第22召喚 四天王集結

 魔眼族兵による捜索により、マリナ・ギヌムはすぐに見つかった。

 魔眼族領の大都市を襲撃するべく、山脈地帯を移動中だと言う。予想される進行ルートから作戦を展開しやすい地形を選出し、そこに軍を集めて叩く作戦に出たのだ。


「本当によろしいのですね、ルインベルグ様」

「当然だ。あの兵器を野放しにはできないからな」


 ルインベルグは作戦実行の地を高い山の頂上から一望し、黄金の機械兵が自分の視界に現れるのを待っていた。

 切り立った崖に、そこを流れる滝。青々と繁った草木も広がり、雄大な自然を魅せている。

 ここは多くの山が入り組み、見通しの悪い地形だ。敵の死角に入り込み易く、細かな射撃位置の調整を促すことができる。

 敵には本格的な討伐作戦だと思わせるため、彼の背後には何人もの兵が控えている。彼らも使って注意をこちらへ向かせ、総大将である自分を発見させるのだ。ビーム砲から逃げやすいよう、部隊は小数ずつ散らばらせて配置してある。

 すでにスピルネとゼルディンが伏せている地点は把握しており、彼らの射程範囲を経由させるように逃げ切ればいい。


「こうして四天王全員が同じ作戦で近い位置に立つというのも珍しいな」

「ええ。最近は忙しくていつも集合には誰か欠けてましたからね」

「これで集結するのは最後になるかもしれないがな」


 ルインベルグの後方に立つのは、魔眼族四天王の一人であるベルリナという女だ。彼女は漆黒の甲冑を纏い、これから戦地へ赴こうとする男の背中を見つめていた。

 普段、ベルリナは別任務のため勇者の前に姿を現すことはなかったが、これから開始される王女奪還作戦を前にルインベルグから急遽呼び出されたのだ。


「これからお前に任務を与える」

「ハッ!」

「お前は敵の侵攻予定地の都市へ出向き、住民に避難を開始させろ」

「承知しました」

「もし私が戻って来なかったら、後のことは全て任せたぞ」

「そちらの指示はあまり承諾したくないですが……無事を祈ってます」


 ベルリナはそこまで言うと、彼へ踵を返して自分の馬に跨った。

 これが彼の姿を見るのが最後になるかもしれない。そう思いながら、手綱を強く握る。


「ベルリナ、最後に一つだけいいか?」

「どうしましたか?」

「お前が気になっていた私の素顔。今、ここで見せておこうと思ってな」


 ルインベルグはゆっくりと仮面を外し、その顔をベルリナへ晒した。


「やはり、あの噂は本当だったのですね」

「ああ。だが、もう隠すつもりはない。私を疎もうが蔑もうが、構わんさ」

「いえ。あなたは前の魔王様と同じくらい立派でしたよ。もう何度も有能な上司を失うのは嫌ですからね。その役目を任せられるこっちの身も考えてください」

「ふっ……それは一番私が理解しているはずなのにな」


 勇者によって前の魔王が倒されたとき、国内は大混乱だった。次の指揮は誰が行うのか、彼の部下は誰に引き継ぐのか、失われた士気をどう取り戻すか、など対応に毎日追われた。正式な魔王任命式を執り行う暇もなく、魔王になった実感も湧かず、随分と忙しない時期だったとルインベルグは振り返る。


 ベルリナ含む四天王が以前から気にしていた仮面の裏。

 ルインベルグの正体に関する重大な事実であるが、ベルリナは不思議とあまり驚かなかった。前任の魔王と同じく粉骨砕身する姿に、最早そんなことはどうでもよくなっていたのかもしれない。

 前魔王の生前、推薦で突如四天王に加わった仮面の男に、スピルネもゼルディンも当初は気味悪がっていた。出身も四天王になった経緯も詳しい説明を一切されない。だから四天王は皆、疑問に思った。ルインベルグという名前すら偽りなのかもしれない、と。

 しかし、実力だけは本物だった。次々と成果を上げ高い求心力を持つ彼に、四天王は徐々に心を開き始めるようになっていたのだ。


「それでは、行って参ります」


 ルインベルグの顔を記憶にしっかり留めると、ベルリナは馬を走らせた。


 



     * * *


 やがて、山々の間に青い光を放つ太陽が昇り始める。大量のマリナイバ鉱石によって生まれているその光は、どこまでも禍々しく、魔眼族の兵に嫌悪感を抱かせた。


「やっと来たか、マリナ・ギヌム」


 ついに作戦が始まろうとしていた。

 マリナ・ギヌムの圧倒的な巨躯と迫力に、魔王であるルインベルグすらも押し潰されそうになる。それでも彼は敵に背を向けず、じっと近づく影を睨み続けていた。


「許してくれ、兄者。私があなたの影武者としての役割を果たせず、勇者に暗殺の隙を与えてしまったことを……」


 ルインベルグは敵の前で仮面を山の頂上から投げ捨てる。

 そこにあったのは、前魔王と瓜二つの顔。


「兄者を葬り去った勇者を、数年経った今でもまだ許すことができない」


 前魔王とは同郷で育った兄弟関係にある。

 それ故、彼との絆は海や谷よりも深いものだった。家族であり、上司でもあり、ルインベルグにとって、魔王は自分の大部分を作り上げてきた存在。

 そんな魔王を奪った勇者を到底許せるはずなどなかった。


「だが、今の私には種族全体を守る責任がある! その役目を全うするため、俺はヤツのために死力を尽くすつもりだ!」


 それでも勇者への怒りを堪え、自分は彼に協力した。私情は挟まずに仕事の本分を達成できなければ魔王失格だからだ。使えるものは何でも使う。仮面で殺意を隠し、ここまで作戦の段取りを練ってきた。


