第7召喚 勇者逃亡劇

「勇者様、お願いです! 魔王を倒してください!」

「てめえ……よくも俺を召喚してくれたな」


 足元の魔法陣。石造りの巨大な城。赤く荘厳なタペストリに、天井の豪華なシャンデリア。そして、俺の足元に跪く金髪の巨乳女。

 この景色を見るのは三度目だ。またしても俺は人生の軌道が修正されかかっているところを異世界へ拉致された。もういい加減にしてほしい。お前は何度俺の人生を滅茶苦茶にすれば気が済むんだ。


「っていうか、今度は何で召喚されたんだよ! 前にも魔王は倒しただろ!」

「前回勇者様が殺したのは魔王の影武者でした。罪人を整形手術で魔王ルインベルグと瓜二つに仕立て上げ、勇者様の動向を窺うためにわざと差し向けたのです! 魔眼族は未だに強い勢力を保ち、再び我々へ迫ってきたのです!」


 影武者を殺させることで王国を騙し、俺を現代日本へ戻させるなんて魔眼族もなかなか厄介な手を使ってきたものだ。前回の魔王戦で感じた違和感は、まさしくこれが原因だったらしい。普通に考えて、危険な場所へ敵の脳味噌的存在が自ら近づくこと自体おかしいのだ。

 影武者を立てるなんて、異世界無双作品に登場する悪役なら絶対に使わない手段だろう。ああいう中学生が好きそうなストーリーに登場する頭の悪い敵役は「俺を殺してくれ」と言わんばかりに主人公の前に自ら進んで姿を晒してボコボコにされるパターンがほとんどだ。ハイパー現場主義も結構だが、アホなことをして茶番のように倒されるのは慢心もいいところである。

 それに比べて魔眼族は自信満々にどっしりと構えていないところが実に聡明だ。一度の失敗から沢山のことを学んでおり、前回と同じ手は通用しない。


「今回も勇者様には魔眼族の領地に出向き、魔王を退治してほしいのです!」


 パルナタードがそう言うと、奥に立っていた従者たちが俺の前に巨大な地図を広げ始める。地図の中央には王国。その横にある魔眼族の領地全域が赤く塗り潰されていた。


「今回、魔王の居場所は特定できていません」

「は?」

「前回の失敗を教訓に、彼らは本拠地の座標を我々に悟られぬよう隠しています。勇者様には領地全域を隈なく探索し、彼らのアジトを発見次第、魔王も倒してほしいのです!」


 ハァ!?

 こんな広い領地から隠されている基地を探し出すのかよ!

 そんなの無理に決まっているだろ!


 前回と前々回は目的地である魔王城の位置が明確にされており、一直線に目的を達成することができた。しかし、今回は目的地すら分からない。これでは魔王討伐達成までに必要な期間も予測不能で、前回よりもかなり長く移動距離を求められる可能性も高い。確実に魔眼族は難易度を上げてきている。

 ちなみに、魔眼族の領地は南極大陸4個分くらいの広さがある。この世界は地球よりも広い面積を持つらしい。


「それでは勇者様、今回の魔王討伐もよろしくお願いしますね!」

「待ってくれ、俺はまだ承諾してな――」

「行ってらっしゃいませ!」


 こうして俺は強引に部屋から連れ出され、軽装鎧やら剣やらを装備させられた。


 さて、そろそろ本格的に彼女への報復に移らねば。もうパルナタードに従うつもりはない。堪忍袋の緒はとっくに切れて中身がグチャグチャに曝け出している。

 今ここで彼女を殴り倒すのもアリだが、それはそれでつまらない気もする。勇者の力ならば一撃で彼女の頭蓋骨を粉砕することも可能だが、俺としてはたっぷりと絶望を味わってから消えてもらいたい。そのために俺はどうすればいいか?

 答えは、俺が敵前逃亡することだと思う。パルナタードの盲信している勇者が逃げ出したとなれば、きっと彼女は驚くことだろう。頼れる力がなくなったとき、彼女はどう対応するのか見物だ。敵に命乞いするのか、それとも王女としてのプライドを貫くのか。まあ、こんな狂気に溢れた女が正常な振る舞いを見せるとは思えないが……。

 こんな王国、さっさと滅びてしまえばいい。お前は自分の国が崩壊する様を眺めながら消えていくんだよ、パルナタード!


