第14話

 ギルドはいつものように騒がしかった。

 酒を飲み、踊り子たちが踊り、豪勢な料理が所狭しと並ぶ。

 彼ら彼女ら冒険者たちは、ウィチアがギルドに戻ろうが戻らないが、誰一人として気にしていなかった。

 新しいローブに身を包み――さすがに鍵開けの魔女を自称するための南京錠は滑っていたのでローブから外した――とんがり帽子に黒縁メガネを装備してギルドに舞い戻る。

 頭の中で復活のテーマ曲を流しながら、颯爽と戻ったが、特に何もなかった。



「クソ! クズ共め! 私の快気祝いをしようとしないのか!? 薄情者共め!」


 最後に「滅べ!」と付け加えると、ウィチアの目の前に座った男が、「ひでえっす」と反応を返す。


「お嬢ぉおおおおおおおおおおおおおお!!! お務め、お疲れ様でしたッ!!!」

「うるせええええええええええええええ!!! 黙ってろッ!!!」

「お嬢ぉおおおおおおおおおおおおおおも、うるさいっすよッ!!!」


 目の前にいるバンダナを被った男は喚き泣いた。

 もっとも、これくらいの声でないと、冒険を終えて盛り上がる冒険者たちの喧噪にかき消されて、聞こえにくいのだ。

 逆を言えば、これくらいの声では騒ぎになったり注目を浴びたりしないわけだが。


「で、お前誰?」

「ひでえっすよ、お嬢!」


 バンダナを巻いた男は何度も親指を自身に向けているが、結局思い出せずに黙っていると、項垂れた。


「お控えなすって! 手前、管理部門のグスタムっす」

「ふーん」

「今ので思い出して欲しかったっす……」


 グスタムという男は周りに聞こえないように口元を手で隠しながら、ウィチアに言う。


「バルファムート盗賊団の」

「ふーん」

「盗品管理部門の担当で」

「ふーん」

「お嬢の下宿先に先月、お世話になったっす」

「てめえこの野郎!!!」

「それで思いだすんっすか!?」


 ウィチアは右手でローブのポケットに突っ込もうとしたが、ポケットの入り口部分で指を曲げてしまう。


「っっっ~~!!!? 忘れて、た……!」

「どうしたんっすか!? 右手をつったんっすか!?」


 足の小指を角にぶつけたような痛みが走り、ウィチアは泣く。

 ウィチアは右利きから左利きに矯正途中であることを忘れて、反射的に右手で動かしてしまった。

 ただ、右手から左手に使う手を変えるだけではない。

 反射的に動く身体を、左に変えないといけないようだ。

 ウィチアは右腕そのものをローブの中に入れて、袖を通さないようにした。


「お嬢。右手、どうしたんっすか?」

「潰れた。もう使えない」


 左手をポケットに突っ込み、杖を取り出してグスタムに向けるが、彼はそのまま机を叩いて立ち上がった。


「見せてくださいっす!? お嬢がそんな目に遭うなんておかしいっす! 犯人は指詰めものっすよ!」


 ウィチアが右腕を袖に通してグスタムに見せると、「お嬢ぉ~おいたわしや~!」と涙目になりながら、右手に触れるか触れないかの距離でグスタムは両手で包む。


「気にするな。相手は倒した」

「うへっ!? まじっすか!?」

「それにこの程度の怪我。偉大なる魔女である私にはどうってことはない!」

「お嬢。さすが、気丈であらせられる。お頭の言うことに間違いないっすね」

「パパがどうかしたのか?」

「こんな自慢の娘を持てて、お頭が羨ましいって話っすよ」


 何が嬉しいのか、グスタムは鼻をすすりながら、笑顔を見せた。

 もっとも、一ヶ月前に初めて出会った相手に笑顔を見せられたところで何も嬉しくはない。


「っと、そうそうっす。お頭が心配してたっすよ。ずっと寝ていたから、安否を気にしていたみたいっすね」

「パパが? ああ、だからお前が」


 グスタムは頷く。つまり、グスタムがウィチアの様子を見に来る担当なのだと。

 だから、目を覚ましたばかりのウィチアの目の前に、都合良くこの男が座っていたわけだ。


「で、お頭からお手紙っす。顔を合わせて、心配しているお頭にちゃんと安心させてあげないと。心配のし過ぎで、最近は夜の十時には寝たり、一日三食食べたりしてるんっすよ、お頭」

「健康じゃねえか! あ、いや、不摂生な生活をしているパパが規則正しい生活をしているのがおかしいのか……」


 グスタムは手紙をウィチアの目の前に置くと、すぐに立つ。


「じゃあ、俺はこれで。本当はお嬢と飲み明かしたいとこっすけど、騎士団の目が厳しくて、迂闊な行動ができないっす」

「お前は迂闊な行動じゃないのか?」

「そりゃーバルファムート盗賊団は部門ごとにキッチリ担当が分けられてるっすからね。俺は管理担当っすから、顔バレしてないんっすよ」


 グスタムは堂々と言った。

 彼は手を振ると、すぐにその場を離れる。


「顔が割れてないのに、騎士団の目が厳しくて警戒している……?」


 ウィチアは少し考えてみる。

 周りを見回すと醜男がウィチアの方を見ていた。

 しかも、醜男の周りにいる男のうち、一人が席を立ったグスタムの後を追っている。


「おい、監視しているのは私か!? 私は産まれてこの方、犯罪に手を染めたことはないんだぞ!」


 実際には、知らずとはいえ、闇商人まがいのことはやっていたが、進んで悪事を行った覚えはない。


「クソ! 私の産まれをバカにしやがって! 私は偉大なる魔女だぞ! 犯罪なんてするか! 滅べ!」


 ウィチアは醜男に面を向かって、盛大な独り言を声にするが、残念ながら周囲の声にかき消された上、すぐに目をそらした醜男には口の動き一つ確認されなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る