動き出した物語
入学から一ヶ月が経った。
学校からの帰り道。コンビニの袋を手に歩く。
袋の中は本日の晩飯と飲み物。
この一ヶ月毎日コンビニ弁当の世話になっている。
当初の予定であれば今頃は自炊など余裕でこなし、有意義かつ充実した一人暮らしをしているはずであった。
それが、料理どころか引っ越しの際に持ってきた荷物の入った段ボール箱すら未開封のまま放置されている。
あの入学式の日からあらゆる事が当初の予定と大きくズレてきている。
本当なら今ごろ主人公的なイベントが満載…とまではいかなくとも青春イベントの一つくらいはあったはずである。
全ては入学初日での失敗のせいだ。
あれから今日までまさに中学時代の地獄を初めからもう一度味わっているかのような…いや、あの頃の方がまだマシと思えるような日々であった。
まぁ当然と言えば当然か。自己紹介であんなことを言ったのだから。
あれなら中学の時の自己紹介の方がよかったと思える。単純に痛い奴と思われただけだったし話しかければ一応返事くらいは返してくれた。
今回はもっとひどい。自己紹介の時、俺自身夢だと思ってたし適当なことを言ったに過ぎなかった。現実だと気づいた時も唐突で主人公宣言してしまったとか初対面でモブキャラなどと言ってしまったぐらいに思っていたのだが(いやその時点でも十分アウトだが)帰宅途中にもっとよく考えてみれば『俺は凄い人間だからお前ら俺の引き立て役として頑張ってくれ』と完全にクラスメイトを下に見ているうえに、俺の方が上だと認めてお前らはせいぜい踏み台くらいにはなれよと取れる発言だったと気づいた。最低な奴と思われるに十分な発言だ。
翌日から自分の席に座っているだけで睨まれるようになったのも当然の事だろう。イジメられていないのが奇跡だ。
しかし、一人だけなぜか話かけてくる奴がいるな。
奏 悠真。あの自己紹介の後に話しかけてきた奴。
奏は小柄でかわいい顔をしていると女子生徒から人気があり、運動神経が良く明るい性格で男子生徒にもウケがいい。
クラスで断トツに人気があり休み時間の度にクラスのトップカーストグループの中心にいる様な奴なのだが、必ず一日に一回はその和から抜け出して俺の所へ話しにくる。
ワケがわからん。
同情心か、それとも奏が来る度にトップカーストグループに睨まれる俺を見て楽しんでいるのか。どっちにしろありがた迷惑だ。
この一ヶ月を振り返っているうちに人通りの少ない公園の前を通る道に辿り着いた。この道を真っ直ぐ進んだ所に俺の住んでいるアパートがある。
何となくこのまま帰る気にならず公園へと足を向ける。
そういえば中に入るのは初めてだな。
遊具は公園の中央に滑り台、あとは隅の方に鉄棒とブランコがあるのみ。広さはテニスコート三面分くらいか。広さは結構あるのに遊具の少なさゆえか朝に犬の散歩で訪れる人を何度か見たことはあるが子どもが遊んでいるのは見たことがない。人通りが少なく物騒だからというのもあるだろう。
特に今みたいな夕暮れ時には来る人などまずいないだろうな。
公園入口の車止めを避けて中に入ろうと一歩足を踏み入れたとき、突然景色がぐにゃりと歪む。目眩の様な感覚に咄嗟に膝に手をついた。
疲れているのか?もう帰って休んだ方がいいかもしれんな。
地面を眺めそんなことを考えていた時だった。
ドォォォンッッ!!!
突然公園の中央の方で何かが爆発したような音が響く。
何事かと地面へと落としていた視線を音のした方へと向ける。
土煙が立っていて視界の悪いなか三つの影が見えた。一つは中央にあった滑り台の影だろう。
後の二つは?さっき公園の中を見たときはなにもなかった筈なのにいつの間に?この公園には出入口は一つ、今自分がいる場所にしかない。
何にせよ音の原因はおそらくあの二つの影に違いない。ここは家からも近いし他人事にはできない。確認して場合によっては警察に連絡しなければ。
すぐに視界がクリアになってきて影の輪郭がハッキリとしてきた。
「…なんだ?」
三つの影のうちの一つはやはり公園中央にある滑り台であった。その滑り台を挟むようにして現れた残りの二つの影だった物へと視線を向ける。向かって左側の影だったものは…人?女の子か?
夕暮れ時の公園は薄暗く彼我の距離も離れているため顔は見えないが目を凝らして見ると服はぼろぼろでだらりと下げられた左腕をかばうように右手でおさえている。怪我をしてるのか…?もしやさっきの爆発で?
普通なら一目散にあの女の子の元へ走っていき怪我の具合を確かめるべきなのだろうが俺の身体がその行動を拒否しているかのように動かない。思うように動かない身体の異常の原因を探るため視線を自分の身体へと向ける。手を膝についた中腰の姿勢だった為両の足と手が視界に入る。そしてその全てが小刻みに震えていた。
ズシッーーズリズリー・・・
重い物を引きずるような耳障りな音がきこえてくる。前方右側ーー丁度確認出来ていない最後の影があった方からきこえてくる。
ゆっくりと視線をそちらへと向ける。
視線が目標へと向かえば向かうほどに嫌な予感と身体の震えが大きくなるのを感じた。
そして最後の影だったもの、耳障りな音の発生源を視界に捉える。
それの正体は目で確認しても尚わからなかった。認めたくはないが恐らくは生き物なのだろう確かな息づかいを感じる。
それはとにかく大きくて高さは三メートル近くあるだろうか中央にある滑り台よりもやや高い。高さもさることながらその横幅も二メートルはあるだろう。体色は暗緑色で楕円形の大きな頭部に真っ赤な目と二本の角、口には鋭い二本の牙があり、とがった舌をたらしている。体中には剛毛が生え、背中にトゲのようなものがる。腕と脚は共に太いが腕は長く脚は短い。手足の指は三本でいずれも鋭いかぎ爪がついている。
ーーあれは危険だ。
観察すればするほど身体の震えが激しくなる。観察を終えた今ではガチガチと歯が音をたてていた。先程の動けなくなる程の手足の震えは恐らく本能であの謎の生物に近くことを恐れたからだったのだろう。
ズシッーーズリズリー…
謎の生物が長い腕を引きずりながら一歩前進した。重い物を引きずるような耳障りな音は腕を引きずって歩く音だったのか…
いや…まて!あいつの進行方向は!
謎の生物の向かう先…先程の女の子へと再度視線を向ける。
先程と変わらない位置に女の子はいた。二本の脚で立っていることから怪我をしているにしても動けない程では無いだろう。しかし、逃げるどころかピクリとも動く気配がない…もしかして俺と同じように恐怖で動けないのか?
重症なのは恐らく左腕だけ。今のところは命に別状はないだろう。服は所々破けてぼろぼろではあるが…あの服、いや制服は英俊学園のものだ。じゃあ先輩か?まさか同学年?って今はそんな事考えている場合ではないだろ!
女の子を観察している間にもゆっくりと謎の生物が彼女に迫っていく。
よく見ると謎の生物と女生徒の周囲の地面は荒れ果てている。三本の亀裂が走っていたり、大小様々な穴が空いている。
状況的に女の子が危ないことは明らかである。
どうすればいい?
いま見た限りではあの謎の生物は太く長い腕を引きずるようにして歩くためあまり動きははやくなさそうだ。まだ女の子とは距離もある。
少しは慣れてきたのか依然恐怖はあるものの先程より俺の身体の震えはおさまってきている。今なら動けるか?俺には気づいて無いようだし、もしかしたら背後に回り込み注意を引くことが出来れば彼女が逃げる時間くらいは稼げるかもしれん。
というか…これは、この状況はまさか…!あれか?あれなのか!?
ーー待ちに待った主人公イベントなのか!!!
とうとうきた!この時が!!失敗続きで正直もうこないかもと思っていたが、まさかのここできたか!
運命というやつはツンデレだったようだ!
辛く厳しいツン期を乗り越え、今ようやくデレ期に入ったのだな!
そういうことならやってやる!!!
不思議と身体の震えはもう無かった。これなら問題ない。
時間は限られている。早速行動に移すことにした。
迅速かつ息を殺し音をたてないように謎の生物の背後に回り込むことに成功した。丁度いい位置にベンチがあって良かった。
さて、ここからどうするか。やはりここは俺の能力を使うべき所だろうな。
しかし炎を出すには指パッチンをして発火させなければならない。
気づかれるか?
