第3話 ナナ。

「ナナちゃん、ありがとう。」


そう言って口角を上げて微笑むこの男は、週に1度、あたしを本指名するエース。

男の性癖が丸裸になるこの仕事で、唯一、あたしがノーマルな人間だと思わせてくれるような優しさを込めたキスと愛撫をするたった一人の客だった。


ふんわりとフローラル系の柔軟剤の香りがするワイシャツを羽織り、ストライプのネクタイをぎゅっと締めて、この男は現実という社会へ脳内を溶かしていく瞬間。


男の左手の薬指に輝くシルバーのリング。


「ねえ。次はいつ会えるかな?」

「また来週....そうだね、水曜日に会いに来るよ!」


バスタオル一枚をぐるりと身体に巻き付けた、あたしの心臓は爆発しそうだった。


あたしは、この男のことが好きなのだと思う。


何人もの男の性欲を解放する仕事のなかで、たった一人の客、ただそれだけのはずなのに、あたしの身体や心や感情や臓器はこの男に支配されている。

この男の放つ香りや、声や、身体の全てが、あたしの中に存在している心というモノを揺さぶって止まらないまま、その熱情を加速させていくばかりだった。


こんな感情を抱くことさえ、この仕事ではタブーだというのに。


「ねえ。次会えるとき....セックスがしたいな....。お願い....。」


あたしはとても大きなタブーを口に出して、そんな成り行きのままの感情に殺されかけていることがせつなくて、声を震わせて涙を溢した。


「ごめんね....。でも、好きなの。」


穏やかだった男の目が急にいやらしくあたしを見つめて、巻き付いた身体のバスタオルを強引に剥ぎ取り、膨らんだ胸に激しい愛撫を始めた。


演技さえも出来ないくらいの喘ぎ声を押し殺しながら、リストに居るスタッフに延長のコールを鳴らし、あたしはこの男に身体を預けゆるりゆるりと溺れていった。


男の左手の薬指に輝くシルバーのリング。


どんなにこの身体を捧げても、この男は絶対にあたしの手には入らない。

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