役目
翌日、周りが見通せるようになると、再び戦いが始まる。
日を続けての戦いに挑むのは、初めてだ。疲れが完全には取れていないが、戦いに出れば気にしていられない。敵は、疲れなど考慮してくれはしない。そもそも、相手だって戦いが日を跨いで続き、満足に休めないのは同じ。
「よ、シルビア」
「フィルさん」
昨日と同じく敵を捌いていたら、先輩が現れた。何とも軽い調子だが、登場は切り伏せた敵が倒れたところでだった。
「ちょっと追加情報だ」
「はい」
「『敵に増援投入の動きあり。人数が少ないことから、神剣使いだと思われる』だ」
「分かりました」
「あっちもとうとう神剣使いの本隊を出してきた気がするな」
もっとちまちま出してくれりゃいいものを、と周りを牽制しながら、先輩は舌打ちせんばかりに吐き捨てるように言う。
「その内近づいてくるだろうから、見つけたら優先的にな。今日が俺達の踏ん張りどころかもしれない。シルビア、気ぃ張れよ」
「はい」
アウグラウンドの神剣使いがどれほどいるかは分からないが、こちらは戦力を二分している。比率的にはアウグラウンド側が大きいようだとしても……。
そんな戦力差が影響して、出てきた分をその都度削っていくのが理想的だった。
戦いが長引きすぎるのはよくないが、深追いして一度に相手するはめになるのは、逆に痛手を負う可能性がある。
それなら、ある程度削ってから、折りを見て勝負を仕掛けた方が良い。
ここで全員投入されたと言うのは、こちらには痛い話だ。どれほど効率良く、同時に複数ではなく、一人ずつ倒していけるか。
雄叫び、金属音、肉を断つ音。
それらが混ざり合いながら聴覚を占拠する中、怯んだようなどよめきと、雰囲気を感じた。
離れたところで、人が飛んだ。空中に、血が散る。
光景を見てから一秒遅れで、余波である風が吹き抜けた。
一撃で、前方の敵をまとめて葬った。そんなことが出来るのは、神剣の使い手のみ。
アルバートだ、と。余波の力を感じ、分かった。
その場に神剣使いがいると知らせるような一撃だった。事実、知らせたのだろう。敵側に神剣使いの増援が入ったと思われるという情報は、アルバートの耳にも入っているはず。
神剣使いは、普通の剣を使う者より、多くの人間の命を容易に奪う。神剣使いを放っておけば、より多くの被害を受ける。こちらが神剣使いを優先的に潰す戦略を取っているように、相手も神剣使いは神剣使いで、という様子だった。
あれだけの光景を作り出せば、止めなければならないと戦力が集まる。神剣使いだとしても、そうでなかろうと。
行く先に神剣使いを探すのではなく、引き寄せる考えだ。
真似は出来ない方法だ。
寄ってくるのが、普通の剣を持った兵であればいいが、神剣も寄ってくるのだ。それも、複数寄ってくる可能性がある。
「……こういうとき、は」
アルバートの方向から離れた方が良いのか、むしろ周辺で阻止しようと寄ってくるであろう神剣使いを狙った方が良いのか。
……アルバートは囮になると言うよりは、自分で全部処理するつもりであのようなことをすると思うのだ。
しかし、増えた神剣使いが集中したら、さすがにアルバートも危ないのだろうか。でも、敵も一点集中するようなことはしないだろうか。
シルビアは敵と刃を交わせながら、考えた。戦略のようなもののことは、よく分からない。騎士団に入ったなら、ジルベルスタイン家の図書室では優先的に兵法の類いの本でも読んでおくべきだったろうか。
結果、シルビアは考えるのをやめた。
こんな状況で分からないのに考えて続けるのは愚行だ。
そして、反射で判断した結果、離れる方に傾いた。本能で判断すると、アルバートが危険になるとは思えない姿ばかり見てきたので、そうなるのである。
それに、こちらにだって神剣使いはいるはず──
「まずい!」
声に、シルビアは立ち止まり、とっさに力を込めた剣をそちらに向かって構えた。声と共に、なにか、力の予感を感じたのだ。
声の注意と、予感の源は一緒だったようだ。
剣が、鋭い一撃を受けた。
ただし、伝わる感触は、刃そのものを受けたのではない。重く、鋭い斬撃そのもの。
それを防いだシルビアに対し、視界の目に捉えられる範囲の人々が、消えた。
攻撃と共に押し付けられた風圧で吹き飛んだ、のだ。
視線で追った宙から人が落ちてきて地面に叩きつけられる。彼らは胴に傷を受けており、呻く者もいれば、落ちたきりピクリとも動かない者もいた。
先ほど、アルバートが別の場所で起こした現象が起こった。
ただし、今度は敵側の人間が起こした。
対抗からか、味方の士気が下がらないようにか、方向からしてアルバートの元に行こうとしているのか。
間違いなく、神剣使い。
神剣で攻撃を受け止め、力も何とか負けずに防いだシルビアは飛ばされずに済んだが、相当だ。受けたばかりの手が少し、ピリピリとした。
アルバートと、比べるとどうなのか。そんなことを考えはじめた時点で、大まかに推し量った力量が知れる。
昨日まで遭遇した神剣使いとは、明らかに違う。これは、そもそも、神剣の質が違う類いなのでは……。
質?
ぞくりとした感覚が、背筋を走り抜けた。額から汗が伝う。
まさか、『彼ら』の内の誰かか。
質が違うという感覚は、遺跡から発掘された剣か、神通力のみで作られた剣かという違いが根本にある。
神通力のみで作られた剣は、王族か、王族にかなり近い血筋でも現れる可能性がある。
そして王太子は、『彼ら』が現れる可能性は十分にあるだろうと言った。
吹き飛ばされた味方を目で認識した短い間に、シルビアの頭の中に考えと可能性が続々と浮かんで回っていく。
……そうだとしても。
シルビアは、剣の柄を強く握る。手のひらにはうっすら汗をかいていた。
異なる種類の緊張を自覚しながらも、視線を倒れる味方から上げていく。
どうあれ、ここで止めなければならない。
この場での、シルビアの役目だ。神剣使いは優先的に止める。
ここで『彼ら』を前にしようと、「逃げてはならないし、逃げない」かという王太子の問いを肯定した。
立ち向かうのだ。一つの望みを抱いてから、そのためなら覚悟は出来ると思った。立ち向かってみせるのだと。
そして、
──「その脅威を前にしても狼狽えず、決してその身を渡すことはないように」
王太子との約束も守る。
周りの味方がたじろぎ距離を詰められない内側で、シルビアは剣を握り直し、構え、そちらを見据える。
再度覚悟を確認した、その上で、見た。
しかし、──鋭くした目は直後に見開き、構えは疎かになった
「……………………え」
無意識に、声が零れた。
見た先には、一つの姿があった。
敵は加勢など無用と判断し、神剣使いではない味方は迂闊に近づけない。その結果、シルビアとその姿の間には誰もいなかった。
それは同時に、シルビアが一番注意しなければならない位置にいることを示していたが、シルビアからは自分が何をしているのか飛びかけた。
耳に鳴り響く喧騒が消え、敵も味方も関係なく兵が見えなくなる。
ただ、一つ見えるのは、戦場をまるでただの庭かのようにゆっくりと歩いてくる姿。
一人の男だった。
アウグラウンドの兵の制服と統一感は見られるが、ところどころ意匠の異なる衣服を身に付けている。
淡めの色合いをした茶色の髪が風の残りに揺れ、水色の目が
右目を覆う眼帯が、顔の中での唯一の欠損だった。
「……兄、様……?」
水色の隻眼が、冷たくシルビアを映した。
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