 しかし、パルナタードが死ねば「勇者を帰還させたい」と思えなくなっていまい、二度と現代日本へ戻れない可能性も出てくる。野間のま優子ゆうこと会えなくなるのは悲しいが、これで俺の悲劇も終わらせることができるのだ。日本と異世界を往復する生活なんて自分の精神が保てない。それならば異世界無双作品のように、一生ここに暮らしていた方がマシな気もする。どうせ戻れないなら、パルナタードにはできる限り苦痛を味わってもらいたい。


 俺は逃げる。

 そして、こんな馬鹿げた討伐命令は無視して自由に異世界ライフを満喫してやる。


 ただし、そこに行き着くには高いハードルが存在することを忘れてはならない。


「勇者殿、今回も我々がお供いたします」

「勇者様、よろしくお願いしますね!」


 いつもの騎士と魔法使いも俺に随行するようだ。相変わらずパルナタード同様、クスリでもキメたようなヤバい目をしており、勇者である俺の力を絶対神の如く妄信しているのは明らかだ。

 逃げ出す際の問題点は、この二人をどうやって振り切るか、という点だ。戦闘ではクソほどにも役立たない彼らだが、俺の監視だけは他の追随を許さないほど立派にこなす。この問題を早急にクリアしなければ、俺は充実した異世界ライフを送ることは不可能だろう。逃げ出すタイミングは慎重に選ばなければ。

 もちろん、勇者の力を使えば彼らを暗殺することなど容易いだろう。しかし、王女と同じく絶望しながら散ってもらいたいという性根の腐った願望のために、彼らもしばらく泳がせることにした。俺が逃げ出せば、慌てふためくはずだ。











     * * *


「キャーッ、勇者様ぁ!」

「勇者様、こっち向いてぇ!」


 王都の城下町を通過するとき、地域住民によっていつも大歓声が巻き起こる。皆が俺に注目し、魔王討伐に向かう勇者を祝福するのだ。

 来日したハリウッドスターのように多くの人間から黄色い声を浴びるのは悪い気分ではないが、その結果として俺の人生が何度も台無しにされると嫌気が差してくる。ハリウッドスターはちゃんと労働の正当な対価として出演料やらを沢山受け取っているし、それを使って豪華な住居を手に入れ、贅沢な食事をして、高級な衣服で身を飾ることができる。しかし、俺の場合は「思い出」という報酬しか用意されないし、そんなものどこで使えばいいと言うのだ?


「勇者様、魔王を倒して素敵な思い出を手に入れてくださいね!」


 は?


 街の住民までそんなことを言っている。どうも日本国民と王国民の間には決して超えられない価値観の壁が存在するらしい。「苦労=美徳」という考え方を極端化すると、こいつらみたくなるのだろう。どいつもこいつもヤバい目つきだ。王都周辺にはこういう人間しかいないのか。

 近い将来、きっと城下町の住人も俺の敵前逃亡に絶望し、街路を涙が一級河川のように流れることだろう。呪うなら俺ではなく、パルナタードを呪ってくれ。魔眼族への軍事的対策を怠り、下手糞な外交によって戦争へ持ち込んだ彼女がこの事態の元凶なのだ。










     * * *


「それでは勇者殿、魔眼族領に入るためには、まずはあの前線基地を突っ切る必要がありますな」

「は?」


 王都を出発して数日、俺たちは敵地の手前まで辿り着いた。森林に身を隠しながら、テントの並ぶ前線基地を観察する。

 しかし、どうも様子がおかしい。テントの近くに巨石がゴロゴロと並んでいる。元々そこにあった、と言うよりは、兵士がそこに持ち込んだみたいだ。投石機カタパルトに使うようなサイズでもないし、何故あんな重たそうな物体をわざわざこんな場所に用意したのだろうか。

 まあ理由はどうあれ、これは護衛から逃げ出すチャンスでもある。戦闘が起きれば周辺は混乱し、味方の目も撹乱できる。その隙を突いて護衛と一気に距離を広げれば、あとはそこから適当な方角へ走り出せばいい。


