第16話

 ブルーナ・エスカリオスはウィチア・バルファムートが登録しているギルド……その建物の陰に隠れて様子を見ていた。

 同行しているのは、ここ三ヶ月もの間、ギルドに潜入していた騎士の男。

 彼はウィチアの情報を常にブルーナに伝えてはいたが……どうにも頼りない情報ばかりだった。

 ゆえに、ブルーナが直接、ウィチアの尾行を行い、その後ろにいる大物……ガルム・バルファムートから順に……その命を奪おうと計画を立てていた。


「ブルーナ様。ウィチアを軽犯罪でしょっ引いたらどうですか?」

「そのようなことではウィチアは殺せぬ。必ずこの手でやらねば、我の復讐は達成できぬ」

「法の番人、犯罪者の調書をとる検察騎士が私怨で殺人をしても許されるとでも?」

「我の神が許した。我の神が受けた仕打ちを娘にも与える。我にはその権利があるのだ」


 騎士の男は黙った。

 ブルーナにとって、当然の権利だ。

 ただの田舎娘二人が、一方は魔女の生贄にされ、一方は復讐のためならば、喜んでなんでもする女に変わった。

 もはや、百年生きた魔女が死んでいるというのであれば、復讐の対象は一族に決まっている。


「ウィチア・バルファムートが姿を現しました」

「尾行する。奴がガルム・バルファムートと接触した段階で……消す!」

「国内最大級の犯罪組織にして、世界で初めてダンジョンを踏破したとされる組織を相手に、二人だけで挑むなんて無理ですって」

「我に不可能だと申すか? 奴らを倒す力ならば、もうすでにあるで」

「あるで?」

「あるぞ」


 ブルーナは少し、興奮しすぎたようで、封印していた田舎訛りが蘇ってしまう。

 目の前にいる猫背の黒い魔女は、のそのそとブルーナたちとは反対の方向を歩いて行く。

 身体こそ貧相で、本当に食事やら運動をしているのか怪しい少女であったが、胸以外の全てが昔のブルーナやミストルを連想させた。


「……ってか、ウィチア・バルファムートって、我にそっくりやん! 憎いけど親近感湧くわぁ~」

「ブルーナ様」

「あっ! ちゃうで! ちゃんと仕留めるよ!? 我にそっくりで、ついつい思ってしもうただけで。カンニンしてーな?」

「いえ、そうではなく。いつもは厳しい態度をしておられたかと」

「あっ! そや! ちゃんとお姉ちゃんに従わんと、山のカミナリ様がヘソ持ってくで!」

「罰の内容ではなく、言葉遣いが厳格だったかと」

「ああ、ちゃうちゃう! 我の不評を買うと、貴様を二度と這い上がれることのできないよう、地位を下げてやる。覚悟するが良い」

「落差がヒドイです」


 ブルーナはついつい十年前までの自分を思い出してしまった。

 どうにも偵察対象と、潜入を任せている騎士が過去の自分が過ごしていたありし日の村を思い出させるのだ。

 田舎くさい整っていない顔の男に、昔の自分そっくりな復讐対象。


「ともかく、ウィチア・バルファムートをこのまま尾行する。臆したのなら帰るが良い」

「では、危険になりましたら真っ先に帰らせていただきます」

「上官を置いて先に帰るとは何ごとか。懲罰房にて猛省するが良い」

「……命が危うくなったら帰れって意味じゃなかったんですか?」

「誰が貴様の命を尊重するか。我の復讐のために身を滅ぼすほどの覚悟をみせよ!」

「……なんか、ブルーナ様って、ウィチアとどことなく似てますよね」


 ブルーナは黙って尾行対象を追いかける。

 今でこそブルーナは金髪で堂々とした性格をしているが、本来は猫背と目立つことのない地味な村娘だったのだ。

 ウィチアはブルーナからしても非常によく似ている。

 ただ、一点だけ違う点は、相手は落ちこぼれの魔女で、こちらは若くして数多くの試験などを突破した法の知識と戦闘経験を持つ者、検察騎士である点だった。


(ウィチアと似ていて当然や。うちの本当の見た目なんてウィチアと同じやもん)


 パン屋のガラスに映る、優雅な金髪美女はとてもではないがウィチアとはかけ離れている。

 だが、じっと見ていると、ありし日のブルーナの姿がそこには映っている。

 黒い髪に、年齢の割には大きな胸を隠すように猫背。

 その姿は、ウィチアとそっくりとしか言いようがない。

 だが、今のブルーナはルルラシア王国でもっとも知識を必要とされる職業、検察騎士である。

 そんなブルーナの姿とウィチアを比べて、何が似ているのだろうか。

 ブルーナはウィチアとガラスに映った自身を交互に見つめる。


(……って、あの魔女さん、何しとるん?)


