第4召喚 有能一般兵
「勇者殿、あそこに見えるのが新設されたスターク城でございます!」
「お、おお……」
王国を出発してからどれだけの時間が過ぎただろうか。俺たちはようやく魔王城を視認できる距離まで近づいた。周辺の鬱蒼とした森林に身を隠しながら睡眠不足で鉛の如く重くなった瞼を無理矢理にこじ開けると、そこには高い塀に囲まれた巨大な建造物を確認できた。
「あぁぁ……あれがそうなのかぁ」
あそこにいる魔王を倒せば、現実世界への切符は手に入るのだ。
は、早く帰りたい……!
作戦を考える暇なんてない。ここは敵本拠地の近くなのだ。前回の魔王城よりも警備が厳しく、おどおどしていれば敵に発見されてしまう。敵に囲まれる前に城へ可能な限り接近し、魔王を一気に叩くことしか作戦を考えられなかった。
そもそも眠気や疲労のせいで入念に作戦を練られるほど頭が回転しないので、もう加護に自分を任せて強引に突破するしかない。
「俺を……日本に帰らせろおおおおッ!」
俺は単騎走り出した。
身体能力が強化されているとは言え、疲労も溜まるし眠気だって襲ってくる。それでも俺は眠気に押し潰されそうな意識をどうにか保ち、歩きまくって走りまくってパンパンになった脚を引き摺りながら城門近くまで辿り着いた。
「いたぞ、東門付近に勇者だ!」
「総員、攻撃態勢に入れ!」
塀の櫓には何門もの精密狙撃用魔導兵器が設置されており、常に狙撃手が接近する者を監視している。彼らに発見された瞬間、一斉に魔力を凝縮させた
やめろ! 眩しいだろ!
強烈な閃光に、俺の視界が真っ白になって何も見えなくなった。本来、生身で命中すれば肉が蒸発するのは避けられないビームではあるが、勇者の加護によって虫眼鏡で太陽光の焦点を当てられているくらいの感覚で済んでいるのは幸運と言えるだろう。
しかし、その追加効果である目眩ましはどうしようもない。俺は獲物に
「間髪容れず、とにかく撃ちまくれ!」
爆弾や落石の罠を食らっていても生きていた経験から、敵は俺の肉体に直接的なダメージを与えることは諦めたらしい。
その代わり、有効打を与えられそうな攻撃の模索を開始している。
ここに来る途中にも、敵は発声器官が異常発達した
それに加え、彼らは俺たちの潜む森林で強烈な異臭を放つ香を焚いていた。硫黄のような、排泄物のような、下水管のような、人間には耐え難い悪臭を含む煙が俺たちの吸う空気に混じる。
最終的に騒音と異臭に気分を悪くして、俺は胃の内容物を全てぶちまけた。敵地ではなかなか入手できない貴重な食料がゲロへと変化しただけだった。それによってここ数日間は空腹にも悩まされている。
すでに音を発するモンスターは倒したはずだが、今も耳に不快な音が残り続けている気がして眠れない。衣服にも香の臭いが未だ付着しており、息を吸う度に鼻が砕けるような感覚に襲われた。殺傷能力の
疲労、睡眠不足、空腹、聴覚異常、異臭、視覚異常……バッドステータスの展覧会である。爽快感もハーレムもクソもない異世界召喚旅だ。チート的能力の恩恵が霞むほどの苦行が続いている。異世界ハーレム小説に登場する悪役もこういう巧みな技を使って女たらしなサイコ主人公にも俺のように沢山ゲロを吐いてほしいものだ。
そもそも、この世界では敵の強さのインフレが激しすぎる。
きっと、魔眼族という連中は勤勉で物事の学習に優れた種族なのだろう。効果が認められない攻撃手段はさっさと切り替えるべきで、反応を窺いながらあらゆる手段を試していくのが正しい。いくら能力が強化されていても限界を知られれば敵は確実にそこを突いてくるのは当然で、敵ながら対チート能力保持者に対する攻撃姿勢として成功しているのが本当に厄介だ。
さらに城門から飛び出てきた兵士に毒矢やら炎魔術やらを一方的に撃たれる。毒の配合や炎の温度を変えて効果を確かめているらしい。頭には剣山の如く矢が生え、俺の纏う軽装鎧は金属部分を残して灰となって消えていった。
こちらからは光で何も見えないので反撃できず、兵士を無視してひたすら進むしかない。スタングレネード使用下でも動けるような特殊訓練をただの高校生が受けているわけもなく、俺は敵の策略にあれよあれよと流された。毒も炎も加護ですぐに回復できるが、こうも一方的にやられるとイライラが募ってくる。
手に何か硬い感触がある。これは塀だろうか。分からない。壊そう。
とにかく拳で壁をドカドカ壊して城の奥へ奥へ足を踏み入れる。
殴られながらも壁を破壊して進むなんて、他人から見ればきっとシュールな光景が広がっていることだろう。操作の下手糞な小学生がプレイしたステルスゲームのような、敵兵に囲まれても反撃できずに有り余っている回復薬で体力を維持している状態だ。脳味噌筋肉にもほどがあるぞ。こんなにも無様な勇者、なかなかいない。
俺は段差に躓き、赤ん坊のように地べたを這いずり回ってとにかく玉座の間らしき部屋へ向かっていく。
「フハハハハッ! よく来たな勇者よ!」
どこからか声が聞こえてきた。
「この私、魔王ルインベルグが貴様を葬ってやろう!」
「え? 魔王?」
見えない。
そこに魔王がいるのだろうか。
視界の眩みが治まりそうになると、再び狙撃手が俺の眼球に向かってビームを放つ。これを何度も何度も繰り返され、ずっと視界は白いままだ。
「先代の魔王を殺害された恨み、ここで晴らさせてもらうぞ!」
「あ、あのさぁ……ちょっ、俺、毒矢を撃たれてるんだけど」
「やはり、貴様のような愚かな種族には粛清が必要だな! 新たな世界を築くための礎を建てるため、貴様はここで滅びるがいい!」
魔王が俺に何か戦闘前の演説っぽいことをしているのだが、その間も周囲の一般兵士は俺を攻撃し続けている。
魔王の演説中くらい攻撃を止めろぉ!
