第8話 第二章 初めてのダンジョン

 ウィチアはアロマの魔導器と音楽の魔導器に包まれながら優雅に目を覚ます。

 快適な部屋での快適な睡眠は、心地よい朝を迎えることができた。

 手の平ほどの大きさで、見た目は完全に人間と変わりのない、メイドの格好をした人型ゴーレムの魔導器が、ウィチアのローブとメガネをいそいそと運んでいる。

 ゴーレムが一礼すると、すぐにメイドたちがウィチアの部屋にまでやってきて、服の着替えから、髪をとくまで全てをやってもらう。

 自身の着ていたローブも花の香りがふんわりと漂い、夢心地の気分にさせる。

 気分良く寝室から出たウィチアの目の前に、ミルトが寝室の前に立っていた。


「昨日は良く眠れたかい?」

「そりゃーもう! 今までにないくらいグッスリと!」


 ウィチアは、もはやミルトとの玉の輿を夢見ていた。

 この男性と結婚まで進めば、将来など約束されたようなものだ。

 もっとも、今ウィチアが愛しているのは目の前にいる男性ではなく、男性の持つ金であるが。


「もしよろしければ、君が登録しているギルドを紹介してくれないかな?」

「もちろんすぐに! 今すぐに!」

「後、都合が良ければの話だけど。今日、ダンジョンに行ってみないかい? もちろん、君の予定もあるだろうけど、僕も一人の冒険者としてダンジョンを巡ってみたい」


 不思議な男性だった。

 これほど裕福な家庭で暮らしておきながら、命に関わるダンジョンへ冒険しに行くのは珍しい。

 ダンジョンは一攫千金を狙えるが、公子がダンジョンに行かなくとも、魔導器を手に入れる方法などいくらでもあるだろうに。


「僕はダンジョンが好きなのさ。毎日変わる迷宮。毎日変わる仕掛け。未だに誰が作ったのか分からない神秘性がね」

「ダンジョン探索は趣味?」

「もちろん、趣味以外にも実益を兼ねた仕事としてもだよ。良いものは自分で手に入れたい。君に尋ねた封印された剣も、実際に目で確認して価値を見たかったんだ」


 残念ながらと付け加えながら、ミルトは言った。


「すでに君に売られてしまったけどね。一度でいいから剣を見ておきたかった」

「ふーん。そんなにどこぞの誰かが仕掛けたか分からん剣が欲しかったのか……ですか?」


 失礼な普段の物言いと敬語の使い分けが上手くいかない。

 ウィチアは世渡りというのが上手い方ではないのだ。


「うん。不思議じゃないか」

(アレが? あんなしょーもないものが?)