 憎い相手は突然、辺りをチョロチョロと見回す。

 警戒しているのか、不審な動きを繰り返す魔女は……そのまま走り出した。


「ああっ!? 逃がしたらあかんでっ!? 我たち狩人やろ!?」

「もちろんですが……ブルーナ様……本日も田舎訛りが激しいようで」

「うっさいな! 野ウサギ一匹逃がしたらあかんで! 二兎追うものは二兎捕まえて一人前の狩人や!」

「そんな言葉聞いたことありませんし、声デカイですし、早く追いかけないとですし、田舎訛りが」

「分かっとるわ! お給料、全カットやから覚悟しとき!」

「……転職、考えときます」


 ウィチアは走る。明らかに尾行に気づいたかのように。

 遅れてブルーナも走り出す。


「決して逃がしてはならぬぞ! 我に続け!」


 ブルーナはウィチアの後を追うが、一向に差が縮まらない。

 それどころか、周囲の目線ばかりが集まる。


「ぶ、ブルーナ様! 大変、申し上げにくいのですがぁ!」

「ウ、ウム。報告せよ」


 息を切らして走るブルーナに、騎士の男は鼻血を零しながら叫ぶ。


「ゆれ、揺れておりますッ!」

「アホ! 我も分かっておるわッ!」

「女の子走りと相まって、その、セクシーすぎる!」

「分かっとる言うてるやろ! 下着も合うやつあらへんし、みんなの視線集まるしで、ええことあらへんねんで、これ!」


 必死になって走るブルーナだが、いかんせん、周囲の注目を集めるような走り方しかできないために、一向に距離が縮まらない。

 しかも相方をしている騎士の男も、なぜだか不安定な走り方になる。


「もう! 我よりも速く走らぬか!」

「いや、もう兵器ですよ、それ」

「兵器ゆーなや! 我だってなりとーってなったんちゃうし! 胸に重り二十四時間つけてみー!? 生活がおっぱい中心にガラリと変わるで!?」

「いや、知りませんよ。んなこと言ってる間に見失っちゃいましたよ」

「貴様がアホなことを言ってるからやろ!」


 ブルーナは立ち止まる。

 見失ったからといって、簡単に諦めるブルーナではない。

 まずは周辺地域のマップを頭の中から呼び出し、次にウィチアが向かう方向を考える。


「来いッ! こっちだ!」


 ブルーナは走り出す。

 だが、騎士の男はついてくる気配がない。


「そっちは逆方向ですよ……何するつもりですか?」

「我の狩りを見せてやる! 来るが良い!」

「は、はぁ……?」


 ブルーナは走る。

 この周辺地域にあるマップは来る前から小型飛行の魔導器に、絵画の魔導器を取り付けたもので上空から撮影している。

 だから、ブルーナはつい一時間前に撮影されたものを、尾行直前に頭にたたき込んでいるのだ。


「こっちだ! 登れッ!」


 ブルーナは路地裏に入ると、道に置かれた荷物の山を指さす。

 すぐ側には傾斜のある屋根があり、荷物の山を利用して手を伸ばせば、簡単に登れる。


「ですが、ブルーナ様。登ったところで何をするのです?」

「見ておれ。我の魔法を」


 屋根に登ったブルーナはそのまま傾斜を登り、一番高いところからウィチアを捜す。

 彼女はすぐに見つかった。

 木造建築の古ぼけた家の扉の前でチョロチョロと周囲を見回している。

 目的の場所でガルム・バルファムートとでも落ち合うつもりか。


「見つけたぞ……我の魔法で、貴様を追い詰めてくれる!」


 ブルーナは煙突に向かってフリーズの魔法を使った。

 体内にある魔力を可能な限り、弱く継続的にぶつける。

 フリーズの魔法を浴びた煙突から、細くて長い棒状の氷が精製されていく。


「ブルーナ様! フリーズでいったい、何を!?」

「奴のところまで下っていく」


 ブルーナはそのまま棒状の氷をさらに長く精製していく。

 どんどん伸びていく氷は角度をつけながら、ウィチアの目の前まで伸ばす。

 小さな彼女の顔には、驚きと戸惑い、それから氷がどこからやってきたのか、視線で辿っているが、ブルーナはすでに次の手に出ていた。


「ウィチア・バルファムート! 覚悟ッ!」


 フリーズの魔法によって作った輪を、氷のロープに通して、滑車のように滑り降りていく。


「おいっ!? なんだってんだ!?」


 ウィチアはただただ迫り来るブルーナを呆然と見たかと思うと、次の瞬間には扉を開けて建物の中に入った。


「逃がすかッ!」


 ブルーナは滑車の勢いに任せてそのまま扉を蹴破った。

 それほど運動神経がいいわけではないブルーナは、部屋の中で受け身を取ることができずに、部屋の中で転がり続ける。

 当然、不時着にも近い形なので、身体のそこら中を打撲した。


