第13召喚 破壊的投稿
世の中には同窓会というものがあるらしい。同じ学校に通っていたクラスメイトが居酒屋などに集い、お酒や料理を口に運びながら近況報告や思い出話を楽しむのだ。
「皆、今何やってんだろ……?」
残念ながら、俺は同窓会に呼ばれたことがない。俺の知らない間に、高校の同窓会が行われていた。それを知ったのは、ふと思い立って高校時代の友人のSNSを見たときのこと。当時のクラスメイトが地元の居酒屋に集まり、カメラに向かってピースサインをする写真が投稿されていた。皆、すっかり大人びて雰囲気が変わっている。
『今日は久し振りに高校の仲間と集まったぜ! みんな元気みたいで安心したよ! またいつか集まって飲もうぜ!』
「ああああっ! 俺も行きたかったあああ!」
俺は友人の投稿文を読んで叫んだ。クラスメイトらしきアカウントから多くの『いいね❤』が押されている。
「ああっ、うぐっ……!」
悔しさのあまり、俺は自室のベッドに自分の身を叩き付けるように寝転んだ。枕とシーツを涙でぐちゃぐちゃにして、近くに置いてあった目覚まし時計を渾身の力で壁に投げ付ける。酷い音を立てて時計は粉々になり、床に電池やらネジやらが散らばった。
「どうして、俺ばっかり無視するんだよ……!」
俺はうつ伏せになりながら再びスマートフォンに目を戻し、元親友の投稿を読み込んだ。指先をスライドして投稿時間を遡り、彼の過去を一言一句逃さずに調べていく。
本当は彼の投稿なんて見るべきではなかったのかもしれない。彼の喜んだ出来事が自分を傷付けることは分かっていた。それでも、俺のいない場所で何が起きているか知りたくて我慢できなかった。俺を止めようとする良心を押し殺し、次々と映し出される投稿に目を見開く。
『4月28日、21時56分。とうとう子どもが生まれました! 女の子で、名前は『
『3月14日、結婚式を開きました! みんな、参加してくれてありがとう! サプライズメッセージにはビックリさせられたぜ! 高校生の頃から付き合い始めた彼女ですが、まさかここまで関係が続いていることに自分でも驚いています! これからも美波ちゃんを幸せにできるよう頑張ります!』
「あああ……あああ……あああっ!」
高校のとき、俺ともう少しで恋愛関係に発展しそうだったクラスのアイドル系美少女、美波ちゃん。彼女はあのまま元親友との交際を続け、盛大に挙式を行い、出産までしているらしい。
あのとき異世界拉致さえされなければ、彼女の隣にいたのは俺だったのかもしれないのに……!
俺の場合、せっかくできた友人は異世界拉致の間に卒業や進級で離れていく。周囲から常に変な目で見られ、ただでさえ友人を作るのが難しい状況になっているというのに。どうして俺だけこんな拉致に巻き込まれているのだろう。
言葉にならない悔しさが、かすれた悲鳴となって消えていく。無意味な破壊衝動に駆られ、壁をガンガン蹴った。
「このクソビッチがあああっ! あの寝取り野郎があああっ!」
何もかも粉砕したい気分だった。家も、人間も、自分も、過去も、未来も、全部破壊したい。
しかし、現代日本には中二病患者が妄想するような特殊能力も魔法も存在しない。異世界では最強だった『勇者の力』も完全に消失し、今の俺は平凡な留年大学生だ。この世を支配する物理の法則に従って、壁に向けた力は自分に返ってくる。壁を破壊できないどころか、足が痛くなるだけだった。
「頼む……俺に……今の俺にも力をくれよ!」
そんな願いは誰にも届くことはなく、俺はショックでその晩はベッドの上で泣き続けた。
俺は三度の異世界拉致を経て、合計で約四年ほど同い年の連中と遅れている。周りのヤツらは結婚や出産を経験してもおかしくない時期なわけで、俺がいかに皆と遅れているのかを突き付けられた気がした。
あんなもの、やはり見なければよかった。
その日、俺はスマートフォンにインストールされていた投稿型SNSアプリを全て消した。あんなもの、この俺には必要ない。惨めな現実に佇む自分を知るだけだ。
* * *
そんな同窓会騒動から数日が経過した。
俺は大学卒業を控え、どこかの会社に所属することを求められた。しかし、さすがに前回の就職活動で内定を受けた企業に戻るのは気が引ける。内定式のスピーチで会場内の雰囲気を滅茶苦茶に壊し、しかもそのまま消えるなんて、あの出来事はその場にいた全員の記憶に深く刻み込まれているに違いない。
