剣は使い手を選ぶ
城の中は、現在、始業時刻により多くの人が動いている。
職は様々で、例えば王族の身の回りの世話をする召し使いたちや、神官、政務に関わる役職に連なる者たち、はたまた騎士団の者たち──
「大丈夫、間に合う、間に合うわよ。いや、間に合わせてみせる」
シルビアの手を引き、前を行くレイラが呟きながらも怒濤の勢いで廊下を走る、走っている。
時間の差し迫り具合が分かるというものだ。
彼女について走りながら、シルビアは目を白黒させる。捉えきれない視界の端に、こちらを振り向き注目する人々の顔が通りすぎていく。
「おっと」
「──!」
レイラが唐突に止まり、シルビアは彼女で顔を打った。
苦悶の声は上げずに済み、顔を擦りつつ止まった場所を確認すると。
一つの扉の前、だった。止まったということは、ここが目的地?
扉の両脇には、レイラやシルビアとほぼ同じデザインの衣服を身につけた者が立っている。彼らは扉の前に立ち止まったレイラとシルビアをじろりと睨んだ。
「第一騎士団、第五騎士隊所属、レイラ・メレノア。選定の儀式に、今季入隊の新人を連れて来ました。許可書はここに」
「確かに」
レイラが服から取り出した紙を見て、扉の番は頷いた。
そして、大きな扉に手をかけ、開く。中は、明かりで照らされた白い通路が続いていた。
下に行くのか。すぐにある階段が、ずっと下まで続いている。
「さ、行きましょ」
階段は、ずっと白かった。壁も白く、高い天井も白く。
窓はなく、地下へ向かっていることも合わさり閉塞感が強まりそうなものだが、不思議と解放感に溢れる空間だった。明るく、天井が高いからだろうか。
ひたすらに長い階段を降り、やっと終わると、また扉があった。また白い。そして、扉の番が立っている。
ここでもレイラが上で見せていたものと同じ紙を見せ、扉が開く。重い音が、通路に響く。
今度は、通路は続かなかった。
部屋があった。薄々の予想通り、案の定白く──中に、同じデザインの騎士隊服を身につけた者たちが並ぶ。
広くはない部屋に、二列。十人ほどか。いずれも若い男子である。
一切の乱れなく、並んでいたであろう彼らであったが、若さゆえか開いた扉の方を見てしまう。
彼らの列の前に立つ、明らかに一人だけ世代の異なる男性も、こちらに目を向ける。
男が問う。
「何用だ。所属と要件を述べよ」
「第一騎士団、第五騎士隊所属、レイラ・メレノアです。今季入隊の新人を連れて来ました」
「──ああ、例の」
男は、レイラの後ろにいるシルビアをちらりと見て、それだけで要件を正確に理解したようだった。
「少々、時刻が過ぎているようだが」
「申し訳ありません。私の不手際です」
レイラが頭を下げる。
「まあ良い。──並びなさい」
最後の言葉は、シルビアのみを見て言われた。
レイラを見ると、彼女は絶妙な角度で振り向いて、片目を瞑って「頑張ってね」と口を動かした。
ゆえに、シルビアは小さく頷き、足を踏み出す。後方の列の後ろに、一人加わる。
「さて、一旦中断したが──」
続きを始める。そう続いたのかもしれない。
だがその前に、ずず、と重い音がした。先ほど一旦閉まった扉が、また開いたのだ。
靴音が、部屋の中に。
歩く音が、一人分。
シルビアの前の列の青年たちが、またそちらをちらりと見てしまう。
そして、誰かが思わずぽつりと呟きを洩らす。
「ジルベルスタイン隊長だ」
と。
前には向かわず、後ろに向かったらしき人物の名を。
広くはない部屋、列の最後尾に立つシルビアは、後ろに立つ存在をひしひしと感じた。
「あら隊長、来られたんですね」
「お前が案内出来ているかどうか気になってな」
うっ、とレイラが図星を突かれた声を出した。
微かな会話は、そこまで。
「では、続きを始める」
場の仕切り直しがされ、この場で行われていたことが再開された。
白い部屋の壁際には、剣が並んでいる。
灰色に近い色味の単なる石が、剣を型どっているかに見える代物だ。特に芸術的ではない。美しくなく、むしろ部屋の不思議な白さと比べると、野暮ったいくらいだった。
列から一人ずつ進み出る者が、その剣に触れていく。順に、触れる。
