第11召喚 再強制執行

 ようやく俺の前に姿を現したルインベルグらしき仮面の人物。依然俺のことを警戒しているのか、距離を長く保ったままだ。彼もまた影武者で本物は別の場所に潜んでいる可能性もあるが、ようやく魔眼族のトップに俺の意志を伝えられる機会を手に入れられた。自由になるため、ここは何としても彼に自分を認めさせなければ。


「いくつもの罠を潜り抜けて私の元まで訪ねて来てくれたんだ。余程私に会いたい理由があったのだろう?」

「ルミエーラ王国を止める手伝いがしたい。魔眼族おまえらの仲間に俺を加えてもらいたい」

「ほう……先代の王を殺害したやからがよくもそんなことを言えたものだな」

「それに関しては返す言葉がないな。俺を信じてくれ、としか言えない」


 彼は腕を組んで考え込み、俺の全身を一瞥する。果たして、どういう返事が来るか……。


「いいだろう。これから私の出す条件を完遂できたなら、貴殿の要望を受け入れようではないか」

「条件?」

「本当に王国と離反する意志があるか試す、と言ったところだな。詳しい説明は、そこにいるゼルディンに任せるとしようか」


 ルインベルグは仮面の奥で隣に立つゼルディンに顎でサインを送ると、奥の玉座へと戻っていった。ゼルディンは俺の前にカツカツと靴音を鳴らしながら移動すると、丸渕眼鏡越しに鋭い目つきで俺を睨んでくる。


「まず、条件を君に伝える前にこちらも確認したいことがある。君に捕らえられて尋問された兵士から聞いた情報なのだが、君は人間族と魔眼族われわれの戦争が勃発した原因に興味があるとか、ないとか……」

「ああ、あるよ」

「一応、我々の主張も説明した方がいいか。この戦争がただの侵略行為でないことを君にも分かってもらいたいからね」


 彼は中指で眼鏡の位置を調節すると、懐から透明なガラスケースを取り出した。その小さな立方体に収納されているのは、青く光を反射する鉱物だ。


「君は、このマリナイバ鉱石を知っているか?」

「ああ、最近まで忘れかけていたが、ようやく思い出した」

「かつて多くの地域で魔導兵器の素材として発掘、加工されていた鉱石だ。魔力の伝導率を高め、それが使われた兵器の性能を格段に上昇させる効果を持つ」

「知ってるさ。この身を以って体験しているからな……」


 俺が高校2年生のとき、初めてパルナタードに召喚された際に彼女は言っていた。勇者召喚の仕組みの説明で、魔方陣の記料成分にはマリナイバ鉱石の破片が混ぜてある、と。


「だが数年前、マリナイバ鉱石の粉塵には強い毒性があることが判明した。人間族がこれを吸引すると、脳神経に害を及ぼす。主な症状は痛覚や嗅覚、聴覚の麻痺。殴られても腕をもがれても痛みを感じなくなり、それに伴って痛みへの恐怖も消える。悪臭を嗅いでも反応を示さないし、難聴になる傾向も見られた。一方で精神にも大きな影響が出る。攻撃性が増し、欲望への執着心が強まる。王国民全体が毒に侵され、今や彼ら全員がそんな気質に変化している。欲望にのっとって他国の領土や資源を奪おうと、強大な力を持つ君を崇めているのさ」


 パルナタードや護衛が稀に俺の言葉を無視したのは、毒の影響が出ていたからだろうか。俺が異臭や騒音で苦しんでいたとき、あの騎士と魔法使いはどうしていただろうか。涼しい顔をして先に進もうとしていた気がする。この世界の人間族の特性なのかと思っていたが、感覚が滅茶苦茶になっていたためにそうなっていたらしい。


「感覚が鈍くなっている彼らだが、無力化するのは簡単ではない。痛みや恐怖を感じないから槍で突かれても矢が刺さっても平気で立ち向かってくるし、低周波や異臭などの非殺傷兵器の効果も認められない」