「見ていてくれ兄者! 私たちがあの木偶の坊を粉砕し、この戦争を終結させるところを!」


 今まであの仮面を着けていたのは、影武者として役割を果たせなかったことを周囲に隠したかったからだ。主が死んだのに、影武者が残るなんておかしな話である。前魔王が死んだあの日、ルインベルグは自分の存在を恥じた。しかし、彼が魔王の影武者だと知る者はほとんどおらず、多くの部下は彼を次の魔王に推薦したのだ。


 ルインベルグは心の奥深くで前魔王の死を引き摺っていた。殺されたのが兄弟ともなれば、怨恨はなかなか消えないのも当然であろう。

 だが今はそれを断ち切り、自分の背負っている多くの命のため戦わなければならないときだ。


「私たちの役割は囮だ! 危険な仕事だが、囮は生き延びていることに意味がある! 砲を向けられたら、予め決めてあるルートで撤退しろ! 後は私が引き受ける! 全員、死ぬなよ!」

「ハッ!」


 敵が十分近づいたところでルインベルグは巨大な軍旗を掲げ、前方へ振った。

 それは味方へ攻撃を開始させる合図であると同時に、敵に自分の位置をアピールする目印にもなっている。マリナ・ギヌムの搭乗者はこれに気付き、自分を追ってくるはずだ。


「放てぇ!」


 彼の指示によって、岩場に隠れていた兵が弓と魔導兵器による一斉射撃を開始する。それは雨のように空を覆い隠し、浮遊する巨人の一点へ集中していった。


「おのれ、待ち伏せしていたか魔眼族ども!」

「チッ……やはり硬いな」


 不意打ちを食らったマリナ・ギヌムだが、厚い装甲に全ての攻撃が弾き返される。鉄でできた矢尻すらも、黄金の外皮には傷一つ作らない。

 しかし、それでも動きを止めることには成功した。これで敵の注意はルインベルグ率いる部隊へと向けられ、都市部への侵攻を一時中断される。


「魔導砲準備!」


 やがて腕が裂け、光魔法を収束させる巨砲が姿を露になる。


「左翼、撤退しろ!」

「撤退! 撤退だあ!」


 ルインベルグは瞬時に砲口が向いている角度を見抜き、その先にいる友軍へ撤退命令を下した。兵は武器を捨ててその場から離れ、各々の隊が決めていたルートで散り散りになっていく。ある者は川へ飛び込み、ある者は山の斜面を滑り降り、着弾予定地点から距離を取ろうと命からがら走った。


 そして――


「発射ぁ!」


 砲口から放たれた青い閃光が、山の斜面に命中した。そこの草木は一瞬にして燃え尽き、土からは大量の湯気が昇る。

 幸い、ルインベルグの指示で兵のほとんどは脱出しており、死の光に巻き込まれることはなかった。逃げ延びた兵は岩や藪の陰で安堵の溜め息を吐く。


「射撃終了を確認! こちらの被害軽微!」

「よし、作戦続行だ」

「光線砲、再び動いてます!」


 次に砲口を向けられたのは、ルインベルグの構えている本丸。搭乗者である騎士が彼の旗に気付き、狙いをそこに定めたのだ。


「全員、なるべく私の後方に逃げろ!」


 光線が発射される直前、ルインベルグは防御結界を前方に張った。さすがに魔王の力を以てしても、あの高出力光線を完全に耐え切ることはできない。そこで彼は結界を斜めに形成し、攻撃を左へと受け流した。


「あの男……光線に耐えただと?」


 ここで巨人の搭乗者は気付く。あそこに立っているのは、ただの魔眼族兵ではないことを。


「いや、それよりもあの顔は……!」


 勇者に暗殺されたはずの魔王。彼の生き写しのような男が軍を指揮している。


「おのれ魔王! まだ生きていたかぁ!」


 マリナ・ギヌムの中で、騎士は激昂した。再び魔力の装填を始め、砲口の先を彼へ定める。どこまでも似ていた顔に、騎士はもう彼が本物だとしか考えられなかった。

 早く彼を葬らねば。魔王が生きていたとなれば、王国兵の士気も下がってしまう。


 一方、搭乗者の頭に血が昇った様子を感じ取ると、ルインベルグはニヤリと笑った。


「よし、敵が乗ってきた。これから誘導に移る」

「了解!」


 ルインベルグとその親衛隊は馬に跨がり、スピルネとゼルディンの待つ座標へ走り出す。高い威力を誇る光線も巨大な岩場までは砕けない。馬は次々と敵の死角となる場所へ回り込み、光線を遮蔽物で避けていった。


「ええい! ちょこまかと逃げおって! 前に勇者と戦ったときも、そうやって逃げ延びたのであろう!」


 それでもマリナ・ギヌムは山を乗り越え、ルインベルグにどこまでも迫り続ける。

 やがてルインベルグを崖に囲まれた行き止まりまで追い詰めると、騎士は砲を準備しながら不敵に笑みを浮かべた。


「これで終わりだ!」


 そのとき、突然マリナ・ギヌムの高度がガクンと下がる。機体が大きく揺れ、砲の軌道が逸れた。騎士の狙いは外れ、光線は空の彼方に消えていった。


「ど、どうした! 今の揺れは何なんだ!」

「噴射口に異常発生! 下から狙撃されてます!」


 このとき、巨人の背中に装備されている噴射口のうち一つが、スピルネの炎によって機能停止していたのである。

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