任せておけば大丈夫
ここ、首都にある騎士団は、大きく三つに分かれている。
第一騎士団、第二騎士団、第三騎士団。
さらに、それぞれの中に第一隊、第二隊……といくつもの隊に分かれている。ちなみに、隊は事情によって編成人数などが異なるため、一概に何人とは言えないらしい。
例えば、王族の近衛隊も騎士団の中に含まれるが、近衛隊は他の多くの隊に比べると比較的少数精鋭の人数だとか。近衛隊に限って言えば、貴族という身分がいることが比較的構成人数の少ない理由だろうか。
「ここが執務棟だ。訓練は別にある訓練場でするが、騎士団内・隊内会議、書類業務はこの棟内でする」
アルバートについて行った先は、騎士団の執務室が集まっている場所のようで、完全に騎士団の制服を身につける者のみが行き交っていた。
「騎士団ごとにも場所が分けられているが、建物は同じだ。第一騎士団は、こっちだ。明日から間違えないようにしろ」
「はい」
廊下を右に曲がる。右、右と、ここまでの道と共に頭の中に刻み付ける。
廊下には、同じ扉が等間隔に並んでいた。銀色のプレートに文字が刻まれ、何の部屋か示しているようだ。
第一騎士隊という文字が見えたところで、ちょうど、隊ごとにも部屋をあてがわれているのだというアルバートの説明が入った。
「お前がこれから主に来る部屋はここだ」
ようやくアルバートが立ち止まり、シルビアも立ち止まった。前には、見てきたものと同じ扉がある。
しかし、プレートに書かれた文字は異なり──「第五騎士隊」と記されていた。
第一騎士団第五騎士隊。
アルバートが隊長をしている隊であり、これからシルビアが所属する隊でもある。
「早朝に遠征から戻ってきたこともあって、今日は全員は揃っていない。活動内容も、城にいる通常とは違う行動内容になっているが、明日から戻る」
そう言いながら扉に手を伸ばしていたアルバートが、手を止めた。
シルビアをじっと見ている。
「タイはもらわなかったか」
タイ?
シルビアは、身に覚えがなく首を捻る。「レイラからだ」と付け加えられても、レイラから渡されたものはないため、今度は首を横に振る。
アルバートは苦い顔をした。
「あいつ、抜けているところがあるから忘れるかもしれないとは思ったが……。シルビア」
「はい」
アルバートが、ズボンのポケットから何かを取り出し、それをシルビアに差し出した。
布だった。
受け取ってみると、つるりとした肌触りの布が縦に垂れる。
タイだ。布自体には柄はなく、刺繍がされている。
「レイラに渡すよう言ってたが、忘れたようだから俺が渡しておく。それは所属を表すものでもあるから、つけ忘れるな」
「はい」
どうやって結ぶのだろうか。
結ぼうと思っても、タイを身につける習慣がなく、分からない。そこで、目の前を見上げてみた。アルバートがつけているはずだ。
当然予想は当たりで、同じデザインのタイがきちんと結ばれた光景があった。
じっ、と首元を見ていると、アルバートが「ああ」と何か察した声を出した。
「貸せ」
「あ」
手から、タイがすり抜けた。
次いで、シャツ越しに首の周りにまわされたものがあり、布が擦れる微かな音が数秒したかと思えば、首元で動いていた手が離れていった。
見下ろした先には、綺麗に結ばれたタイがあった。
アルバートが結んでくれたのだ。
「ありがとうございます」
「結び方は後から教えてやる」
手早すぎて、結局結び方は分からなかったことはお見通しだったようだ。
アルバートは最後に少し、シルビアのタイの位置をいじり、今度こそ扉を開いた。
中は、落ち着いた趣の部屋だった。中に並ぶ机、棚、椅子、と同じデザインと色で統一されていた。
一部の机の上に何やら紙が積み重なっている。
中にはばらばらと人がいた。その中の一人が、入ってきたこちらに気がつく。
「あ」
レイラだった。先に戻っていたようだ。
「全員一旦手を止めて、注目」
