦わせるために加護を与えたんじゃないのか?」

「いいえ、まさか客人を戦わせるなんて、そんなことはしないと思います。被召喚者が『勇者』と呼ばれるのは、加護によって授かる特性が勇ましい戦士のように見えたからなのでしょう」

「確かに。そんなヤツがいたら化け物だもんな」

「でもまあ、勇者召喚を実現するためには技術が不足していたため、当時に勇者が呼ばれることはなかったんですけどね。創った本人も、そこまで本気ではなかったと思います」

「本気じゃなかったのに、どうしてそんなもんを最後まで作っちゃったんだよ?」

「それはきっと、勇者召喚は『願い』だったからですよ。好奇心だけは本当だった。城に閉じ込められている自分の心を満たしたい。もしかすると創った理由は、異世界の様子を尋ねたいだけだったのかもしれません」


 昔の時代では架空の未来道具でも、やがて実現されていった話は俺の世界でもよく聞く。

 勇者召喚を開発した先祖からパルナタードの代になるまでの間にマリナイバ鉱石が発見され、大きく技術が革新した。その冗談半分も本気でやればできるような時代になってしまった、ということか。


「あ、そうそう。それと、王家には古い巻物が代々受け継がれていて、そこには――」

「『一番の宝は思い出だ』とか書かれてるんだろ?」

「まあ、ご存知でしたか!」

「お前から何度か聞かされたからな」


 この旅での思い出が一番の宝だ、と言われてかなりイラついたので記憶に残っている。当時の俺は「もっと他に金とか道具とか大事なものがあるだろ」と思っていたが……。


「あれを書いた先祖も、いつも城の中ばかり見ていて退屈していたのでしょう。だから、思い出に残ることを沢山したかった。『今日はあの人とあんなことをした』とか『あんな場所にあんなものがあった』とか」

「ああ。そうだろうな……」

「私から見れば羨ましいんですよ。拓斗様は色々な場所へ出向き、色々な人と出会い、色々な経験を手に入れた。いつか私もそんな風に暮らしてみたいんです」


 昔、パルナタードが朗読していた巻物。

 あれは決してふざけて書かれたものではなかった。自分が様々な思い出に溢れ過ぎていて、その大切さを理解できていなかっただけだ。こんな当たり前が、パルナタードにとっては金銀財宝よりも欲しいものだったのだろう。


「それで、これからお前はどうするつもりなんだ?」

「スピルネたちの手を借りて、王国を正常化していくつもりです。壁はまだまだ多いですが、私の魔力と魔眼族の知恵があればどうにかなるでしょう」


 スピルネやゼルディンも、この問題へ取り組もうと様々な案を出していた。すでにパルナタードの魔力を使った浄化魔法陣の開発に着手しており、これを実現できれば広範囲の患者を一気に治療できるという。


「そこで少し相談なんですけど……」

「何だ?」

「図々しいとは思うのですが、少しだけこのまま拓斗様の力をお借りしたいなぁ、なんて」


 パルナタードは少し俯いた。


「も、勿論、嫌であれば今すぐ日本へ返します! で、ですけど、拓斗様がいてくれた方が浄化作戦の幅が広がりますし、安心できる、と言うか……」


 おそらく今回呼び出された理由は、こっちが本題なのだろう。彼女の態度が急に他所他所しくなり、体をモジモジさせている。


「……少しだけだぞ」

「えっ?」

「短い期間なら協力してやる。こっちは妻が家で待ってるかもしれないんだ。できるだけ早いうちに帰らせてもらう」

「ありがとうございます、拓斗様!」


 パルナタードの目は爛々と恒星の如く輝き、胸の奥が高揚しているのが伝わってくる。


 こうして俺は少しの間、異世界に留まることになった。

 別に日本へ帰りたくなくなったわけではない。王国復興の目処が立ち次第、彼女に頼んで帰るつもりだ。

 ただ、この世界の変わりゆく様をもう少しだけ見ていたい。それを見届けずに帰還すればモヤモヤが心に残る。そんな気がしたのだ。パルナタードへ出した答えは、その折衷案だ。


 もう少しだけ、パルナタードに思い出を。

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