結局、俺は地元の中小企業で内定を獲得し、営業職として働くことになった。給料もまあまあだし、仕事内容も俺に向いている。募集広告を見る限りでは、そこそこの優良企業だと思う。
入社が迫ったある日、俺は企業の開催する新人研修に参加させられた。
「初めまして、猿渡拓斗です。本日は宜しくお願いします」
「
そこで出会った同期入社の女性社員が海棠である。俺と同い年。艶のかかった長い黒髪。スラリとした長身が特徴的な女性だった。
「私、ずっと東京の方でバンドをしてきたんですけど、なかなか売れなくて地元に就職することにしたんです」
「ああ……なるほど」
こういう経緯で会社に入ってくる人間も世の中にはいる。そんなことを彼女との出会いで教えてもらった。
「それでは、これからも宜しくお願いしますね、猿渡さん」
「ああ、宜しく」
* * *
「猿渡君、私とお付き合いしない?」
「えっ」
海棠の口からそんな言葉が出たのは、仕事が本格的に始まって数ヵ月後のことだった。
会社帰りの居酒屋で二人きりで彼女と飲んでいたとき、酔いも回っているせいもあってか、海棠は随分と軽いノリで言ってきた。小さな個室で俺たちは向かい合い、しばらく静かな時間が訪れた。そこに漂う揚げ物の匂い。他の席から聞こえる談笑。そんなムードに似合わない言葉に、俺はほんの数秒固まってしまった。
「いいのかよ、俺なんかと……」
俺は思わず視線を彼女から逸らし、飲みかけのチューハイが入った手元のグラスへ移す。
もちろん、海棠からそういう風に思われていることは嬉しかった。彼女は美人だし、細かいところで気が利く。趣味や価値観も違って、自分の知らない世界に俺を案内してくれる。そんな海棠に俺からも好意を抱いていたのは確かだ。
しかし、俺は女性と付き合うことに恐怖や不安も抱いていた。理由は、異世界召喚。せっかく築いた友情も恋愛感情も、長い年月が過ぎていくとともに忘れ去られてきた。また異世界召喚されてしまったら、今度は何を失うのだろう。海棠の好意を受け入れても、結局は自然消滅するのではないか。それが心配でならなかった。
「どうしたの? もしかして私と付き合うのが嫌なの?」
「そ、そんなことないよ」
「何かさ、難しそうな顔してるよ?」
確かに、告白して困り顔されるというのは、あまり気分のいいものではないだろう。俺は無理矢理に笑顔を作り、はぐらかす方法も見つからず海棠に「うん、付き合おう」と答えてしまった。
「フフッ……それじゃ宜しくね」
「あ、ああ。宜しく」
もう、どうにでもなればいい。
俺は会計を済ませ、彼女とともに店を出た。アルコールが回って熱くなった頬に、冷たい風が突き刺さる。
「駅まで歩けるか?」
「ダメぇ……ちょっと飲み過ぎちゃったみたい。この辺で休憩できる場所はないかしら?」
「うん……」
これはもう、そういうことなのだろう。見え見えの誘惑に俺は乗ることにした。
前々から、海棠が誘いをしていることには気付いていた。でもそれを無視してきたのは、必要以上に他人と関わることを恐れていたからだ。
しかし今回、海棠の多少強引なアプローチによってその鎖が外れたような気がする。
酔って足取りのおぼつかない彼女を支えながら、適当なホテルを探っていった。
「それじゃ、やるよ?」
「うん……来て」
ホテルのベッドで、僕は海棠を激しく求めた。
これまで人生で得てきたはずの性的快楽を取り戻すかのように、何度も何度も海棠を突いた。
あの子と付き合いたかったのに、あの子と結婚したかったのに……。異世界召喚さえなければ、今の俺はもっと充実していたはずなのに……!
そんな悔しさを全てぶつけた。俺は海棠を使って何をしているんだろう。彼女はそんなつもりで俺を求めてはいないはずだ。一つ、また一つと悔しさを解消していくと同時に、罪悪感も湧き起こる。
「大丈夫だよ、猿渡君」
「え?」
「これからも、一緒になろ?」
海棠はトロンとした瞳で見つめたまま、腕と足を使って俺を強く抱き寄せる。さっき言葉に含まれていた『大丈夫だよ』とは、どういう意味なのだろう。俺の気持ちを知ってか知らずか、彼女は優しく微笑みかけ、長くキスをした。
海棠は本当にいい女性だ。彼女を幸せにしたいと、心の底から思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます