第20話

 ダンジョン内を歩く一行は、ついに三階にまで到達した。

 以前、ウィチアが来た時は一階しか散策できていなかったが、その一階ですら通路の形が変わっていた。

 二階、三階と到達すると出てくるシャドーたちも武器を持ち始め、動きも素早く、神出鬼没で、どこから襲いかかってくるか分からない。


「はぁ……はぁ……」


 一人、息を荒らげるセレスに、涼しい顔でウィチアは肩に手を置いた。


「なに一人でバテてるんだ、セレスさんよ」


 彼女はキッとウィチアを睨んだ。


「あんたたちが何一つ働かないからでしょう!?」


 ダンジョン内で叫んでいる間にもセレスは影の魔物が持つ斧の柄をへし折って、掌底を食らわせていた。

 怒りを露わにした鬼神の一撃に、ウィチアは身体が竦む。


「すまないね。君にばかり負担をかけさせて」


 ミルトは山になった魔導器や魔導石を両手いっぱいに抱えながら笑顔を見せた。


「あなたもよ! なんで宝を独占して、いい顔してるのよー!?」

「言っただろう?」


 ウィチアとミルトは声を合わせて言った。


『このパーティーの行動理念は目的と手段を選ばない』


 セレスの顔は影の魔物たち以上に真っ黒になる。

 拳と拳をぶつけると、金属でも仕込んでいるのか火花が散った。


「次の獲物はあんたたちのようね……!?」


 ウィチアはセレスが笑顔の時ほど怖いと知っている。

 だから、彼女が口端だけ釣り上げて目が笑っていない時の恐怖は通常時の非ではなかった。


「調子に乗ってすんませんしたー!」


 ウィチアは素直に額を地面に擦りつけるほどの勢いで土下座した。


「あんたもしなさい」

「断るよ。僕は公爵子息だ。高貴な血族の僕が庶民に土下座なんてするわけないだろう?」

「なら、させてあげるわ。地面とのファーストキス」


 セレスがウィチアの目と鼻の先の地面を……足で陥没させた。

 石のようなダンジョンの地面をボロボロと壊す彼女にウィチアは怖くなって、涙と何がとは言わないが漏らしそうになった。

 ミルトは彼女を前に引きつった笑顔のまま、魔導器や魔導石を鞄にいっぱい詰め込む。


「ふっ。君は乱暴だね」

「あら? このパーティーの行動理念は目的のためなら手段を選ばない、じゃなかったかしら?」

「そんなことなら、僕も理念に従わせてもらおう――どうもすみませんでした!」


 なりふり構わずミルトは土下座した。

 危険なダンジョン内で土下座を行う。

 この場で他の冒険者が通りかかれば何ごとかと目を見開くことになるだろう。


(って、足音!)


 ウィチアは突然の足音にすぐに飛び上がる。

 他の冒険者らしき人間が三階に到達したのだ。


「出会い頭に戦闘にならないよう、壁際に寄りましょう」


 ダンジョン内部では戦闘が多発するため、白兵戦のように人間かシャドーの見分け……特に出会い頭に攻撃してしまう事故が多発するのだ。

 そこで、声かけ、もしくは壁際に寄ることで出会い頭の事故回避が推奨されている。


「すみませーん。こっちに三人います」

『ああ、知ってるぜ』


 セレスは聞こえてきた声に首を傾げた。

 ウィチアもどこかで聞いた覚えのある声だったが、誰だったか思い出せない。

 足音は一人や二人ではなく、複数人のものだった。

 曲がり角から複数人の男たちが姿を現す。

 だが、彼らはただの冒険者たちではないようだった。


「騎士団の制服!? 僕たちになんの用だ!」


 ミルトが叫ぶ。

 騎士団の男たちはただただ笑っているだけだった。


『クラック!』


 どこからともなく、女性の声が聞こえる。

 だが、目の前にいる騎士団の連中には女性は混じっていない。

 セレスの声でもなさそうだった。


「ウィチア! 壁から離れて!」


 ウィチアは背中を見ると、壁がみるみるうちに崩れていく。

 ストーンの魔法で上位種のクラックは、石や壁などを崩すための魔法。

 壁は崩れていき、空洞が生まれていた。


『バインド!』


 拘束の魔法、バインド。

 簡素な封印術の一環で、標的を縛り上げるために用いられる魔法。

 だが、ウィチアにとって、バインドは敵ではない。


「はっはっは! このウィチア様に――」


 空洞の“下”からやってきた紫紺色の帯がウィチアの口や身体を拘束する。

 ウィチアのアンロックが唱えられる前にウィチアたちは……空洞の中へと落ちていった。


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