その剣は、ただの石のがらくたにあらず。
ここ、イグラディガル国は、とある神を信仰する神国である。
この国のみならず、大陸の国々は、それぞれの神々に所縁のある地に建国されており、影響を受けている。
そして、太古、神々がこの地に降りていた頃のものと言われているのが──この剣であった。
神々が使っていたものか、はたまた、その地による影響を受け変貌した剣か。
かつての神々の神殿たる遺跡から発掘された特殊な武器は、現在国を他国から守るためなどの武器となっていた。その武器たる剣を、神の剣、神剣と言い示す。
そして、神剣は使い手を限り、使い手を選ぶ。剣の真価は、使い手がいなければ発揮されない。
室内にいる者が見守る中、一人、また一人名前が呼ばれ、剣に触れていくが、石の剣は石の剣。彫刻の様相を変えることはない。
何事もなく、何の変化もなく、淡々とした時間が経過していく。一列目が終わると、二列目の者が端から欠けて、戻り、代わりに欠けてを繰り返す。
「次」
二列目は終わった。三列目に入る。
三列目は、シルビアしかいない。
シルビアは、列から外れ、前に歩いていく。フードを外すと、黒い髪が揺れた。
列の前に立ち、この場を仕切る男の前に立ち、向き合い、口を開く。これまでの流れから、まずすべきことは分かっていた。
「シルビア・ジルベルスタインです」
名乗ると、その『名』に、背後がざわめいた。
ジルベルスタインの名が囁かれ、途端に、痛いほどに突き刺さる視線を感じ始める。
「剣に触れなさい」
促され、シルビアは並ぶ剣に近づいてゆく。
剣は、一様に全てが同じ形状ではない。
長さ、刃渡りの幅、柄などの微妙なデザインが異なり、むしろ全く同じ見た目のものはない。
先ほどまで、シルビアが見ている前で、彼らは順に剣に触れていた。
しかし、シルビアはすぐには触れなかった。
いつからか、固く握っていた拳を、ゆっくりと解いていく。
背後からの視線は、多くあれど、ただ一つの視線を思う。壁際にいるであろう、『彼』を。
彼の言葉を、思い出した。頭の中に甦る。
──「お前は、それなりに普通の貴族の娘として生きていくことが出来る。むしろそれを勧めたいくらいでもある。なぜか分かるな。それでも、騎士団に入るか」
灰色の目に、怖いくらいに真剣に見られ、覚悟を問われた。
騎士団に入りたいのだと、シルビアが言ったときのことだ。彼は、いい顔はしなかった。難しい顔をした。
シルビアは、彼が示すところが分かっていた。それでも。
──私は、自分でこの道を進んでいく。そうするべきだと思うから。そして、そうしたいから。
拳を解いた手を、確かめるようにゆっくり上げた。上げて、一度目の前まで持って来ようとした。
「あっ」
うっかり、ちょうど前にあった剣に触れてしまった。
どれだと選ぶ前に、触れてしまい──地下にあり空気が動かぬ部屋の中、空気に流れが生じた。
風が起こる。誰もが、微かな風に吹かれ、感じただろう。
一番感じていたのは、シルビアだった。当然だ。シルビアが触れた剣から、生まれていたのだから。
シルビアはぱっと手を引き、剣から手を離した。しまった、と。
だが、全てはなかったことにはならない。やり直しはない。
風の源となる剣は、誰も触れていないにも関わらず、ふわりと浮いた。驚くべきは、その先。
単なる石から削り出されたような外見だった剣が……、殻が割れるように、見目を変えた。
灰色の石が割れ、砕け、消える。
代わりに現れていたのは、白く、つるりとした、石か硝子かと、何でできているのか不明だと思わせる不思議な色味を秘めた剣だった。
形は変わらなかったのに、サナギが蝶になったかのような、別物になったがごとき変化であった。
大いなる変化を遂げた剣は、ふわりと、音もなく元ある位置に落ち着いた。風も止む。
「今年二人目の適合者か」
剣が使い手を選んだ。
その事実に、自分のタイミングを逃して事を成した少女は胸元で手を握り、
壁際にいる男は、静かにその目を伏せた。
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