第22話 第六章 焼けつく願い

「では我が此度の会議進行役を務める。異議のある者は申し出るが良い」

「面倒な役目は偉大なる魔女たるウィチア・バルファムート様がやるもんじゃない。異議なし」

「君がまとめる会議ならば有意義な時間が期待できそうだ」

「わたしは異議ありよ!」


 ウィチア、ミルトさらにはブルーナを加えた面子の中、セレスだけは異議を唱え、机を叩いた。


「全員、何しれっとわたしの寮に泊まってるのよおおおおおおおおおおおお!」


 彼女の圧倒的な声量に、ウィチアたちは全員で耳を塞いだ。

 アリーナでの一戦を終えた夜、現在進行形で会議を行っている会場はセレスの寮だった。


「ほ、ほら。わたしは泊まる家も金もないし」

「僕も同じく家なし金なしで今日まで過ごしてきた」

「我はダンジョン・アリーナ計画について家が取り調べに入られている。全ての計画を我に押しつけるつもりで、近いうちに仕事のない物品整理に降格される話らしい」


 ドンッという机を叩く音がもう一度鳴り響き……ミルトだけ玄関に向けて引っ張られる。


「ちょっ! 僕も家なしなんだけど!」

「堂々とレディーの部屋に入らないで! けだもの!」


 バンッという扉を閉める音の後に、封印術をしっかりと何重にもセレスはかけて戻ってくる。

 いきなり参加者が減った会議は雲行きが怪しくなってきた。


「あー、では会議を始めるべきか否か。我は一応、問題なしと考えるが」

「……もう勝手になさい」

「ってか、ミルトなんて私のパーティーにいらなくね? こいついるんだし」


 ウィチアの言葉に、ブルーナは顔をしかめる。


「我がなにゆえ貴様のような魔女に協力せねばならぬ」

「私の知ってる情報が欲しいからここに来てるんだろ」

「……はぁ。まあ、我も協力者が欲しいわけやけど。けどいきなりパーティーに加入ってのもなー」


 ウィチアは彼女に引け目のようなものを感じたが、それ以上に渋っているのはセレスだった。


「あんたって子はまた危険な人をパーティーに入れたがる! 殺されかけたのよ!?」

「つっても、部屋に入れてるのは危険性がないからって、お前も考えているからだろ」

「……それは、まあ、復讐の対象を倒したいだけだし。ウィチアを倒そうとした理由がグロウディア・ソーサレスが死んでいるから……らしいけど」


 死者に復讐しようとするならば、どうすればいいか。

 それならば、生きている身内の命を奪い復讐しようと考えるに至ったブルーナ。

 だが、その思考論理であれば、ウィチアを倒す理由など「身内の命を奪われたので、相手の身内の命を奪う」復讐を考えるのも自然に思えた。


「本人はグロウディア・ソーサレスに勝てないと思っていたから、手頃なところから復讐しようとしていたけど、吹っ切れた。わたしはそう思ったのよ」


 だからこそ、復讐の対象をウィチアからグロウディアに戻したとセレスは言う。

 ウィチアからすれば、これほどの相手と戦い続ければ、アンロックは新たな境地へと成長していくと考えていたが……彼女が交戦する意思をなくしては、そうもいかない。


「けど、わたしは今でもあなたを警戒しているということはお忘れなく」

「肝に銘じておくが、グロウディア・ソーサレスの復讐には協力してもらう。それが我の協力する理由だ」

「加入条件が……ウィチアの母親討伐への協力、ね」


 ウィチアはしばらく考える。

 と、言ってもウィチアの中で、答えは決まっていた。


「いいだろう。お前はママのところまで行くまで協力者だ。そんで、私たちのパーティーに知っている情報を渡せば、私も知ってることを教える。たどり着いた後もお前の自由だ」