「よし……行くか」


 俺は深く溜息を吐き、前線基地に向かった。


「あの装備は……間違いない、勇者だ!」

「総員、攻撃態勢!」


 櫓に立っていた警備兵が俺の接近を察知し、基地全体に警鐘が喧しく鳴り響く。魔眼族の兵士たちは一斉に矢を放った。雨の如く大量に降り注ぐ矢は俺の体へ次々と突き刺さるが、そんなものは『勇者の力』によってすぐ回復する。矢はポロポロと抜け落ち、体に開いた穴も一瞬にして塞がった。矢尻には神経毒が塗ってあるのか、刺さった箇所がピリピリする。だがそんな毒も俺には通用しない。痛みや痺れも引いていった。


「命中を確認……効果認められません!」

「仕方ない、例のブツを起動させろ」


 俺に毒矢の効果がないことを早々に悟った兵士たちは、一斉に基地を退いた。また基地ごと爆破されるのではないかという恐怖が蘇るが、そんなことどうだっていい。今はとにかく現場を混乱させ、護衛から離れることが重要なのだ。

 俺は全速力で一直線に基地へ走り、護衛との距離を広げた。


 そのとき――


「クオオオオオオン……」


 突然、不気味な声が基地内に響いた。

 周辺に並べられていた謎の巨石が急に動き出し、一つの塊へと集結していく。誰も石を動かしてはいない。まるで意志を持っているかのように勝手に転がって、を成した。


「おい、まさか……これって」


 あらゆるファンタジー作品に登場する石の巨人、ゴーレムである。人間の形へと集合した巨石はゆっくりと立ち上がり、ほぼ真上から俺を見下ろした。三階建てマンションくらいの高さはあるだろうか。頭部に嵌め込まれた目玉らしき赤い宝石が俺を睨んでいる。

 前回までの戦闘にゴーレムが投入されていなかったことを考えると、魔眼族がここ数年で一気に完成させたのかもしれない。度重なった失敗は魔眼族の兵器製造技術さえも格段に向上させてしまったのだ。まさか科学力の発達していない異世界で無人兵器に出くわすとは思うまい。

 今まで勇者の力であらゆる敵に立ち向かってきた俺だが、さすがにここまで巨大な敵とやり合うのは気が引ける。ゴーレムの圧倒的な迫力に立ちすくみ、そこから逃げ出すことも攻撃することもできずにいた。異世界作品に登場する主人公はこんな敵とよく戦えるものだ。これまでハーレム主人公を嫌ってきたが、彼らの肝の太さだけは尊敬する。


「クオオオオオオン……」

「うわああああああっ!」


 ゴーレムの体が傾き、俺に巨大な拳が落ちてくる。俺は情けない悲鳴を上げながら真後ろへ倒れこみ、どうにか一撃を回避した。


「こ、この野郎!」


 俺は震えながら立ち上がり、ゴーレムの足に渾身の一撃を放った。その拳は足を形成する巨石を粉々に砕き、ゴーレムはバランスを崩して地面へ座り込む。

 結局、体がどんなに大きくても、ゴーレムは石の塊に過ぎないのだ。体を形成している石を破壊していけば倒せる――そんなことを思ったときだった。


「え、嘘だろ……?」


 拳で粉砕したはずの石がヤツの足に転がって集合していくではないか。そして綺麗に元の形へ戻ると、再び俺に向かって地響きを生みながら歩き出した。


 まずい!

 こいつは不死身だ!


 おそらく、この敵は攻撃を受けて体を破壊されても、今のように自動修復される仕組みなのだろう。これでは勇者の力で殴っても何の意味もない。崩れた箇所から蘇り、何度でも俺を殴ってくる。


「くっそ! 来るなああああっ!」


 俺は適当な方角へ走り出した。後方に巨大なゴーレムを引き連れながら……。

 王国から派遣されている護衛の騎士、魔法使い。そして今日、ゴーレムという強力な追っ手が誕生した。隙を見て逃げ出すはずが、さらなる刺客が追加されてしまったのである。

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