「イタタッ……! 逃がさぬぞ、ウィチア・バルファムート……!」


 ブルーナの執念は打撲程度では立ち止まることはない。

 彼女は痛む身体を無視して剣を引き抜いた。


「って、あれ!? 誰も、おらへんっ!? どういうことや!?」


 部屋の中は殺風景極まれりで、ガルム・バルファムートとその一味はおろか、ウィチア・バルファムートの姿も、あまつさえ家具の一つすらない完全な空き家状態だった。

 間違いなく彼女はこの建物に入ったのだ。隠れる場所も出入り口もない場所で、ウィチアはどこに隠れたというのだ。


「ブルーナ様! 大丈夫でしょうか!?」


 遅れてやってきた騎士の男が顔色一つ変えずにやってきた。

 口ほど心配はしていないということだろうか。


「アホッ! 大丈夫なわけあるかッ! ウィチア・バルファムートは魔法を使えないんやろ!」

「は、はい。正確にはアンロック以外が使えません」

「だったら、なんであいつ姿を消したんや!」

「空間湾曲の封印術ですかね?」

「空間湾曲やて!? だったら今頃、我たちは湾曲させた場所にいるハズやろ!?」

「いや、ウィチアなら入った瞬間に解除しそうです」


 くしゃくしゃと自身の髪を撫でる男。

 名前すら知らぬ騎士団員は視線を合わせずに呟く。


「ウィチア・バルファムートの使うアンロックは、我々のよく知るアンロックとは別次元へと到達している……か」

「なんやて? どういう意味や!?」

「あ、いえ。あいつ、暴漢一人倒しているんです。それもアンロックで」

「だからなんや? 空間湾曲を一瞬で解除できた言うんか!?」

「不思議ではないかと」

「アホ! あの封印術は高等なんや! アレを解除するのは骨ぇ折れるわ!」

「相手はウィチア・バルファムートということをお忘れですか?」


 一呼吸おいて、ブルーナは冷静さを取り戻した。


「アンロック究めの魔女、か」


 ウィチア・バルファムートの動向は騎士団の一部でも追っていた。

 ブルーナのような私怨ではなく、ガルム・バルファムートと一味を追うため、コンタクトを取らないか警戒を強めていた時期がある。

 結局、ウィチアの監視を強めたところで、接触はなく、無駄足になったが、彼女の特異性というのは騎士団でも話題になった。

 調べれば調べるほどアンロックという魔法ばかりを究め、とてもではないが、グロウディア・ソーサレスの娘とは思えない。

 だが、アンロックにおいては、かなり技術が高いのか、ダンジョンで持ち帰った宝箱や人工的な封印術ですら容易く解いてしまう。

 ゆえに、騎士団では彼女のことを“アンロック究めの魔女”と呼称していた時期があった。

 今では彼女を追いかけ回しているのはブルーナのみで、誰もが彼女の存在を忘れ果てているが。


「不愉快な。落ちこぼれは落ちこぼれらしく、底辺を彷徨っていれば良いものを」

「ブルーナ様?」

「ふん。今日のところは撤収だ」

「かしこまりました。諦められてなによりです」

「我がそう易々と諦める女に見えるか?」


 ブルーナが腕を組んで騎士の男を睨みつけると、しばらくした後に「いえ」と一言だけ答えた。

 どうにも、威厳よりも地位に屈したように見える。


「DA計画を使う。貴族、王族に声をかけよ」

「DA計画……って、噂は本当だったんですか……?」

「貴様は左遷だ。今後はDA計画に心血を注ぐが良い」

「待ってください! それは違法賭博スレスレの計画では!?」

「知らぬ。我は力を得るためには手段を選ばぬ」


 騎士の男は悩ましげに頭を抱えた後、結局、立場に逆らえずにそのまま頷いた。

 犯罪であろうが、ブルーナは手段を選ばない。

 力を得るためならば、復讐をするためならば、どんなに卑劣だろうが、どんな犯罪であろうが手を染める。

 それがブルーナ・エスカリオスがグロウディア・ソーサレスの一家に行う復讐劇。


「首を洗っていろ……! 我が貴様らを一匹残らず消したるからな……!」


 ウィチア・バルファムートからガルム・バルファムートに繋がる手がかりは期待できないならば、もはや彼女は不要の存在だ。

 だから、まずはウィチアを処分して、後からじっくりと父親に断罪を下す。

 それが、私刑であると、ブルーナの燃え上がる復讐の炎が、二人を許すことはない。

 妹は……ミストル・エスカリオスが得た痛みは、死では釣り合わないものなのだから。

 その存在を消し去ることのみが、奪われた人生にとっての対価なのだ。

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