いつもと違う






 女性二人は、神官により教会に保護された。

 重要な任務の途中だったが、深刻な雰囲気の漂う思わぬ出来事に遭ってしまった。神官は一時離脱し、シルビアは一人で捜索しながら、事情を説明するために班員を探した。

 その日、結局邪神信仰者は見つからなかった。


「魔物の出現も無し。邪神信仰者が散った可能性があるな」


 しかしこれから邪神信仰者が見つかるまで、首都に魔物のようなものが出るかもしれない。


「明日も引き続き捜索を行う」


 残念ながら、今日は解散となった。

 時刻は、陽が傾く頃。この後は帰る。

 アルバートは隊長室に戻るのだろうか。解散を告げ、その姿は副隊長と話しながら隊長室へと向かっていた。

 元々、仕事が終わる時間にはずれがあるが、最近は特に帰ってくるのが遅めの日が続いている。テレスティアの使者が来てからだ。

 養父は姿さえ見ない日々が続いている。家には帰っているようなのだが、夜遅く、朝早くが続いているようで、城で会わないばかりか家でも会わない。


「シルビアたちが見つけたっていう女性二人、大丈夫かな」


 レイラが帰る用意をしながら、何気なく言った。


「……彼女たちから事情が全く得られないので、どれほど時間がかかってしまうのでしょう」


 神官は、あらゆる情報網を使い、どこの家の令嬢なのか、もしくは万が一にも平民で身につけるもののみが質の高いものと考え、どの貴族と関わりがあるのか調べると言っていた。

 令嬢であれば比較的分かりやすいかもしれないが、何らかの事件性のある背景があり元は平民であるとすると、情報が出にくいかもしれない。


「喉を潰して話せなくするのも悪質な行為には違いないけど、神通力で縛って話せなくするのは別の意味で悪質すぎよ。……事情を一切伝えることが出来ない分厄介だし」


 その場にいなかったものの、事の事情を聞いたレイラは憤慨していた。


「レイラさん、『誓い』とは、どうすると効力を失うものなのですか?」

「私もあまり詳しいことは知らないんだよね。そう簡単に破棄できるものじゃないって聞いたことはあるよ。あと、自分で自分に誓った場合と、他人に誓った場合でも違うとか何とか……」


 何だかややこしそうだ。

 彼女たちの場合は、どちらなのだろう。誓わせられたのなら、他人なのだろうか。それとも、誓わせられても自分で自分に誓わせられることがあるのだろうか。

 どちらであれ、神通力の優れた使い手が複数人いる場所だ。どうにか出来るのだろう。


「隊長」


 扉から入ってきた隊員が、アルバートに呼びかけた。アルバートは、隊長室の前で副隊長と話し、今ちょうどのぶに手をかけていたところ。


「何だ」

「隊長に伝令です」

「魔物か?」

「いえ、騎士団の者でも神官でもありません。総帥の使者のようです」

「総帥の?」


 養父の使者、と聞こえてシルビアは帰る動作を止めた。

 その間に、扉から一人、新たに入ってくる。服装は騎士団の制服ではなかった。

 その男性が、アルバートに近づき、何事か伝えている。


「……そうか」


 伝令は一礼し、アルバートの前から辞す。

 何だったのだろう。伝令が部屋を歩き、扉の方に歩いていく過程を何となく目で追う。


「シルビア」


 アルバートの声だった。

 呼ばれて、伝令に向けていた視線を、部屋の奥に移す。

 アルバートがこちらを真っ直ぐに見ていて、彼は開こうとしていた扉ののぶから手を離した。


「帰るぞ」


 突然に思えて、シルビアの返事はちょっと遅れた。


「──はい」


 アルバートと帰ることができるらしい。



 外は、雨がまだ細かく降っていた。

 外に出た瞬間にフードを深く被らされてから、アルバートと二人城を出た。もう歩き慣れた道を、歩く。

 城から出るまでと、城の近くまでは、時刻もあって他の人の姿がそれなりにあったけれど、城を離れると、静かな区域に向かっていく。人の姿がほぼ他にはなくなり、話し声はない。


