第12話 第三章 呪いという名の誇り

「うるさいな、ウィチア。女の子がそんな大きな声を出してみっともない」


 ミルトは筒のパーツを一度折り畳むと、小さな穴が姿を現す。

 穴の中から小さな金属片を捨てて、ポケットの中から新しい金属片を取り出して、筒に入れる。


「やめろ……ちか、づくな……!」


 ウィチアは痛みの走る右肩を手で押さえようとするが、触れた瞬間に感じる生暖かさが、より恐怖が現実ものと理解させられて、触れることすらためらわれる。

 今は、この男が怖くてたまらない。

 次は何をされるのか、想像と痛みで涙がこぼれた。


「感謝するよ、ウィチア。おかげで遺書を手に入れられた」

「い、しょだと?」

「君もバカな女だね。見知らぬ男にホイホイついて行く。真の目的に気づいておきながらも君は封印を解除した。バカにもほどがある」


 ミルトの優しそうな笑顔はなりを潜め、凶悪な本性を露わにする。

 彼は引き続き、筒の武器をウィチアに向け続けながら、ゆっくりと近づいてくる。


「これはね。僕の父が遺した遺書でね。これがあると困るわけさ。でも君が解いてもらったおかげで、こうして中身を取り出すことができた」

「そんなもののために……!」

「うん?」

「そんなもののために……私に開けさせて……遺書を捨てる気か!?」

「うん。父が死ぬ前に別のものを入れておく。後は、父がいなくなれば僕がエルフェンド公爵だ」

「お前は……そのために封印を解除できる人間を捜していたわけか!?」

「ああ。無学ながら随分と調べたよ。多重の封印をかけられているなら、似た封印を捜したし、封印を解除できる人間を捜した。君との出会いは、まるで神が与えてくれた奇跡だ。ウィチア・バルファムートちゃん」


