第7話
「ふぅー……いい湯だぁー……金持ちになった気がする……」
ウィチアは一人、広い風呂の中でくつろいでいた。
ウィチアの下宿先とは比べものにならない広さのバスルームに、贅沢にバラの花まで浮かべられている。
「しっかし、どうして私を捜し回ってたんだろーな?」
人の屋敷のバスルームであるにも関わらず、ウィチアは独り言を呟いた。
だが、そんなことはいまさらどうでも良かった。
大事なのは彼が金持ちで、金持ちの人間から招待されるという千載一遇のチャンスが巡ってきたという事実のみだ。
「ま、どーでもいっか。私は偉大なるまじょー。私がさいきょー。私がでんせつぅー」
風呂の中で歌えば、より気分が良くなる。
昨日まで食べるもの一つ困っていた生活からおさらばできたような気がしたからだ。
人生で一発逆転はあるのだと、初めて知ったウィチアは、広い風呂の中で泳ぎ始めた。
『ウィチア・バルファムート様。お召し物をご用意しました!』
「苦しゅうない! 苦しゅうないぞ!」
『は、はぁ』
バスルームの外から聞こえてきた声に返事すれば、戸惑った女性の声が返ってくる。
もはや、ウィチアは一城の主になったような気がした。
バスルームから出たウィチアは、タオルを持った多くのメイドたちに一斉に拭かれた。
初めは何ごとかと戸惑ったウィチアだったが、すぐに順応し、メイドたちに為すがままに髪をといてもらい、手をマッサージされながら美しいドレスを着せられた。
初めに着ていた魔女が魔女たる象徴と言える黒いローブは洗濯に出されているらしい。
女性用のドレスに身を包んだウィチアは、案内されるがままに豪華な部屋へと招待される。
部屋の真ん中には純白のテーブルクロスがかけられた大きな机が鎮座しており、ミルトは机の隣に立っていた。
「よく似合っているよ。バルファムートさん」
「こーゆーのはよく分からないけど」
ドレスの裾を摘んでみるが、スカートとも違う違和感にウィチアは歩き方一つ分からなかった。
立っているとドレスが破れないかと不安に思いつつも、すぐに忘れて椅子にどかっと座る。
「大胆だね」
「ん? あ、え、えっと、こういうのに不慣れで」
よく分からないまま、ウィチアは席に座ったまま謝罪した。
このようなチャンスが巡り巡ってきたとはいえ、テーブルマナーどころか一般常識すら疎いウィチアには、正しい行動と無作法がまるで分からなかった。
何がいけなくて、何をすればいいのか分からないのだ。
「いいよ、遠慮しなくても。僕のこともミルトと呼んでくれ」
「そうか。じゃなくて、ええっと、子息様に申し訳ない……です。はい」
反射的にミルトにタメ口を利きそうになるが、なんとか誤魔化す。
だが、慣れぬ敬語や言葉遣いにウィチアは限界だった。
そもそも敬語など使わずに世渡りをしてきたウィチアには、乱暴な言葉しか使えない。
「食事を。ワインも持ってきてくれるかな?」
部屋にいるメイドにミルトが指示を出す。
うやうやしく一礼すると、すぐに部屋から出て行き、すぐにワインボトルを持ってきた。
「さあ、ウィチアさん。乾杯しましょうか」
そう言って、ミルトはワインボトルを手に持って、コルクを抜こうとするが、ビクともしない。
一見するとボトルと格闘しているように見えるが、ウィチアからすれば三文芝居だった。
「おい。なんのつもりだ」
ウィチアはすっかり頭の中から敬語を使うことを忘れてしまっていた。
「コルクが固くてね。中々取れないんだ」
「違う。この私を試すような真似をして、なんのつもりだと聞いている」
ウィチアがアンロックの魔法をかけると、ミルトの手の中にあるコルクがボトルから離れる。
わざとらしい演技をして見せて、いったいなんの目的か。
大方予想のついているウィチアは、腕を組んで泰然自若とした然でミルトを見つめる。
「結構。さすが、グロウディア・ソーサレスの娘だね」
「わざわざコルクに封印術をかけたと思えば。私の実力を測るのが目的か」
「ご明察」
ミルトはゆっくりとウィチアの目の前に置かれたグラスの前でワインを傾ける。
ワインを注ぎ終えると、ミルトは響くような指パッチンと同時に、魔導器が音楽を奏で始め、メイドが料理を持ってきた。
ミルト自身が魔法をかけた様子はなかったので、周囲の人間が魔法をかけて動かしたのだろう。
ギルドでの食事とは大きく異なり、静寂な空気の中に音楽が漂い、心地よい気分にさせる。
「グロウディア・ソーサレス。この世にある全ての魔法は、彼女が基礎を作ったとされる」
「私を産んで、あっけなく死んだがな」
「……すまない、不謹慎だった」
「気にしてない。百歳を超えた超高齢出産だったんだ。仕方ない」
百年を生きた魔女が、出産一つでぽっくりと死んでしまったというのも不自然な話で、眉唾ものではあるが、こうしてウィチアの前に一度たりとも姿を見せたことがない以上、彼女は死んだのだろう。
ウィチアはそう納得している。
「――本題を話そう。君には僕のパーティーに入って欲しい。その力を僕に貸して欲しい」
ウィチアは傾けていたワインを机にすぐに置いて乗り出す勢いで前のめりになる。
「なに!? 本当か、それは! 断る理由なんかねえ!」
「ははは。なら話は決まりだね」
長年、一人でパーティーにロク入れなかったウィチアからすれば、このような話は願ってもみないことだった。
この奇跡のような出会いに、ウィチアは偉大なる魔女への第一歩である……そう感じていた。
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