第11話

 隠しフロアは、特別入り組んだ通路になっているわけでもなく、一本道だった。

 影の魔物たちも姿を現さない。

 もちろん、奇襲を受ける可能性もあるので、慎重に行動するに超したことはないが。


「行き止まりだ」


 ミルトは興味なさげに呟く。

 目の前には壁と宝箱。

 封印がかけられたタイプで、錠前を壊したり針金を使ったりなど、道具では解錠できないタイプ。

 この手の宝箱こそウィチアが得意とするアンロックのみしか通用しない。


「ふふん。このウィチア様の魔法が再び真価を発揮する時間か」


 上機嫌になるウィチアだったが、封印も普通にありふれたものだった。

 要するにアンロックさえ使えれば誰でも解けるもの。


「けっ。つまらねえ」


 壁も特に変わった仕掛けがない。

 本当に宝箱一つだけだった。

 ウィチアは宝箱に触れることなく人差し指を向ける。

 途端に宝箱は青白い光を放ちながら中身を残して消えていく。


「浄水の魔導器か。まあまあの代物だな」


 手の平よりも大きなそれを拾い上げる。

 ハズレではないが、宝と言うには少し過剰気味に流通している代物だった。

 流通数が多いものは、必然的に値段も安くなる。

 希少な魔導器や大きな魔導石が欲しければダンジョンの地下に潜れということだ。

 この程度の隠し部屋では、大したレアものは見つからない。


「ウィチアさん。これを見てくれ」

「ん?」


 ミルトは両手に木製の宝箱を乗せていた。

 一見するとただの木箱のようだったが、ウィチアはすぐにかけられた封印に狂喜した。


「多重に封印をかけられているな!」


 ウィチアは宝箱をミルトから奪い取ると、黄金でも手にしたかのように掲げた。

 本当の黄金は中身ではなく、この外箱こそがウィチアにとっての真の宝。

 嬉しくてたまらない。


「待ってくれっ! それは僕の物だっ!」

「すまんすまん。すぐに解除してやるからなー命の封印術ちゃーん」


 ミルトが表情を曇らせる。

 ウィチアにとっては何もかもがどうでも良かった。

 この普通の人間であれば解除することが非常に困難な難敵を前にすることができた歓喜の気持ちでいっぱいだからだ。


「よし。封印素人のために、このウィチア様が封印術の講義をしよう!」


 ウィチアはつんつんと宝箱の蓋部分をつつく。


「まず、ダンジョンでの宝箱は二種類ある。一つは錠前タイプで木製。もう一つは、木製ではないやつで、封印術がかけられたもの」

「…………へぇー」


 ミルトは動揺しているのか、涼しい顔を装いつつも冷や汗を流し始めた。

 どういう意味か分かったようだ。


「そう! 木製は錠前がついていて、針金かアンロックで無理矢理こじ開けられるタイプしかない! ないんだよ。木製で封印術がかけられた宝箱はな!」


 木製のものは、ダンジョンの不思議な力で生まれても、特別な封印をかけられていないので、容易に開くことができる。

 金属製のような光沢のある宝箱は、様々な種類の封印がかけられており、箱自体が封印術と言っても良い代物。

 では、木製で特別な封印をかけられたものとは。


「じゃあ、君は、これはダンジョンのものじゃないと言うのかい?」

「ん。大方お前が持ち込んだんだろ。どうせ、ダンジョンの宝に偽装して開けさせるために」


 図星だったようで、ミルトは目をそらした。

 推理せずとも、これはミルトがわざわざウィチアに鍵を開けさせるための罠で、直接頼まずに、ダンジョン内で偶然を装って鍵を開けさせたかった……つまりは、ダンジョンの外で解錠させるのがマズイものだったのだろう。

 ウィチアにはどうでもいい情報だが。


「ま、宝箱一つの常識ねーってことはどうでもいいとしてだ。次にこの封印だが、多重の封印に命の封印までかけられているな」


 ミルトは、平静を装いながら、笑顔を見せてきた。

 知らぬ存ぜぬを押し通す気なのか。

 まだ、ウィチアに解除する意思があることを悟ったのかは分からないし、人の心のアンロックができないウィチアにはどうでもいい情報でしかない。


「それで、なんだい。命の封印術っていうのは?」

「ま、見てな」


 ポケットから杖を取り出して、宝箱をつつく。

 しばらくすると宝箱にかけられた封印の術式が綺麗に浮かび上がる。

 まるで異国の言語が帯のようになったそれを、ミルトは不思議そうに見ていた。


「これが封印?」

「まあな。この言語がどこで使われている言葉で、どう読むのかは知らんが、意味は調べまくった」

「どうやって調べたんだい? こんな魔法、僕も初めてみるが」

「ただのアンロックを可視化しただけだ。数々の封印を見比べていれば、読めなくとも効果が分かる。この線は魔力の濃い……二十代くらいの男性で封印術に心得がある。この線は聞きかじった程度の女だな、ところどころ術式が崩れているから、自然消滅する。そんで次が――」


 ウィチアは杖を指しながら封印を一つずつ解説しているが、早く本題に入れと言わんばかりでミルトは見つめていた。

 浮かび上がった文字の帯。その中でも一際太いものを。


「で、これがお前が解きたかった封印な」

「……命の封印術ってなんだい?」

「術者の命を引き換えに解除される、超高等術式の一種だな」


 ウィチアは少しにやけながら、帯を杖の先端でなぞる。

 いい子だ。健気に術者の言うとおり、箱を守っているぞと。


「本来であれば、術は術者の命を絶たない限り解けない。普通のアンロックでは無理だ」

「ということは、術者が死ぬ以外に解く方法がないってことかい?」

「本来はそういうことだ。本来なら、な」


 ウィチアは少しずつ、丁寧に術式を辿る。


「この術式は術者の心臓にかけられ、術者の心臓が止まって初めて解除される。封印と術式が常に繋がっている状態ってことだ」


 術を辿っているうちに、封印の核部分を発見する。

 ウィチアは杖を媒介に魔力を集中させる。


「この術式を解くためには術者の心臓を止めるしかない、ってのが世間一般のバカ共の話! このウィチア様にとって、術と術者の心臓に繋がる術式を誤魔化すことくれえ余裕だっつーの! アンロックを究め続け、研究してきた私には造作もない!」


 一気に杖を振ると封印の核はガラスが叩かれたように崩れ、封印の帯は、紐が重力に任せて落ちるように、するすると落ちていく。


「ははは! 封印術め! 術者が死んだと誤認しやがった! ざまあみやが――」


 音が響く。

 何か、金属同士がぶつかるような乾いた音が聞こえた瞬間、肩に焼けるような痛みが走る。


「……っ! 何を……!?」


 何が起こったか分からなかった。

 衝撃と痛みで、ウィチアは地面に倒れる。


「さすがだよ、ウィチア。君の魔法は素晴らしかったよ」


 ミルトは見たことのない筒状の何かを握っていた。


「でもね。開けたら用済みだよ」


 その筒は、持ち手部分とハンマーのようなパーツが取り付けられた変わった形の武器だった。

 ウィチアは、自身が作った血溜まりの上で、焼き付くような強烈な痛みと、恐怖と涙が遅れてやってきて、命の恐怖のあまり叫ぶのだった。

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