第5召喚 外道召喚者

 俺が戻された場所は、前回と同じ通学路だった。

 今回、召喚されてからどれくらい時間が経過したのだろうか。俺はヘロヘロになった体で自宅に向けて歩き出した。自宅では庭の花壇に植えられた花が別の品種へ変化しており、玄関の扉も新品に代えられていた。長い時間が経っているのは確実だろう。


「ただいま」

「拓斗? あなた、拓斗なの?」


 出迎えてくれたのは、俺の母親だった。前回の帰宅時よりもやつれており、白髪も増えた気がする。


「あんた、一年以上もどこに行ってたのよ!」

「え? 一年?」

「また勝手に消えたりして……いい加減にしなさい!」


 やはり怒られた。俺だって好きで異世界に転移しているわけではないのに。

 異世界へ拉致される度に、現実世界での暮らしが不憫になっていく気がする。異世界では戦いに駆り出され、日本では人間関係が険悪に。俺はどこに居場所を求めればいいんだ?


 日本には『二度あることは三度ある』という諺がある。あの無能王国のことだから、人間族の復興に行き詰って俺が再び異世界に拉致される可能性は高い。俺にとって何の利益もクソもない重労働を押し付けられることは覚悟した方がいいだろう。

 だが『仏の顔も三度まで』という諺だって存在する。俺だっていつまでも無能王国とサイコ皇女に付き合うつもりはない。隙を見てヤツらの監視網から脱出し、自分の納得できる人生を歩んでいきたいと思っている。


 いっそ、日本への未練を捨てて異世界で永久に過ごす決意をすれば気分が楽になれるのだろうか。魔王退治という任務を放置して、異世界ハーレム系作品みたいな生活を目指せば人生充実するのだろうか。もし次回異世界拉致されたら試す価値はあるかもしれない。


 今度、俺はハーレムを作る。

 そして、自由に生きる。


 そんなことを考えていると、男という生物のさがなのか高揚感が生まれてくるものだ。苦痛の経験と僻みから、これまで異世界ハーレム作品を嫌ってきた俺だが、今は自分からそれに近づこうとしている。もし俺がそういう道へ走り出したとき、最初にハーレムに加わるのは村娘だろうか。それとも女騎士だろうか。はたまた、エルフ的な種族の女戦士かもしれない。


 ただ、ハーレムに加える人材については細心の注意を払って厳選せねばなるまい。

 よくあるハーレム作品で皇女的な立場の女が主人公の仲間に加わる展開が見られるが、人類悪顕現女パルナタードをハーレムに入れるのだけはダメだ。あんなヤツをハーレムに入れたら、他の女までヤツの放出する猛毒に侵されてしまう。ハーレム全員あんな女のように変化してしまえば、のんびり異世界ライフなど夢のまた夢だ。まったく、ハーレムに王女なんて入れているヤツの気が知れない。しかも物語の過程で王の座に就いて王女と結婚生活までやるのだから本当に恐ろしい。国民から革命を起こされてギロチンにかけれればいいのに。

 それと魔法使いもダメだ。いつも魔王討伐に随行してくる魔法使い。アイツは勇者召喚魔術の力を唯一絶対神のように妄信しており、パルナタードのクローンではないかと思わせるほどに俺を戦場へ差し向けようとする。最近、あの先端が折れた三角帽と黒いローブ姿を見るだけで虫唾が走るようになった。最早、一種の恐怖症と化している。


 見ていろ、あの鬼畜弱小国家。俺をボロ雑巾のように扱った恨みは俺自身で晴らす。今度破滅するのは魔眼族ではなく、お前たちだ。俺は魔王退治など放置して成人向け漫画みたいなハーレムを作ってやるからな、パルナタード。

 反逆とハーレム形成の決意を胸に、俺は自宅の布団で眠りに落ちた。今まで騒音やら異臭のなかで野宿してきた俺にとって、布団でゆっくり睡眠できることにこれほどありがたみを痛感したことはなかった。

 俺はやる。絶対にやってやるんだ。これまで異世界を自由に散策させてくれなかった束縛の蓄積が、俺を大きくハーレムへと突き動かしていた。







     * * *


 翌日、俺は再び警察から事情聴取を受けた。近所の警察署から担当者が自宅を訪問し、行方不明になっていた時期について質問があるらしい。


「やぁ、僕のこと覚えているかい?」

「……はい」


 俺と机越しに座ってきたのは若い刑事だった。確か前回に事情聴取されたときも彼が俺の行方不明事件を担当していたはず。前はもっとフレッシュで爽やかな印象の青年だったが、数年の間に様々な事件を担当してきたのだろうか、今回は彼の顔つきに少し貫禄が現れ始めていた。


「一年近くもどこで暮らしていたんだい?」

「前と同じ、山奥で野宿してました」

「野宿……ね」


 彼は浅く溜め息を吐くと、鞄からタブレット端末を取り出した。紙ほどに薄く軽い代物である。こんなものが開発されているなんて、俺のいない間に現代日本では技術が大きく進歩していたらしい。刑事はタブレットに人差し指を当てて操作すると、俺にその画面を見せてきた。


「君に見せたい映像があるんだけど、いいかな?」

「映像ですか?」

「うん、一年前に君が行方不明になった当時、最後に君の所在を確認できた場所で記録されたものさ」


 映像の再生が始まる。

 そこには車の運転席らしき場所が映し出されている。車窓の景色は動いており、どこかを走行しているようだった。


「あっ……」

「この映像はね、君が通っていた自動車学校から借りたものだよ。教習車に取り付けられていた車載カメラに記録されていたんだ」


 運転席に座っているのは、間違いなく俺だ。召喚されたあの日、自動車学校で行われた高速道路での実習風景がそこに映し出されていた。

 最初は何事もなく実習は進んでいたのだが、突然映像の中の俺は何かに怯えるように縮こまったかと思えば、今度は叫び出してクラクションを鳴らす。そして次の瞬間、俺の体が突然光って消えた。

