覚悟を重ねる
アルバートの後からついた先には、見知った顔が揃っていた。
シルビアがテレスティア側の隊に行ったことになっていたようなので、彼らは不思議そうな顔をした。
それに関して、アルバートは「ちょっとした手違い」で済ませた。
「予定通り、これから出撃する」
口頭で現在の状況が伝えられていく。
アウグラウンドとの戦が行われている地は、国の西。
「アウグラウンドの神剣使いが出ているようだ。俺達の仕事は第一に神剣使い払いだ。神剣使いに遭遇した次第、必ず同じ神剣使いである俺達が止める。誰かが神剣使いと戦っていると分かった場合、加勢しろ。出来る限り手早く、神剣使いは優先的に無力化だ」
神剣の使い手は、大きな戦力だ。普通の剣を使う者より、多くの人間の命を容易に奪うだろう。
敵でその神剣使いを避けるのは得策ではない。神剣使いを野放しにすれば、どれほどの味方を葬られるか想像が難くないからだ。ゆえに優先的に潰す。相手もそうだろう。
最後に、注意事項が述べられた。
手短な作戦会議だった。
やるべきことは一つ。敵を屠ること。
終わると、いよいよ戦地に出るため最終の準備の確認を行いはじめた。小さく神への祈りが聞こえる傍ら、シルビアはタイを取り、マントを脱いでしまう。マントは邪魔になる可能性の方が高い。
マントを脱いだあとから、剣の鞘を固定しているベルトを締め直す。
「シルビア」
声に振り向くと同時に見上げると、ぴったりの位置からアルバートがこちらを見下ろしていた。
テントの中で背を向けられてから、まともに顔を合わせたから少し緊張した。
「ここから先、敵は殺すべきものだ。来ると覚悟したのだから、それは分かって来たな」
海賊に対したとき、そのほとんどを生け捕りにした。
あれは、貿易船などを襲い、また、人を襲う邪神を生み出してしまう海賊を『捕らえる』という趣旨だったからだ。
だが、ここは戦場。
人が命を奪い合い、相手の戦力を削ることで勝敗がつけられる。
「分かっています。出来ます」
しっかりと答えると、アルバートは目を伏せ、「そうか」と言い、シルビアの側を離れた。
「『我が剣よ、イントラス神の信仰の元に顕現せよ』」
隊員の前に歩いていきながら、アルバートがその手に剣を出現させた。
習うように、準備を終えた全員が前を向き、次々と剣を抜いた。
シルビアも、背から剣を引き抜く。
その様子を見渡し、準備完了を確認したアルバートは一度頷いた。
「全員、必ず生きて戻れよ。──行くぞ」
いつも通りの声音の命令、静かな出撃の号令だった。
戦地は、敵味方入り乱れていた。
一度その中に入れば、あちこちから敵が斬りかかってくる。衣服を見れば敵か味方か一目瞭然だ。
誰もが命を奪うことを覚悟している場、油断していれば隙を突かれる場では、ゆっくり一息つく時間などない。敵は自らを殺しに来るもの、とどちら共が思うがゆえに、敵と見れば屠りにかかる。
シルビアにとっては、自分から行くまでもなく敵がやって来る状態だった。一際背が低い見目が影響しているのか。
この状況では、神剣使いだとは、派手に力を使わない限り実際に刃を交わすまで分かりにくいだろう。
神通力を通した神剣は、防具も柔らかな布であるように切り裂き、時に普通の剣を砕き、そのまま敵の肉を切り裂く。
一人目は手こずったが、その後は向かってくる敵全てを、二度か三度の攻撃で仕留めていく。
海賊船での戦いに似ているようで、やはり異なる面は鼻から命を奪うつもりで行く以外にもあった。
数が多い。
斬っても、斬っても、次々と現れてくる。体感からして人数が違い、終わりが見えない気分だった。初めて命を奪ったとき、よく分からない感覚になった。血を流し、死に、倒れていく男の姿を見た。
そんな暇はなかった。