アルバートがその場で述べた直後、部屋が静かになり、ざっと見える全員の体の方向が一致した。アルバートの方だ。
また、アルバートの隣に立っていることから、わずかにシルビアにも視線が分散する。
「今年も一人新人が入る」
ぽんと背中を軽く叩かれた。
「挨拶」
と一言だけの囁きが落ちてきて、シルビアは背筋を伸ばす。失礼にも、取り忘れていたフードを頭から背中に払う。
はっ、と幾人もが同時に息を飲んだような音がした。
「──シルビア・ジルベルスタインです。本日より第五騎士隊に配属となりました。よろしくお願いします」
最後に礼を丁寧にした。
「新人教育係はレイラ。いいか」
「唯一の同性ですしね。分かりました」
「ひとまず、一部しかいない今日は以上だ。全員仕事に戻れ」
アルバートの一区切りを示す言葉に、手を止めていた隊員が視線を散らし、動き始めた。
話す声が微かに部屋に広がる。
「じゃあ、改めてよろしくシルビア」
「はい、レイラさん、よろしくお願いします」
「神剣との適合もおめでとう」
「ありがとうございます」
レイラだけは残り、シルビアに手を差し出した。二度目の握手だ。
「レイラ、お前タイを渡し忘れただろ」
「あ。──いや、そもそもいきなり新人、それも妹が入ってくるっていう初耳事項を聞かせて、用事が入ったからその案内の代わりだのそれにつけ加えたようにタイとか、色々追い付いて来ないんです」
レイラの声が、いやに聞こえやすいと思った。彼女の声質が元々通り易いのもあるだろうが、それだけではなくて。
部屋にいる人間の目が再度全てこちらに向けられ、意識が集中し、聞き耳が立てられていると気がついた。それで、レイラが話す以外には部屋がさっきのようにしん、としているのだ。
「本当に隊長、妹がいたなんて初耳ですけど。入隊するって聞いたときには、驚きました」
レイラが、シルビアを見た。同時に、他の視線もシルビア一人に集中して、シルビアはわずかに身動ぐ。
この注目度合いは、居心地が良くない。
困ったシルビアは、唯一頼れる人を見上げた。
アルバートは平然と「入隊する奴の詳細が当の隊員全員に知れるのが入隊当日なんてありふれた話だろう」と言った。
「どうせ例年入ってくるまで知ろうとしないくせによく言う」
「例年は例年。今年は今年です」
レイラの平然とした切り返しに、アルバートはまた「よく言う」と言ったが、疑問に答えることにしたらしい。
「お前が知らないのも当然だ。血は繋がっていない。俺やお前が学院に行っていた頃に養子として引き取った」
「養子? どうしてまた」
アルバートの生家、ジルベルスタイン家はアルバートが嫡男であり、跡継ぎに困っているわけでもないだろう。
そう聞こえてきそうな具合に、レイラは首を傾げた。
対して、やはりアルバートは淡々と答える。
「
アルバートの灰色の目がちらりと一瞬、シルビアを見た。その視線はシルビアが持つ剣を示したように見えただろう。
神剣の使い手になれる素質を持つから引き取ったのだと。ジルベルスタイン家なら、納得できる理由だった。
そうやって情はないと思わせそうな淡々とした答え方だったが、反対に、手が柔らかくシルビアの頭の上に乗った。
「あと元々は恥ずかしがり屋でな。あまり知らない人間に会わせたことはない。貴族同士の交流に出す暇があるなら、騎士団に入るための技能やらを身につけさせる方が先だ。そう会わせる理由もなかったから、知られていないのも無理はない。が、正真正銘ジルベルスタイン家の娘だ」
恥ずかしがり屋、と彼が口にするには似合わない語句といい、流暢に言うものである。
感心に似た感情を抱き、シルビアはアルバートを見ていた。アルバートが視線に気がついたようにこちらに視線をやり、目が合うと、唇の端が吊り上がり、笑んだ。
──その辺りについては問題ない
彼が言うことは、やっぱり疑う余地がない。
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