 ミルトや世間の言うような神秘性を剣から感じられなかった。

 使っている封印も人工によるもので、一見すると複雑な術式のようだったが、複数の封印術が重ねがけしているようだった。

 むしろ、イタズラで剣を刺して封印し、便乗する形で封印をさらに上乗せに加えて、噂も上乗せされたというのが真相だろうが、ロマンを潰すと悪いのでウィチアは黙っている。


「でももういいんだ。僕は君と共にダンジョンへと冒険してみたい。だから、ギルドに案内してくれないか?」

「ああ、じゃなくて、はい」


 未だに慣れない答え方。馴れ馴れしく接すれば良いのか、無理をしてでも敬語を使うべきなのか、戸惑っていた。


 ギルド。

 それは組合であり、組合に登録せずに勝手に事業を展開してはいけないのがルルラシア王国の決まりである。

 ダンジョンを探索するためには、どこかのギルドに登録する必要があるというわけだ。

 そのため、ウィチアを新たにパーティーに加えたミルトたちが、登録のためにウィチアのギルドへと赴く。


「いらっしゃいませー。あら、ウィチア?」


 木造建築のウィチア所属ギルドに到着すると、女給の格好をしたセレスが出迎える。

 が、いつもと違うウィチアに、表情をいつもと少し変えた。


「やあ。受付担当は君かな?」


 ミルトが挨拶をすると、セレスはいつも以上に深々と、そして勢いよく頭を下げた。


「こ、これはこれはエルフェンド公爵子息様! 当ギルドにお越しいただきましてありがとうございます!」

「そうかしこまらなくていいよ」

「恐縮です!」


 セレスはまた一礼すると、顔を勢いよく上げる。

 髪も頭の動きに合わせて動き、ウィチアは相変わらず忙しい奴だと思った。


「今日はこの面子で冒険に行きたい。許可を頂けるかな?」


 ミルトは連れてきた従者とウィチアに一人ずつ手を向けて人数を数える。

 ウィチアなら人に向けて容赦なく人差し指を向けるのに対し、育ちの良さを感じさせた。


「僕含めて六名だ。早速、魔導器を持ってきてくれるかな?」

「はい。ただいま!」


 セレスは狭いギルド内を駆け巡り、小さな魔導器を持ってきた。

 ミルトの前に立ったセレスは深々と礼をしながら魔導器を差し出す。


「こちらになります。子息様はエルフェンド公爵家の登録で間違いないですよね!?」

「ありがとう。うん、そうだ」

「なら、事前認可は必要ありませんね!」


 セレスの持つ魔導器に取り付けられた魔導石の部分に触れる。


「はい、臨時登録が完了しました!」


 ミルトは一度頷いて、魔導石の部分から手を離す。

 ギルドに到着してから一言も喋っていないウィチアはゆっくりとセレスに近づくと、声を押し殺しながら問いかける。


「おい、なんだそれ?」

「登録の魔導器よ。ウィチア忘れたの?」

「知るか。私は一度もダンジョンに行ったことがないんだぞ」

「あー……これ、説明が長くなるんだけどね」

「じゃあいらん」


 セレスから離れようとしたウィチアだったが、すぐに肩を掴まれた。


「冒険者様。これからギルド登録の説明をいたします」

「おい、私はこのギルドに登録してるだろーが!」

「していません。一度目の登録の際にアンロックの魔法で壊してしまわれましたから」


 ウィチアは初めて来た時に、セレスから同じ魔導器を差し出された気がする。

 そして、ウィチアは説明も聞かずにアンロックの魔法をかけてしまい、壊してしまったことまでも思い出す。


「……たしか、そう。魔導石に触れることで、個人の魔力を感知、それを魔導石が……えーっと」

「魔導器を通じて、魔力へと変換して空気中に流します」

「あーそうそう。そんでアンロックで断ち切ってやったんだっけか」

「ええ。お陰様で高くつきましたよ。お客様?」

「そうそうっ! そして、別の魔導器で登録情報を確認できるんだよな! ギルドにちゃんと登録されているかどうか、商業上の問題にならないように!」


 セレスはウィチアのとんがり帽子を取り上げると、「よしよし偉い子」と撫でてきた。

 バカにされたような気がしたウィチアは、腹に向けて拳を入れようとしたが、セレスに軽々と受け止められる。

 拳で戦う彼女に、魔女が拳を入れたところで適わないのが世の道理か。


「それで僕が多重登録したことでギルド同士で揉めないために、一度事前認可の有無を聞かれたわけさ。もっとも、僕はギルドじゃなくてエルフェンド公爵家で登録されているから関係ないけどね」


 要するにミルトは、ギルドに登録する存在ではなく、個人でギルドのような登録ができるというわけか。

 そして、今回、パーティーを組むのに当たって、事前にウィチアのギルドへ臨時登録に来たということだ。


「ん? 金持ちは除いて個人で事業を開くのは禁止なんだろ?」

「ええ。税金の関係もあるし、価格競争防止のためにね」

「……なら私の鍵開けはどうなる?」

「闇商人ね」

「犯罪じゃねーか!? どーして教えなかった!?」

「だって、ショバ代回収できるし」


 セレスは悪びれずに言った。

 世の中金だと言いたいのか。


「冗談はさておき、そういう闇商人なんて、今時普通だしね。厳重注意で済むんじゃないかしら?」

「こっちとらクリーンな存在でアピールしてんだ!」

「口は汚いのに?」

「悪かったな、出てくる言葉が汚くてよォ!」


 とにかくと仕切り直し、ウィチアはセレスの持つ魔導器の魔導石部分に手を触れる。

 しばらく待つと、セレスはため息を吐いた。


「ああ、またなの……」

「またってなんだ。今度は壊してないぞ」

「違うのよ。あなたの魔力がまたゼロだったのよ」

「あんだと……?」


 ウィチアの記憶が蘇ってくる。

 登録の魔導器は、セレスのような受付担当の資格を持っている人間が、読み取りの魔法を使うことで、登録した人間の魔力の量や、個人情報を魔導器から分かるらしい。

 そして、初めてこのギルドに登録した際に、何かの間違いだと怒りながら壊してしまったのだった。


「私は偉大なる魔女だぞ! そして、私は現にアンロックの魔法が使えている! それがどうしてダメだってんだ!? ええっ!?」

「落ち着きなさい! 今度壊したら承知しないわよ!」


 見せつけられた拳を前に、ウィチアは抗議を続けることができなかった。

 圧倒的暴力。圧倒的弾圧。

 有無を言わさぬ力による言論規制を前に、言葉を紡ぐことができなくなった魔女が黙ったことを確認したセレスは解説を続ける。


「そもそもの話、魔力がゼロなのにアンロックが使えることと、登録の魔導器にちゃんと読み取れているというのがおかしいの」

「なるほど。魔力がなければそもそも登録の魔導器は送信できないし、魔法も使えないわけだね」

「さすがに詳しいですね。ウィチアの使う魔法は普通の人と性質が違うのかも」

「魔力がゼロの場合は、代わりに君が登録の魔導器を使ってくれるんだよね?」

「はい。本来であればの話ですが。ウィチアは例外中の例外です」


 二人はウィチアを無視して呑気に考察しているが、ウィチアは介抱して欲しかった。


「お、おい。私は無視か!?」

「少し静かにできないのかしら?」

「この私をぞんざいに扱いやがって! そもそも私の魔力が一般人と違うってことは、このウィチア様の魔力はお前らとは違うだけで無限の可能性があるってことだろう!?」

「それは無理だと思うわ」

「どうして!? 不明なんだろ!?」

「だって、アンロックしか使えないもの」


 ウィチアはぐうの音も出なかった。

 そして、セレスはミルトに向かって口を開く。


「エルフェンド公爵子息様。ウィチアには、アンロックの才にしか恵まれていません。それでもダンジョンへ?」

「ああ。彼女には力を秘めている可能性があると言うなら、僕はワクワクするよ。未知の探究心ってやつかな」

「アンロック以外の可能性は微塵もないと思われますが……ウィチアはダンジョンへ潜った経験がありませんので、ご指導していただけると、ギルドとしても助かります」

「もちろんさ」


 白い歯を輝かせるミルト。

 ウィチアは、「お前お荷物だから」と言われているような気がして、腹が立ったが、力による恐怖でお腹が痛くなり、言い返す気力が湧かなかった。

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