ヤツの話が頭に入ってこないだろ!
イベントシーン中も雑魚敵に撃たれるなんて、デバッグが不十分だったバグだらけのゲームのような、魔法少女の変身中に敵が必殺技を放つような、そういう二次元ジャンルの裏で暗黙の了解となっている重大なコンプライアンス違反を感じさせる。
敵NPCが効率的な戦術や戦法ばかり行っているとクソゲーへと転化するのだ。ファンタジーにリアリティばかり求めてはいけない。
* * *
結局、俺はどうにか勝てた。
何時間も戦っている間に狙撃用魔導兵器がエネルギー切れを起こし、視野が回復した。その隙に俺はマントを羽織った魔王らしき男を殴り倒し、内臓をぶちまけさせる。その光景を見ていた一般兵士は蜘蛛の子散らすように俺の視界から消えていった。
本当に泥沼のような戦闘だったと思う。ゴリ押しの極みもいいところだ。一生語り継がれてほしくない魔王退治物語である。
「あぁぁぁ……これでようやく帰れるぞおおおおおお!」
俺は歓喜に震えた。
日本へ帰還するための条件はクリアした。あとは鬼畜パルナタードに報告し、ヤツに俺を「帰らせたい」と思わせるだけ。
「やりましたね勇者様!」
「それでは王都へ帰還しましょう勇者殿!」
騎士と魔法使いも合流し、魔王討伐成功を喜んだ。
しかし、俺は思った。「これで本当に魔王討伐は終了するのか?」と。
今から考えると敵の行動に不自然な点が多すぎるような気もした。あんなに用意周到な魔眼族が、二度も魔王を倒されるような真似を許すだろうか。アメリカ映画でよく見る大統領が地下シェルターへボディーガードに囲まれながら逃げるシーンのように、危機が迫っているトップはどこかに避難しておくのが普通だと思うが……。
だがこのとき、俺は旅の疲労やらパルナタードへの憤怒やらで冷静に理由を考えることはできなかった。
とにかく落ち着いて布団で眠りたい。美味い飯も沢山食べたい。大学にも顔を出さねば。人間、極限の疲労状態に置かれると、理屈などどうでもよくなってくるのだ。
* * *
そうして、俺はパルナタードに会うため王都へ帰還した。
移動手段が馬車と徒歩だけのクソ疲れる旅だ。敵からの追撃こそ少なかったが、その移動距離は強化された肉体すらもボロボロになるほど長い。
「まあ勇者様、おかえりなさいませ!」
「お、おう……」
玉座の間に入ると、例の金髪女がドレスをひらひらさせながら俺へ駆け寄ってくる。
俺にはもうすでに討伐を喜ぶ気力すら残っていない。俺の中にあったのは、彼女に対するマグマのように湧き起こる憤怒と、もう彼女とは会いたくないという願望だけだ。俺は口をポカンと開けたまま、虚ろな視線でパルナタードの動きを見つめていた。
「それでは、今回も我が国に伝わる最高の秘宝を勇者様に授けましょう!」
「お、おう……」
彼女はそう言うと、案の定、傍に立っていたメイドに古い巻物を持って来させる。
間違いなく前回の最後に登場したあれだろう。
「これは我が家に伝わる古文書です。それでは、内容を朗読させていただきますね」
「あの、内容は全部知ってるんですけど……」
「『魔王を倒した勇者よ、汝に我が王国の誇る最高の財産を与えよう』」
「知ってるって言ってるだろぉ! お前はまだそれを読――」
「『汝にはこれまでの戦いを振り返ってもらいたい。友情、愛情、経験……その旅で得てきた『思い出』こそが、我が国が与えられる最高の財産なのだ』……以上です。魔王討伐の報酬は、あなたの心にある仲間との思い出です!」
「やっぱり前回と同じ台詞じゃねぇか!」
「勇者様、今回もありがとうございました!」
「お前には俺の言葉が聞こえてないのかッ! この金髪ク――」
「それでは、さようなら勇者様!」
こうして俺は現代日本へ強制的に帰還させられた。
ちなみに、またすぐに呼ばれる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます