第4話 レン。

夜を越え、高い空に昇った眩い太陽の熱が放出されて、夏がこちらを見ろと叫ぶ。

10cmのサンダルのヒールをカツカツと鳴らしながら、あたしは店へと向かう。

暗闇がこの街を包む頃には、じんわりと汗ばむ湿度に、きっといくつもの性欲という欲望が解放されるんだろう。


あたしがこの風俗街の中にある店で初めて「レン」という源氏名を店長から与えて貰ったとき、誰もあたしを否定することの無い居心地の良さに心から安堵したことを今でも覚えている。

あの日からあたしは「レン」としてこの街で息をすることを許されている。


23年間、誰からも愛されなかったと言えば、それはきっと嘘になってしまうけれど、あたしは生きている人間のことを愛するという意味がなにもわからないんだ。


自分のことなんて、自分が一番よくわからないまま、こんな大人になってしまった。


「おはようございまーす!レンさん、今日も暑いですねえー!もう本指のお客さまからご予約入っているんで、よろしくお願いしますねー!」


あたしが呼吸をして生きているのだと自覚出来るのは、あたしを買ってくれる客という存在があるから。

たとえその理由が、40分¥12000の疑似恋愛を売るビジネスだとしても、ただ、それだけなのだと思う。

1日に何人もの男の性欲を処理するだけでも、それが金に塗れていても、この身体を求められることで、あたしは生きていてもいい存在なのだと自分に言い聞かせられる。


OLの衣装に着替え、バッグをロッカーに仕舞い、財布をリストに居るスタッフに渡して、プレイルームのざらざらした傷だらけのマットに新しいバスタオルを敷き、ポーチの中からぬるぬるとしたピンクのリップグロスを取り出し唇に乗せる。


「レンです。スタンバイ出来ました。」


この瞬間だけ、ただそれだけ。

あたしは今日も偽物の恋愛を売るために、生きている。





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