 ああ、俺はこんな風に転移しているのか。ファンタジー映画の安っぽいCG合成みたいな映像である。同乗者の教官や他の生徒は俺の消失に驚いたことだろう。


「同僚の刑事たちにもこの映像を見てもらったんだけど、皆『こんなの合成に決まってる』って言うんだ。誰も真剣に映像を見ていなかった。でも、僕が調査を依頼した映像の専門家だけは『加工の形跡が見つからない』って、真面目に眺めてたよ」

「そ、そうですか……」

「この映像が録れた時刻から、君の行方は分からなくなったんだ」


 俺が消えた後は教官が徐々に速度を落としながら車を道の端に寄せ、自身が運転席に座ってパーキングエリアを目指していた。どうやら事故は起こっていなかったらしい。

 刑事はそこまで映像を見せると、鞄へタブレットをしまい込んだ。


「単刀直入に聞くけど猿渡君、僕らに何を隠してるんだい?」

「えっと……」

「運転席に何の細工もなくあんな風に消えるなんて、有名なマジシャンでも無理だと思うよ」


 なかなか面倒くさそうなヤツに目をつけられたものだ。

 仕方ないので刑事には全部話した。


「それは……困ったことになっているね」


 俺が話している最中、刑事の頬は引きつっていた。こんな現実離れした体験を聞かされればそうなるのも当然だろう。それから何も話すことなく、彼は警察署へ戻っていった。


 拉致首謀者の皇女パルナタードは異世界にいる、という点がこの問題における一番厄介なポイントである。あのICPOでも手の出せない未知の絶対領域である魔境。もし彼女を法律に則って逮捕したい場合、警察という彼の立場からしてみてもパルナタードは敏腕テロリストを兼任している外交官よりも厄介な存在だ。国家権力すら泣き寝入りさせる豊乳鬼畜女。その外道さは日本海溝よりも深く計り知れない。










     * * *


 二度目の異世界拉致を終えてから、俺の生活は激変した。「いつ再び拉致されるか分からない」という恐怖に怯え、俺の行動が大きく制限されたのだ。

 まず、車を運転するのが恐くなった。自動車学校の授業中に拉致されたという理由もあるが、万が一俺が運転中に消失したら、ギアがドライブに入ったままの車は大事故を起こす可能性が高い。オートマ車の場合、信号待ちをしていても交差点へ飛び出たり前方の車に追突したりする危険性もある。俺は自動車免許取得を諦め、遠出の際は公共交通手段だけを利用する生活を強いられた。自動車学校への入学金になった小遣いは水泡と消え、好きなゲームやら漫画やら買っておけばよかったと後悔した。

 そして外食する店も制限されるようになった。料理を待つ時間や食事中に拉致されたら食い逃げ扱いされてしまうからだ。そのため、俺が外食できる場所は食券など先払いで料理を注文できる店に限られた。最近外食しているのは、食券で注文する牛丼チェーンだけである。

 図書館やレンタルビデオ店へ入ることもできなくなった。本やDVDを借りている期間中に拉致されたら、そのまま返却期限を過ぎて延滞料金やペナルティがえげつないことになってしまう。図書館での調べ物は図書館で済ませ、映画は映画館のみで鑑賞する。家でゆっくり読書や映画鑑賞できないのは結構面倒くさい。

 私物にはメモ書きされた付箋が大量に貼り付けてある。もし俺が消えたとき、家族にその私物をどう処分してほしいか、などを記しておいた。


 まるで死ぬ支度をしている気分だ。いつでも消えていいように生活するなんて、希望に満ち溢れた健全な精神を持つ若者には決して理解できないだろう。

 異世界召喚というのは戦争徴兵に匹敵するくらい酷い人権侵害であることを、「異世界に行きてぇなぁ」なんて恥ずかしげもなく呟いている中二病患者にもよく分かってもらいたい。日本という国は随分と平和になったものだ。









     * * *


 合格していた大学は休学扱いにされており、高校と同じく留年となった。入学一年目から留年なんて真似はしたくなかったが今更仕方ないだろう。

 一年生必修科目の講義を受けているとき、周囲の机を見渡すと俺以外にも留年しているヤツがいた。明らかに夜な夜な女と遊んでいそうなバカ丸出しの陽キャ男だらけだ。金髪。タンクトップ。小麦色の肌。耳には派手なピアス。室内なのにサングラスと帽子。しかも柄がダサい。


「よぉ、猿渡ちゃん。どうしたんだ浮かない顔して」

「いや、別に……」

「何か嫌なことがあったら風俗に行くことをオススメするぜ! ストレスなんて股間から全部出しちまえばいいんだよ、ハハハハッ!」

「……」


 こいつらと同系列に扱われたくないと思った。


 高校のときの留年と合わせて、今の俺は年齢が二つ下の人間と講義を受けていることになる。そこには多少ながらジェネレーションギャップが存在しており、しかもずっと異世界にいたせいで俺は現代日本の流行にうとくなっていた。周囲の人間が何を話しているのかピンと来ないし、俺のことを珍しい目で見てくる。会話に混ざるのが恐くなり、俺は高校同様に寂しい青春へと回帰していった。

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