 妙な静けさだと思った。


 帰るぞと声をかけられてから、ここまでずっと沈黙だ。

 しかし妙だと言えど、いつもとどう違うのかと聞かれれば、分からない。具体的にどうだと答えることはできない。居心地が悪い沈黙ではなく、以前あったようにシルビアがそわそわしているのでもない。

 だからこそ、妙な沈黙だと感じることが「妙」だ。


 ちらりと、隣を盗み見る。

 アルバートはマントを身につけず、フードも被っていないため、着々と雨を受け続けている。全く気にしていない様子だ。

 いつも通りに見えると言えば見えるが、その目がやけに遠くを見ているような目付きに見えた。

 前方を見ているのは当然だけれど、……何だろう。これも、シルビアの感覚的なものにすぎない。

 だけど、その目付きを昔、見たことがあった。そのときは、今思うと長い間見ていた気がする。シルビアがここに来ることになる前だ。──あのとき、『彼』は何を考えていたのだろう。普段通りに見えていたけれど。


 シルビアは、一人小さく首を振る。過去と重ねても仕方がない。


「アルバートさん」

「……ん?」


 反応が、わずかに遅かった気がした。

 灰色の目は、いつもと変わらずシルビアを見た。


「隊長室に戻る途中だったのは、お仕事があったのではないのですか?」


 思っていたことを、聞いた。

 今日とて、魔物出現により、第五騎士隊の部屋の外に出ていたところを戻ってきたようだった。それに、最近帰りは遅めで、今日も明らかに隊長室に戻っていく流れだった。

 扉に手をかけていたのに、良かったのだろうか。


「お父様から、何かあったのですか?」


 きっかけと言えば、伝令から何か聞いていたことだ。あの伝令は、養父からの伝令だと言われていた。


「ああ、あの伝令か。……あれは、父上が今日もう帰っているっていう知らせだ。俺が外に出ていたから、随分前に帰ったようだ」

「お父様、帰っているのですか」


 シルビアが驚いたような反応をしたら、アルバートが軽く首を傾げた。最近会えていなかったので、と言うと、納得した様子になる。


「テレスティアとの話し合いもそろそろ落ち着く。一ヶ月以内──いやもっと早くにテレスティアの使者は一度国に戻るだろう」

「アルバートさんも、前のような時間に帰られるようになりますか?」

「……ああ、そうだな」


 アルバートが手を伸ばし、見上げたときに少し浅くなっていたシルビアのフードを直す。

 視界がマントの色に染まって、アルバートの姿を消し、次に見えたときには彼は前を向いていて、また先程の目をしていた。

 また、沈黙、かと思いきや。


「シルビア」


 沈黙が染み付く前に、今度はアルバートの方が声を発した。


「結婚についてどう思う」


 久しぶりに、その言葉を聞いた気がした。

 唐突な話題だ、と感じたあとに連想されたことは、以前のアルバートのその話しかない。


「アルバートさん、お見合い、ですか?」

「いや、俺じゃない」


 俺じゃない?

 異なる人が見つかったのだろうか、と、動揺が表れないように慎重聞いたのに、アルバートではないとは。予想もしない答えが帰って来て、疑問が満ちる。

 どういうことだろう。

 シルビアが疑問に満ちている隣で、アルバートは前を見続ける。


「お前自身が結婚することに対して、どう思う」

「……? 私が、ですか?」


 自分が、と急に自分に矛先が向いて、ついていけない気分だ。まさかこちらの話になるとは思わなかった。


「私が結婚することは、ないのではないでしょうか?」


 自分の身の上だ。結婚するわけにはいかないのではないだろうか。する、しない、と可能性を考える以前に、そんな選択肢はシルビアの中に存在していなかった。ないと、頭が判断していたのだ。


「……そういう考え方になっていると思ったんだ」


 アルバートが、話題が変わったあと初めて、シルビアを見た。


「帰ってから話がある」


 なぜだろう。良い予感がしなかった。







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