敵兵の心臓を一突き。敵はその瞬間、動きが止まり、シルビアは命が費えたと見た直後には刃を引き抜き、そちらを見ず、抜いた刃を振る。
気配だけを頼りに振った剣は、剣を振りかぶっていた敵の胴を斬り、もう一度、今度は確実に仕留めるために深く急所を切った。
鮮血が舞い、顔にかかった。
刃の血は勝手に綺麗に流れ落ちてくれるが、顔についた血はそうもいかない。
思わず、袖で拭う。
その無駄な動作を、見逃さず、突いたようなタイミングだった。
直感で、振り向きざまに剣を握る手をそちらに突き出した。
周囲にも鳴り響く音が、高らかに。
シルビアが反射的に出した剣は、敵の刃を防いでいた。
敵の姿を認識より先に、神剣使いだ、と認識した。
それから見えた敵は、三十代ほどの男か。手練れの気配は、受け止めただけで感じた。
すかさずもう一振りくる刃に、シルビアはもう一度受け止める。
重い。さっきまで、普通の剣ばかり相手にしていたからかもしれない。
とっさに切り替えができず、もしろ相手が許さないかのように攻撃してくる。シルビアは間一髪というタイミングで、受け止め続けるが、回数を凌いでくると調子を取り戻してきた。
剣撃は重く、狙ってくる位置が厳しい。
神剣の扱いに優れており、剣の技術自体もシルビアより優れている。決して同等ではない。
教官を相手にしているようだった。
だが、ここでもやはり異なる点は、相手が完全に殺しに来ているということだ。
ならば、どうするか。戦場で教官のように自分より実力が上の人間を相手にするとすれば。
いや、そんなことこんな状況で考える間もなく、答えはほぼ勝手に導き出された。
剣の技術は敵わない。
それなら、こうする他ない。
シルビアは瞬時に神剣に強力な力を込めた。神剣に調和するかどうかなど、今、この瞬間は無視し、形勢をひっくり返す威力だけを求めて。
「──な」
強烈な音がした。
神剣を砕かんばかりの音がして、弾かれ、相手は驚愕の顔をした。
その一瞬のあと、ふっとシルビアの神剣は落ち着いたが、素早く踏み込むと共にまた一瞬いっぱいに力を込め、振るった。
敵の防御がわずかに間に合い、傷は浅くなったものの、今度こそ防御が疎かになったところを──。
光を失った神剣が先に地面に落ちた。
次に、全身から力を失った男が地面に崩れ落ちた。
シルビアの神剣から、新たな血がただの雨粒のようにつるりと滑り、地面につーっと垂れていく。
即座に構える危機感にも襲われず、乱れる呼吸をしながら、シルビアが周りをぐるりと確認すると。
周囲には敵がいたが、シルビアが見ると、たじろいだように足を後ろに下げた。
「神剣使いだ! 一度にかかるぞ!」
こちらを見る目に混ざる恐怖の眼差しを感じた。
それに何かを感じている暇はやはり与えられず、固まりやって来る敵兵が映ったため、剣を握り直す。
充分に呼吸は整った。
自分からも踏み出す新たな覚悟をして、シルビアは剣を構え、前に進んだ。
夜、両国の人員は一旦引いた。
日が暮れてしまうと、味方と敵の識別が難しく、戦の状況の把握もし難い。そういう理由があり、互いに利にはなり辛く夜間はにらみ合いに留まるようだ。
効率も悪いのかもしれない。人は睡眠なしには行動はおぼつかず、睡眠は夜にするものだ。
「今日はこっちが大分押したようだな」
「昨日は夜ぎりぎりまでやってきてたが、今日は大人しく引いていったな」
多くの者は遠征用の簡単な食事をとり、休息するべく眠りにつく。いつでも起きられるように、浅く。夜間の奇襲の可能性は十分にある。
完全に起きているのは、見張りくらいか。
幸いにも季節は冬ではない。外でも凍え死ぬ心配はなかった。
シルビアはマントにくるまり、隅っこの方で膝を抱えた。
眠気はない。戦場に出たことで神経が昂っているようではないが、眠れそうにない。とりあえず目を閉じておく。
昼間とは打って変わって静かな陣に、痛みに呻く声が昼間より通る。
