第15話 第四章 存在の証明

 ルルラシア王国騎士団。

 数百年の歴史を持つ、厳格にして粛々な組織。

 ブルーナ・エスカリオスは、騎士の中でももっとも厳格なる司法の番人たる女性である。


「……フム。報告は以上か?」


 ブルーナは鏡の前に立ちながら、報告をしている騎士とは目を合わさない。

 男の回答を鏡に映る自身の姿を再度確認しながら待つ。

 帝国騎士団の司法を扱い、犯罪者の処罰を下す検察騎士の称号を持つ者のみが着ることを許された礼装。

 胸元がキツくて締めつけられる点を除けば、整えられた礼装に、モノクルを装備し、金色に染めた髪と合わせて、誰がどう見ても貴族にしか見えない。

 自画自賛を行っている間に、騎士の男は報告を行う。


「……ウィチア・バルファムートを一日中つけ回しましたが、盗賊団に繋がる人間を見つけることはできませんでした」

「我が聞いているのは、本当にそれだけなのか、と聞いている」

「い、いえ。ウィチア・バルファムートに接触した男をつけ回しましたが、不審な点は見つけられませんでした」

「貴様。階級は?」

「ミレディーヌ隊の四席ですが……」

「貴様のような役立たず、ミレディーヌ隊には必要ない。本日づけでキョウウ隊に異動だ」

「ま、待ってください! あそこは騎士団の墓場! あそこに編入されれば二度と通常の仕事が――」


 なお食い下がる騎士の男が鏡に映る。


「我の不審をまた買いたいか」


 ブルーナはナイフを投げると、見事に男の頬を掠り、コルク板に貼られたウィチアの画に刺さる。

 男はその場で座り込み、ブルーナは自らの魔法をグッと心の中でガッツポーズしながらも、顔では平静を保つ。


「貴様のように情けない男ではウィチア・バルファムートを、我が神への生贄にはできぬ」


 ブルーナは執務室内で一番大きな絵画を崇めるように両手を広げる。

 画の中にいる彼女は、明るく照らすような笑顔と、澄み渡るような瞳、ブルーナに似た美しい顔立ちで、神々しさを放つ。


「降格されたくなければ死ぬ気でかかれ。次は我も出る。失敗をそこで取り戻せば降格も考え直そう」

「ブルーナ様お自ら尾行なされるのですか!?」

「ウィチア・バルファムート。ガルム・バルファムート。我のもっとも憎き相手。一筋縄でいかぬなら、我が直接、引導を渡したる」

「たる?」

「引導を渡してやる」


 怒りのあまり、我を忘れてしまったブルーナは思わず地が出てしまう。

 どうにも、怒りという感情はブルーナから検察騎士としての顔を奪ってしまうようだ。


「ですが、ブルーナ様! 検察騎士が一介の騎士の仕事を、あなた様が……」

「我にとって、これは復讐。我が成したことは全て大義」

「法の私的利用もですか?」

「我こそが法の番人。生贄共が命をもって捧げることも、我の違反も、全て神が望んだ供物。我が成すことは全てが神によって祝福された正義である」

「……狂ってる」


 男の言葉にブルーナは特に心を動かさない。

 この地位も全ては、バルファムートたちを倒し、グロウディア・ソーサレスに復讐するためにある。

 そのためならば、ブルーナは法を破ることも、金と地位を手に入れるために不正を行うことも辞さない。

 それが、王国で最大級の盗賊団と魔女を潰すための最善の手なのだから。


「退け。寛大なる我の神が、貴様に最後の機会をくれてやると申しておる」

「……シスコン。世界一恥ずかしい遺影。不正大好き乳デカ女」

「ちゃうもん!」


 ブルーナは一瞬涙目になりながら抗議したが、すぐに姿勢を正す。


「貴様の失言は万死に値する。上官に対する侮辱、覚悟するが良い」

「万回死ぬんですか、俺?」

「去れ! ここで処刑されたくなければ、我の機嫌が良くなるまで姿を現すな!」


 男はすぐに執務室から出て行く。

 扉を閉められたことを確認すると、再び神と向かい合い、崇めるように両手を広げる。


「待っててねミストル。お姉ちゃん、悪い魔女の一家を魔女裁判にかけてやるわ」


 絵画の中の神は……ミストル・エスカリオスは画の中でブルーナに微笑みかけているようだった。


「大丈夫。お姉ちゃんに任せとき。ミストルのためだったら、法律くらい怖ぁーない。生贄にして、首、引っさげて持ってきてあげるから、期待して待っといて欲しいわ」


 改めて鏡の中の自分を見つめるブルーナ。

 黒い髪顔を隠し、大きな胸を猫背にして目立たせようとしない自分に、堂々としろと隣で微笑むミストルがそこにいた。

 たしかに彼女はブルーナの側にいたのだ。

 だが、ミストルが魔女に生贄にされてから、エスカリオス姉妹は死んだ。

 今、鏡に映るのは醜い犯罪をも平気で手を染める、金色の髪を持つ厳格な瞳を持つ……道化が映っている。


「金も地位もみぃーんなあるで。大丈夫やんな?」


 鏡の中にいる検察騎士、ブルーナは背筋をまっすぐに腕を組みながら頷いた。

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