「まるで化け物だな」

「そして事態を悪化させている極めつけの要因が、魔眼族とマリナイバ鉱石との相性が最悪なことだ。人間族よりも深刻な被害が出て、倦怠感や高熱で動けなくなり、最悪死に至る。当然、我々は王国に対してマリナイバ鉱石の発掘と加工を中止するよう勧告したが、すでに王国全体が毒に侵されており、野心に溢れた彼らに我々の言葉は届かなかった」

「だから、一方的に王国を封鎖したんだな?」

「その通りだ。わずかに残っていた正常な王国民を領地内へ避難させ、毒の被害が深刻な汚染区域を軍事的手段で隔離した。王国の連中はこの隔離を『不当な侵略行為』として見ているがね」


 王国が魔眼族に侵攻されている、というのはパルナタードの視点であり、魔眼族は自分たちを守るために仕方なく軍事的封鎖に踏み込んだ、というのが戦争の本質だろう。


「今も王国内ではマリナイバ鉱石の発掘は続いており、大量の粉塵発生によって我々は容易に隔離区域内へ足を踏み入れることができない。こうしている間にもマリナイバ鉱石を使った兵器開発が進められている」


 なぜ魔眼族は多くの兵士や兵器を所有していながら王都まで侵略してこないのか疑問だったが、これで納得できた。それは、迂闊に王都に近づけば鉱毒の餌食になってしまうからだ。

 そして、ゼルディンは俺を仲間をして受け入れるための条件を口にした。


「君が本当に王国から離反する意志があるのなら、直ちに王都近辺に存在するマリナイバ鉱石採掘機械と加工施設の破壊を頼みたい。これが我々が君に課す条件だ」

「……承諾した」

「必要な人材や道具があれば、こちらで手配しよう。ただし、我々はまだ君に全ての信頼を置いているわけではない。提供できる支援には限りがあることを心に留めておいてほしい」


 機械と施設の破壊。それはまさに俺の得意分野だ。これまで俺は旅で幾つもの兵器や罠を破壊してきた。その要領で仕事すればいいだけのこと。また王国に戻らなければならないのが面倒だが、これで俺の復讐は果たせるのだ。マリナイバ鉱石の発掘を止めさせ、魔眼族が人間族を正常化できれば俺の苦行は終わる。










     * * *


「本当に破壊してくれるのか楽しみにしてるわ。ダメ元でね」

「あんたたちの希望に沿った活躍を見せてやるつもりさ」

「ま、過度に期待はしてないわ。いつ裏切るかも分からないし」


 俺は城外へ見送るスピルネに踵を返し、王国に戻ろうと一歩踏み出した。


 そのとき――


「勇者様、魔王探しの長旅、お疲れ様でした!」


 は?


 突然、頭の中にパルナタードの声が響く。周辺に彼女の姿はない。おそらく王国の玉座から発せられている声だろう。


「パルナタード……?」

「勇者様が敵地で魔眼族を撹乱してくれたおかげで、私たちは対抗するに充分な魔導兵器を開発することができました!」

「何だと……?」


 この感覚は、俺がいつも現代日本へ帰されるときのものだ。

 嘘だろ。せっかくここまで来たのに……!

 俺がこの世界にいられるか左右するのはパルナタードの思考次第。まさかこんな形で勇者召喚が終了するなんて、俺も予想外だ。


「まだ魔王を倒すことはできてないようですけど、あとはもう我々だけで大丈夫です! ここまで我々を導いてくださり、ありがとうございました!」

「おい、こんな終わり方は――」

「勇者様をずっとこの世界に召喚し続けるためには、私の魔力をずっと注がなければいけないんですよ? さすがにもう二年近く続けてそろそろ疲れてきたので、勇者様をお返ししますね!」

「おい、聞いているのかパルナタード! お前は――」

「それでは勇者様、さようなら!」

「パルナタードオオオオオオオオオオオッ!」











     * * *


 こうして俺は日本へ帰還した。

 三度目に異世界召喚された当時のリクルート姿で、いつもの通学路に立っていた。

 結局、パルナタードに復讐は果たせていない。もやもやとした不快感を抱えたまま、しばらく道路の中央に立ち尽くしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る