神剣使いの中に死人は出なかったが、怪我人は出た。
シルビア自身怪我はしたが、かすり傷だ。
神通力で傷を癒すことは出来る。しかし、あまりに重いと全てを癒すわけにはいかない。戦ともなれば、ほとんどが通常の治療となる。
「……ここにいたか」
近くに、立ち止まった気配がした。
その声は……。
「寝てるか」
アルバートだ。
さっきよりも近く、声が聞こえた。言葉は確認の響きではなく、そうだろうなという響きだった。
「起きています」
寝ていないシルビアは、寝たふりという概念なく、目を開け、顔を上げる。
「──起きていたのか」
アルバートが膝をついて、シルビアの近くにいた。
「はい。何か、ご用でしょうか……?」
シルビアの元に来たということは。
しかし、アルバートは「用はない」と、シルビアの隣に腰を下ろし、ずれかけていたフードをシルビアに深く被り直させた。
「念のため、俺が側にいる。寝ろ」
「……アルバートさんも寝てください」
「ああ、俺も寝る」
そういうわけだったようで、シルビアはまた膝を抱えた腕に顔を伏せ、目を閉じる。
視界は真っ暗に。耳には、遠くの方で呻き声が聞こえてくる。
相変わらず眠れそうになく、ふと顔を上げて目を開いて、ちらりと横を窺ってみる。
彼は、起きていた。目を、空の方に向けていた。空は、晴れていただろうか。
「……アルバートさん」
小さな声に、アルバートが反応してシルビアを見る。けれどすかさず「寝ろって言っただろう」と言われてしまい、それ以上は口を閉じることとなった。
……この戦が終わって、戻っても、前のように会話することは叶わないのだろうか。そんなことを思った。
無理を通した報いか。
「長くない話なら、してもいい」
俯いていたシルビアは、目だけ、隣に向けた。
アルバートは視線を前に。こちらを見ていなかったけれど、話をすることを許してくれた。
許されたものの、シルビアは少し切り出し方に迷って、そこで時間をかけてしまった。
「今、謝ることは間違っていると思うのですが……無理を言って、すみません」
謝ってはいたけれど、今、改めて謝っておきたかった。
「許してくださって、ありがとうございます」
そして、お礼を言いたかった。
「礼は欲しくない」
一言が、簡潔に返ってきた。
「俺は許可を出したくはなかった。これは変わらない。それに謝るくらいならするな」
厳しい返しに、シルビアは黙るしかない。
そうだ。アルバートはそう言っていた。シルビアが頼み込んだにすぎないのだ。
「……って、言いたくなるのは本当だが、俺にも覚えがあるから無しだ。ここまで来たら、もういい」
アルバートが、こちらを見た。
暗くて色味が分かりにくい灰色の目は、テントで見た荒れ狂う感情を宿してはいなかった。
優しくも、強い意思の宿る目だった。いつもの彼の目だ。
「投げやりになっているわけじゃない。ただ、こうなったならお前が普通に戦うだけで済むよう、力を尽くすだけだ」
そうして、彼はシルビアに手を伸ばした。フード越しに、頭を撫でる。
「……ありがとう、ございます」
礼は欲しくないと言われたのも忘れて、お礼を言ってしまった。
感謝しても、しきれないのだ。そういう事柄が、また一つ重なった。
お礼を口にしたシルビアに、アルバートは微苦笑した。
「シルビア、お前は普通にやっていれば死なない技量は持っているから、油断だけはするなよ」
「はい」
「それから、絶対に何があっても死んでくれるな。それは、約束してくれ」
「約束します」
約束する。許してくれたことに、報いる。
「じゃあ、今度こそ寝ろ」
「はい」
シルビアは、改めて目を閉じた。
──戦となってしまったなら、かの国を破る。
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