「ウィチア! あなた、何を言ってるのか分かってるの? 身内殺しをする人と協力する気なの?」

「知っているだろう? 私は偉大なる魔女になるためなら手段を選ばない」


 セレスはため息だけついて、黙った。

 ウィチアを理解しているがゆえに、何を言っても止まらないことを知っているのだろう。


「我も手段は選ばぬ。どのような試練であろうと、乗り越える所存」

「交渉成立だ」

「それで、まずは我から知っている情報から伝えようか」


 ブルーナが話を始めようとした瞬間、セレスは立ち上がり、会話を遮った。


「ミルトはどうするの? あの男も一応、パーティーの一員でしょ?」

「いらん。特に壁としても役に立たなかったし、ボインの姉ちゃんがいれば盾としては十分だろ。柔らかボディーで跳ね返せるしな」

「あんた、しばくで?」

「それに関してはわたしがやっておきます。とにかく、ミルトに関しては連れて行くかどうかは本人の意向を聞いた上で、トラブルさえ起こさなければ連れて行くのが道理です」


 何が道理か分からず、ウィチアは首を傾げる。


「一度、パーティーに加入させておいて、必要なくなったらポイっていうのは、ギルドがなるべくやめるように言ってるじゃない」

「いいだろ、別に。法もルールも破ってるわけじゃないし」

「法よりもギルドの道徳! ギルドのお約束を守るのが常識です」

「一応、検察騎士の前なのだが?」

「構いません。わたしはギルドの受付役ですから」

「そんな無茶言うなや……」


 そのまま、セレスはクローゼットを開けると、中にある衣類を隣のクローゼットに移す。

 その後、寒さで震えていたミルトを外から部屋に入れる。


「やあ。この季節は夜になると、室温調整の魔導器がないと凍死してしまうね」


 そう笑顔で述べるミルトを、セレスはクローゼットの中に入れて閉じた。

 ご丁寧に封印術までしっかりかけて。


『いやいや、どうして僕がこんなVIPルームなんだい?』


 クローゼット内部からくぐもった声が聞こえてくる。


「犯罪者が女の子の部屋に入るなんて論外です」

『手や足で破壊し尽くすのが女の子?』

「待ってなさい。今からクローゼットを拳で貫くから、死ぬ気で避けてね?」


 ミルトは静かに、声を発さないクローゼット本来の姿になった。


「では、パーティーが全員揃ったところで。ガルムロードについてから話そうか」

「私のパパが関係しているのか?」

「ウム。あのガルム・バルファムートが築いた伝説には裏がある」


 その言葉は、ガルムの隣にいたグスタフだったか、グスカムだったかが言っていたことだった。

 伝説には裏があるっすと。

 そして、ダンジョンの隣に闘技場が建設されていた。

 あれほどの規模が大きい闘技場となると、建設も一日や二日ではすまない。


「ダンジョンには、二十四時を越えても干渉されない裏の道がある?」

「ウム。ガルムたち盗賊団一行はそれに気づき、穴を掘ることで、百階にあっさりと到達した。それが偉業達成に至った真実である」

「つまりは……パパたちが築き上げた伝説は、正攻法ではなく、邪道な手段。そんでお前たちはそれを知ったから、ガルムが掘った道(ガルムロード)を改造してアリーナにしたわけか」

「そして、我はさらに便乗して私的利用したのがバレ、現在に至るということだ。正味、クビになるかもしれへん……」


 不安たっぷりに呟いたブルーナだったが、ウィチアを殺そうと手段を選ばなすぎたのだろう。

 同じ真似をして、憂き目に遭わぬようにウィチアは肝に銘じる。

 上り詰めるというのは大変だが、下りるのはあっという間のことなのだから。


「それにしても……聞きたいことがあったの。どうしてウィチアはグロウディア・ソーサレスがダンジョンの百階にいるって分かっていた……いや、知ってたの?」

「ママ……グロウディア・ソーサレスのニオイがしたから」

「ニオイ……?」

「初めて私がダンジョンに入った時、突然、懐かしい気持ちになった。記憶にないママのニオイ。産まれた時に出会い、産まれた後に出会うことのできなかったママのニオイが、心のどこかで覚えていたんだろう。後はパパが最高の宝があったって言っていた」


 答えの繋がった今なら、どうしてダンジョンに入った時に涙が流れたのか、ハッキリと分かる。

 彼女に、尊敬する母親を感じ取ったからだ。


『グロウディア・ソーサレスは百年を生きた魔女。ダンジョンは百年前にできた。そこになんらかの繋がりを連想させられるね。確信には至らずとも疑いとまではいけるかもしれない』


 クローゼットが口を挟む。

 だが、木製のクローゼットはなぜだか落ち着きなく揺れている。


『ところでなんだが、息が苦しくなってきたのだけど』

「ああ、その封印。結構強めにかかってるからどんどん空気が薄くなってくぞ」

『服入れが僕の棺桶か。出せ! 今すぐに!』


 クローゼットが騒ぐことが不快だったウィチアがアンロックをかけようとしたが、その前にブルーナがアンロックで封印を解く。

 クローゼットが開こうとした瞬間……再び封印がかけられ、禁断の中身は再び封印されてしまった。


「セレスと言ったか。貴公の魔法は力に溢れた一撃を得意とする。しかし、我の魔法と比べて些か力に頼りすぎる。繊細なコントロールができるようになって、初めて出力を最大にできる」