ズシッーーズズズー・・・
いや、あの足音に紛れて鳴らせばーーいける!
ーーパチンッ!!ポッ…
人差し指にライターで出せるくらいの火が灯る。
よし!気づかれていない!
人差し指に灯った小さな火を一度手のひらで強く握りこみ…そして開く!
ボゥーー!!
手のひらにバスケットボールぐらいの大きさの炎が現れる。
「どうだ。これが中学の時からさらに練習を重ねた成果だ」
あとはこれをどうやって謎の生物に当てるかだが…投げてぶつけるか?果たして当たるのだろうか?
いや、そもそもこの炎は投げれるのか?
練習場所はいつも自室だったし危ないから今までそんなこと試したことがない。
仮に投げれたとしてもあの生物まで二十メートルくらいはあるしはたして届くのだろうか?
ここは確実に行くか。
直接この炎を奴に叩き込む!
かなり危険だがこれが一番確実で…一番かっこいいし主人公っぽい!
よし決定!そうと決まれば後はどこに叩き込むか…。最低でも怯ませなければならない。
何か弱点はないか?
腕や脚は見るからにダメそうだ。体も、毛は燃えそうだけど背後からだとトゲが危ないな。頭は…あの目ならいけるんじゃないか?昆虫みたいにむき出しになったままだし!
「しかしあんな高い位置にある目にどうやって叩き込めば…」
その時ちょうど謎の生物が中央の滑り台の真横の位置にきた。
あれだ!あの滑り台の上から跳べば叩き込める!
しかも運がいい。ちまちまと登っていたんじゃ例え滑り台の上から跳んでも届かない距離まで歩かれていただろうが、ちょうどこちら側が滑り降りる為の斜面のついた側。あの程度の高さの滑り台の斜面ならば余裕で駆け上がれる!
つまり全力で走れば行ける!届く!
前後に足を開き体勢を低く構える。素早く呼吸を整えーーいけっ!!
ダッー・・・
音が消え時間がゆっくりに感じる。かつてないほどに集中している。
考えないようにしていたが下手をすれば自分の命も危ないのだ。
どんどんと滑り台の斜面が近づいてくる。
斜面まであと三メートルほどというところでふと、足裏に違和感を感じる。
しまった!砂場があったのか!
地面の確認までしていなかった。暗くてよく見えなかったし。だがもう後戻りは出来ない。
減速したまま斜面に差し掛かる。…上れるか?
一歩、二歩、三歩ーーあと一歩で辿り着ける…ガクッ!
「しまっ…」
軸足が滑った…徐々に体が前に倒れていく…。
「うぉりゃぁぁーー!!」
左手を斜面に叩きつけ倒れそうな体を支え、軸足を入れ替えさらにもう一方の足を全力で前へと蹴りだす。
ーーダンッ!!
…何とか頂上へ辿り着いた。
まだだーー!!この炎を奴の目に叩きつけるまで気を抜くな!
自分で自分を鼓舞する。
勢いのまま、滑り台頂上の落下防止の為設置された手摺に足をかける。子ども用に作られた手摺なのでそこまで高くはない。かけた足裏にグッと力を込めーーー跳ぶ!!!
「ーー!炎術符!」
謎の生物と目が合った!こちらに気づいた様だがもう遅い!
「だぁぁぁーーー!!!」
ゴォォォォォ!!
ん?まてよ?跳ぶ前に何か聞こえたような…それにこの音は?
音のする方を見る。
すると俺の炎よりも二回りは大きい炎の玉がこちらに向かって飛んできていた。
「「はぁぁぁあ!?」」
何だあの炎は!?確実に俺に当たるじゃないか!どうするどうするどうする!!??
とにかく考えろ!俺は自分で出した炎は熱く感じないがそれ以外の炎は普通に熱く感じる。何故かはわからん。
つまりあの炎に当たれば間違いなく燃える。消し炭になる。
って単に状況解説してどうすんだよっ!!!
とはいえ避けるのは無理だし…待てよ。あの炎に俺の炎をぶつけたらどうなるんだ?いやそもそも炎ってぶつからないんじゃなのか?それにもしぶつかってもサイズ的には悔しいがあっちの方が強力そうだし関係無く燃やされるかも…とはいえ何かしてもしなくてもどのみち燃えるんなら
…やるしかない!
向かって来る炎の玉に正面から自分の炎をぶつける。
ーーボォウッッ!!
ぶつかった…けど熱くーーーない!!!というか炎のサイズがでかくなった。混ざったのか?
熱くも痛くも無かったがつき出した手を押し返されるような衝撃があった。
咄嗟にその衝撃を体を軸に横に一回転することで逃がす。
その時前髪を何かが掠めた。
「うおっ!?」
今のは…舌か!?
謎の生物がこちらに向けて口から鋭い舌をつき出して来ていた。
「あぶなっ!!」
さっきの衝撃でやや後方に俺の軌道が逸れていなければ当たっていた。
それよりも目の位置はーー先程より少し遠いが…ギリギリ届く!!!
「今度こそいけぇぇーーーー!!!」
回転の勢いのまま腕を謎の生物の目へと叩き込む!
グシャッーーーボォゥッッ!!!
「グギャァァァァ!!!!」
謎の生物の断末魔が公園の中こだました。
腕は目の奥へ深く突き刺さり謎の生物の頭は内部から燃え始めている。
謎の生物は立ったままピクリともしない。既にこと切れているようだ。
ーー決まったぁ!!これはまさに主人公的活躍!!
後は華麗に着地を決めて女生徒へ安心させる一言でもかけてやって去っていけば完璧!
一言は何にしようか?…おっととりあえず腕を抜いとかないと謎の生物と一緒に火だるまになってしまう。
「よっ!…ん?抜けん。ほっ!!は!とりゃっ!!!」
…ヤバいぞ!抜けん!このままだとまずい!
両の足も使って必死に脱出を試みる。すると謎の生物の体がぐらりと傾いてきた。
「なっ!?倒れる!」
ズズゥーン!
すぽーん!…べちゃ!
地面にぶつかる衝撃で腕が抜けて軽く宙に浮いて一回転したあと…前面からうつ伏せに着地。五体投地の体勢だ。勿論顔も打った。
「…!!!」
痛みで声が出ない。
うつ伏せのまま顔を手で押さえて痛みを堪える。すると頭の上から声がした。
「…あなた何者よ」
「…う"ぅ"」
「うっ…!凄い顔ね…」
体勢はそのままで顔だけそちらに向けるとーー先程の女生徒がそこにいた。そしてかなり引かれた…。
くそっ!!カッコ悪すぎるだろ!せっかくの主人公的イベント…この程度の痛みで潰してなるものか!
ーーガバッ!!
勢いよく立ち上がり女生徒へ声をかける。
「はぁ…はぁ…大丈夫…だったか?」
「いや、あなたこそ大丈夫?凄い鼻血がでてるけど…ってあなたもしかして…北条明?」
「…?あぁそうだが?なぜ知ってる?」
「なぜ知ってる?ですって?あなた隣の席にすわる私の顔すらわからないわけ?…流石はクラスメイトをモブキャラなんて言うだけあるわね…まぁいいわ。そんなことよりもさっきあなた私の符術を受け止めてたわよね?あれはなに?」
「…符術?」「ぐギ…ぎ…」
「…ちっーーしつこいわね!あなたは下がりってなさい!」
「な!?」
腕を引っ張られて女生徒の背後へとまわる。すると片目を失い頭部を焼かれ倒れたはずの謎の生物が起き上がろうとしているのが見えた。
「あれでもまだ生きてるのか!?」
「…あいつらはしぶといのよ。でもまぁ、仕掛けた霊符が無駄にならなくてよかったわ」
そういうと女生徒はどこから取り出したのか、一枚の紙を右手の人差し指と中指の間に挟むようにして持っていた。
「いま楽にしてあげるわ!」
そういうと謎の生物の方へ持っている紙を見せつけるように右手をつき出すーー
「合わせ符術ーー
瞬間まばゆい光が謎の生物のいる場所から放たれる。咄嗟に腕で目を覆い隠すようにしてまもる。まばゆい光は熱をもち、まるで太陽に照らされた時のような暖かさがあった。
ほんの数秒で光は消え去り元の薄暗い公園に戻る。
プスプス…プス…
肉が焦げるような臭いと音がする。
「一体なにがおこったんだ…?」
謎の生物がいた場所には煙を上げる黒い塊があるだけであった。
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