 ウィチアは落ちている箱を抱え込む。


「それを返せよ、ウィチアちゃん!」

「ぐッ!?」


 ウィチアの傷口をミルトは容赦なく蹴った。

 痛みのあまり、ウィチアは宝箱を手放してしまう。


「いけない子だ。君の薄汚れた犯罪者の血で、僕の靴が汚れちゃったじゃないか」


 ミルトは宝箱を手に取ると、ウィチアの右手を踏みつける。

 激痛のあまり、か弱い女の子の声が漏れる。

 痛みで目から涙が、激痛のあまり閉じることのできない口から涎が零れ落ちる。


「うん。かわいくなったね。いい顔だ」


 ウィチアの顔を見下しながら、ミルトは箱を開けようとする。

 が、彼はすぐに顔を引きつった。


「君はイタズラが本当に好きだね。……何をした?」

「……じょ」

「ん? 君の潰れた声をもっと聞こえる声で聞かせてくれよ」

「アンロックを解除した……。封印術を……元通りだ」


 ミルトは大きな笑い声を上げた。

 そして、すぐに表情が変わる。


「なんてことをしてくれた! ドブネズミ!」


 容赦なくウィチアを蹴る。

 ただの女性でしかないウィチアには、男の暴力など、とてもではないが耐えられるものではない。


「おい、お前。良い子にしていれば飼ってやってもいいぞ」

「私は……私は……ウィチア」

「意識が朦朧としてきたかな?」

「偉大なる、魔女、ウィチア・バルファムートは……お前なんかに飼われなど、しない」


 ミルトはウィチアのとんがり帽子を掴んで投げ捨てると、黒い髪を掴んで持ち上げる。

 痛みで、さらに涙は溢れる。

 メガネも地面に転がり落ちており、視界が霞がかっている。


「お前は醜い犯罪者の血。僕はエルフェンド公爵子息だ。お前が語り継がれるのは、犯罪者の娘という記録だけだ」

「……だろうな」

「認めたかい? 君の汚れた血族を」

「だが今、死んだ時の話だろう?」

「ウィチア。今の君に何ができるのかなー?」


 言葉と同時に、ミルトは筒をウィチアの額にくっつけてきた。


「私は、終わらない……! たとえ、死のうが私は見下した連中共を凌駕する存在へと上り詰める……! 私こそが神だ!」

「情けない顔で妄言ばかりほざくね」


 恐怖で顔が歪む。

 それでも……それでも諦めない。

 たとえ、死ぬかもしれなくても、死ぬほど怖い目にあっても、それでも食らいつく。

 恐怖も、痛みも何度も経験した。

 だから、諦めないという根性を見せるだけだ。


「そんなもので……私を殺せるか」

「この筒は魔法も武術もからっきしな僕のために作った特注品でね。魔導石を金属で叩いた際に発生する魔力で、筒の中の密度を上げて金属片を発射する魔導器ってわけさ」

「魔導器? それはただ金属部品を組み合わせただけのお手製のおもちゃって言うんだ」

「ごもっとも。ただ、分かるだろう? ハンドメイドでお手軽に殺せる」


 痛くて。苦しくて。とてもただの女子が受ける状況ではなくても。

 死ぬかもしれなくても。

 ウィチアは宝箱を開かない。


「ほら。早くしろ。見張りが待ってる」

「お前みたいな奴に……開けるわけない」

「害虫を駆除してやってもいいんだよ? なんにせよ生かしておけないわけだし」

「私の血は害虫じゃない」

「公爵の血に劣るゴミ虫じゃないか。僕の誇り高き血族に劣る下等生物。上手くいけば、僕の血族に入れたかもしれなかったのに、残念だったね」


 ウィチアは……涙を流しながらも、笑った。


「私の血は……誇れる血だ! この血は……パパとママの与えてくれた偉大な血!」


 ウィチアは、動く左手の人差し指をミルトの額にくっつける。


「私は偉大なる魔女、ウィチア・バルファムート。この血は誇り!」


 ミルトは忌ま忌ましげに顔を歪めた後……笑う。

 まるでバカな選択肢をしたとウィチアを見下しているようだった。

 お手製の装置のハンマーを起こし、


「なら呪われた血を誇りながら消えろ。偉大なる魔女」


 ハンマーを倒した。


「……何?」


 二回、三回、ハンマーを起こしては倒す。

 何度倒そうが、ウィチアの額を破片が穿つことはない。


「故障か!?」


 ミルトは筒のパーツを折り畳むと、中から金属片を取り出し、新しい金属片を入れて、再び、ハンマーを倒すが、何も起きない。


「……ちっ! 奇跡に感謝しなよ」

「違う。私が壊した」


 ミルトはすぐに顔を歪めると、筒の持ち手部分でウィチアのこめかみを殴りつけてきた。

 金属による重い一撃は、並大抵のものではなく、痛みと衝撃で脳が揺れる。

 おまけに、髪の毛まで掴まれていて、痛みは肩、顔、腹……どこが痛いのか分からなくなっていたが、それでもウィチアは意識を手放さない。


「何をした!? この武器は、世界にたった一つしかない武器なんだぞ!」

「か、簡単だ。その銃は、金属の塊の中に魔導石の粒をいれて、ハンマーで叩くことで、先端につけた金属を吹き矢の要領で飛ばす武器。ってことは、アンロックで結合状態を解除できる」

「アンロックで……魔導石と金属を分解しているのか……!」


 ウィチアは再びアンロックの魔法を筒にかける。

 その武器は持ち手だけを残して、ミルトの手から落ちていく。

 パーツごとに、バラバラに。


「やってくれたね。アンロックにもこんな使い方があるなんてね」


 口調だけは優しげだったが、かなり怒っているようで、ウィチアの腹が殴られる。

 そして、頭皮ごと千切られる勢いで、ウィチアは地面に投げ捨てられた。


「残念だよ、ウィチア。君から命を奪うのに時間がかかりそうだ」


 ゆっくりとミルトは地面に転がったウィチアに近づく。

 人が怖いと感じたのは、一回や二回ではない。

 それでも、ウィチアは今日までの、この瞬間ほど怖いと思ったことはなかった。

 何をされるか分からない恐怖。命の危険に対する警鐘。

 怖くて、逃げ出したくて、見たくなくて。

 恐怖と痛みに支配されたウィチアにあるのは、早く気絶して、死んで苦痛から楽になりたいという欲求。

 そして、


「私は……ウィチア・バルファムート。偉大なる、魔女」


 死による逃亡も意識を失うことも、魔女と盗賊王の血がもたらす誇りが許そうとしない。

 こんな状況でも諦めたくないという呪いがウィチアを縛って許さないのだ。


「偉大なる魔女は虫けらのように蹴られて死ぬのか。これはいいね」

「私は……ここで終わらない!」


 心臓に再び炎を灯されたように。

 力強く鼓動を刻む。


「食らえ――アンロックッ!!!」


 そして――何も起こらない。


「ははは! アンロックだって!? 攻撃がしたいなら炎ならファイアー。氷ならフリーズだ。アンロックは攻撃魔法じゃない。苦し紛れにもほどがある」

「そうだ。攻撃魔法じゃない……!」

「ふーん。何か宝箱でも開けられたかな? ああ、宝箱を開けたのか」

「お前、バカだな。アンロックは結合状態を解除できるのを忘れたか」

「でも、もう解除できるものなんて他に――」


 ミルトは上を向く。

 先ほどまで探索を行っていたフロアの床――すなわち天井を。


「まさか、そんなハズは……!? 天井の結合状態を解除したというのか!?」


 すぐに変化は訪れた。

 ミルトの頭から天井が崩れてきたのだ。


「バカなっっっ!? 嘘だっっっ!? アンロックしかできない奴にッ!!!?」


 大量の石がミルトの上に落ちる。

 叫び声と断末魔と崩壊する音が同時に聞こえ……。

 ――目の前には瓦礫の山と、穴の空いた天井のみになる。

 その瓦礫の山は、ポッカリと穴の空いた天井まで手が届くほど積み重なっており、瓦礫の下にはミルトの手が飛び出していた。

 その手は……動かない。


「痛いよ……私、死ぬのかな……?」


 ボロボロになったウィチアは、割れたメガネも、土埃で汚れたとんがり帽子も拾わずに、意識を朦朧としながら瓦礫の山を登る。


「私、死ねない。だって、まだ何も成してないよ……。私は、死ねない……私は……」


 うわごとのようにウィチアは繰り返す。

 自分の生きた証し。まだ手に入れていない、生きた証し。

 ただ、それだけのために、何度も何度も。

 どこに向かっているのか分からなくなっても、ウィチアは自分に言い聞かせるためだけに、無意識に自分の名前を繰り返し続けた。

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