 手本とばかりにクローゼットを指さす。

 先ほどまで打ち上げられた魚が空気を求めるのと同じように口を広げようとしていたクローゼットが今では大人しくなっている。


『もうちょっと空気を取り入れて欲しいのだけど』


 ただでさえ空気の薄いクローゼットの中にいるミルトは、不満を口にする。

 もっとも、空気を入れるようなサービスまではついていないらしい。


「繊細なコントロールとかいるか普通。どーゆー術をしていて、結合状態の原因を探せばよくね?」

「はぁ!? アンロックしかできない魔女やからやろ! 芸のない魔女にはこの緻密な加減が分からんのやろ!」

「ああ? 魔法は理論を知ってこその威力だろ!? 術にかけられた作用の一つ一つを細かく知ることで……って、それも繊細なコントロールか」

「そやな。細かく知ることで、我もお前も使う魔法を応用することができるんや」


 いがみ合っていたが、結局は同じような魔法の使い方だったらしい。

 ぶつかり合ったのが嘘のようにすぐに沈静化した。


「ウィチア、なんやかんや言って、心のアンロック、できるじゃないの」

「なんだよ。藪から棒に。そんなもの興味はないぞ」

「だって。一応はわたしも、ミルトも、ブルーナも味方につけているわけだし。……行動理念にかなり問題があるけれど」

「いいだろ。目的のために手段を選ばない。目的のためなら裏切ることも辞さない。現にそういう連中しかいない」

「危険な人ばかり味方につけたわね……おかげでわたしの心配も尽きないわ」


 いつまたケンカが起こるのか不安なのか、ウィチアを特に睨みつける。

 いや、トラブルを起こすのも、トラブルの原因をパーティーに引き入れているのも全てウィチアか。

 よりにもよって、ウィチアを殺そうとまでしたセレスやミルト、さらにはブルーナまでも味方に引き入れるまでは良かったが、もれなく全員を説得したのではなく、利害の一致。

 ただでさえ危険なパーティーなのに、引き入れた本人が口が悪いことを自覚しているが、直すつもりはないのでどうしようもない。


「今、頭の中でわたしまで敵メンバーの一人に加えようとしてなかったかしら?」

「よく分かったな? 暴力を加えてくるから、私を殺そうとしているのだと」

「ええ。今、命を奪ってあげるから感謝なさいな」


 セレスは炎の魔法を拳に纏わせ、ウィチアに近づける。

 が、その間一髪のところでブルーナは間に入ってきた。


「その強力無比な一撃が深層攻略の際、必要になる」

「どういうことですか?」

「実は、ガルムロードはおよそ、九十階層目辺りと思われる深度から塞がれつつある」

「誰かが塞いでいるということ?」

「いや、もしウィチア・バルファムートの話が本当であれば……グロウディア・ソーサレスが塞ごうとしているのが自然な考え方だ」


 次から次へと尽きぬ議題。

 おかげ様で、ウィチアに迫る脅威から助かることができた。ブルーナは助けるつもりはなかったであろうが。

 それぞれが持っている情報を統合していく。

 だが、セレスは肝心なことに気づいたようで、議論の途中で進行を止めてきた。


「ちょっと待って。グロウディア・ソーサレスのところまで向かうところまでは分かったわ。でも、いきなり突撃するつもりなの!?」


 徐々に、確実に百年生きた魔女のところへと一気に向かう方向へ話が進んでいること。

 しかも、それぞれがそのことに異論を唱えていない。

 いや、唱える必要がなかった。


「私は偉大なる魔女、ウィチア・バルファムート様だ! 偉大なる名声を得るためなら、両親の伝説も塗り替えてやる!」

「我は犯罪者を……妹の仇を野放しにせえへんで! あいつの首を妹に捧げたる!」

『僕は金さえ手に入ればそれで。危なくなったら真っ先に逃げるんでよろしく』


 ウィチアがニヤニヤ口角をニヤニヤと上げると、ブルーナも同じようにニヤニヤと口角を上げる。

 クローゼットで笑い声を上げているミルトも同じようにニヤニヤ笑っていることだろう。


「私たちは目的のためならなんだってやる! 他人を犠牲にしてもな!」


 セレスはその日一日中、嘆いていた。

 自分が監視するために加入したパーティーがよりにもよって、悪と言うに相応しい。

 団結と結束なんてクソ食らえの最悪パーティーだと。

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