第6話

 陽が暮れて、夜になり街中のベンチに腰掛ける。

 木製のベンチは冷たく、魔導器の街灯で明るく照らす。

 ベンチの上で一人、項垂れているウィチアには、街灯がウィチアだけ照らしていることも相まって、世界から孤立しているように思えた。

 ウィチアだけに光は当たり、光のない闇には何も見えない。

 暗い場所から明るい場所は良く見えるのに、明るい場所から暗い場所は良く見えない。

 それは、孤独と孤立したウィチアの世界を端的に表しているかのようだった。


「クソ……どいつもこいつも。私は偉大なる魔女だぞ。どうしてこんな目に」


 ウィチアは夜の寒さから、炎の魔法を使おうと杖を取り出す。

 が、ウィチアのひん曲がった杖からは、ロウソクに灯せるほどの小さな火も浮かばない。


「私は盗賊王ガルム・バルファムートと偉大なる魔女グロウディア・ソーサレスの娘だぞ。実力あるカリスマと百年生きた魔女から産まれた娘が、どうして火の一つも使えない」


 自身の手を見つめ続けるが、全く変化は起きない。


「クソ……クソ……! どうして、私には力がない……!」


 偉大なる魔女、ウィチア・バルファムート。

 嫌いなものは、見下し差別することしか能のない愚かな人間共。

 そして、本当に憎いのは、力がまるでない自分自身だった。

 力が欲しい。全ての人に見返してやりたい。

 そして、認めて欲しい。

 世間に認められるためならば、ウィチアはなんでもする。

 咎められようが、世間的に問題のある行動も……時と場合によれば行う。

 それくらいで容易に目的が達成できるのであればの話だが。


「パパ、どうすればいいの? ママ、帰ってきてよ。教えてよ、魔法を」


 弱々しく両手に息を吐くウィチア。

 魔法はアンロックしか使えない。

 父のような犯罪者になる道も選ばないし、選べるだけの力もない。

 母のような魔法を使うにも、魔法の始祖とも言われた母のような才能もない。


「上手くいかないよ……パパ。ママ」


 ウィチアを苦しめるのは、両親の存在だ。

 ウィチアから今、部屋を奪ったのは父親。

 ウィチアがヒドい目に遭うのは両親の血が、存在が、呪いのようにつきまとう。

 父よ、どうか娘には関わらないでおくれと願えども。

 母よ、どうか娘には力を教え給えと願えども。

 全て叶わない、届かない。


「違う。二人は憎くないよ。憎いのは私だ」


 両親は憎くない。

 尊敬する存在を少しでも憎むような考えに至り、自分を恥じた。

 それこそが、一番の呪い。

 犯罪者の両親を狂信し、自らを否定する。

 客観的に自分を見ても、ウィチアは異常なほど両親を尊敬していた。

 たとえ、罪を犯した二人と言えども、二人は前人未踏の領域を歩んだ二人。

 その事実だけは決して、ウィチアに嘘を吐かない。


「そうだ。私はウィチア・バルファムート。天才にして、偉大なる魔女。この程度で諦めるか、ボケが!」


 ウィチアは暗闇になりゆく街で叫び続ける。それがウィチアの生き様。

 決して諦めない、決して何度、追い込まれても立ち上がるという生き方。


「あ……腹減った……」


 叫ぶと、腹の虫が負けず劣らずの鳴き声を上げた。

 今日の売り上げはゼロ。

 食わず飲まずで一日を過ごしていた。


「あーもう! どっかの公爵子息とか声をかけてこねえかな!?」


 いつもの調子を取り戻し、ぎゃあぎゃあ騒いでいると、しばらくして何人かがウィチアの前に現れる。

 通行人は、ウィチアを見ると、過ぎ去らずにそのまま立ち止まった。

 あからさまに用がありそうだったが、ウィチアがあまりにも一人で騒いでいるので奇異の視線を向けてくる。


「もしもし、そこのお嬢さん」

「あ!? 私は今、虫の居所が悪いんだ! アンロックしてやるぞッ!?」


 ウィチアは立ち止まった者たちの中の一人、装飾が派手な男に杖という名の枝を向けた。

 男はアンロックで何ができるのだとでも言いたげな戸惑った顔を見せた後、姿勢を正す。

 本来は人にかけられるような魔法ではないのだ。本来ならば。


「ウィチアさん。僕だよ。今日、声をかけた」


 装飾が派手な男の顔を見ても、特には思い出せない。

 男など、ウィチアには見分けのつかない人種だった。


「……思い出せないかい?」

「知らん。野郎なんて全員、同じ顔に見えるからな」

「封印された剣について聞いた男だよ」

「思い出せるか」

「……じゃあ、用件だけ話させていただきたい。まずはその杖を下ろしてもらってもいいかな?」


 仕方なくウィチアは、杖を下ろして、男の話を聞くことにする。

 装飾の派手な男が言うには、非礼を詫びたいだとか、封印された剣の売り先について聞きたいなど、矢継ぎ早に言葉を並べる。

 だが、どんなに派手な装飾をされた言葉を使おうが、ウィチアにはただのお世辞か、目的を言うための前振りにしか聞こえない。


「で、結局、お前は何が言いたい?」


 その一言で、派手な男は姿勢を正した。

 後ろにいる仲間と思わしき男二人と、女一人も同じく背筋を伸ばす。


「僕はエルフェンド公爵子息、ミルト・エル・エルフェンド。後ろの二人は僕の冒険を支えるパーティーの面々であり、僕の従者だ」


 後ろに控える三人は、特に従者らしい身なりには見えなかったが、ミルトという男だけは、キラキラ光る装飾が、彼が公爵子息であることを証明しているようだった。


「今日は従者が失礼した。そこで、詫びと商談を兼ねて、ゼヒうちに来て欲しいのだが」


 ウィチアは、勢いをつけて公爵子息の両肩にしがみついた。

 願ってもないチャンスが訪れたウィチアが、この機会を逃がすはずがない。


「この偉大なる魔女、ウィチア・バルファムートで良ければ、なんでも話を聞きますよ!」


 食らいつくようにミルトの両肩を掴む。

 彼は、口元が少し緩んだかのような笑い方をした後、「痛い」と言ってウィチアを引き剥がした。


「まずは謝らなければ。本当に心ない言葉で傷つけてしまい、申し訳ない」

「いや、別に私は気にしてない。そりゃーもう、全然!」


 本当に今は気にしていない。

 目先に転がってきた金の話に目が眩んで。


「ああ、安心した。君を捜している間、ずっと君への謝罪の言葉を考えていた。こうして罪深い僕たちを許してもらえて、安心したよ」


 ウィチアは見えぬよう口元を釣り上げて笑った。

 これは神が与えてくれたチャンスなのは間違いないと。

 これほどまでに美味い話があっていいものか。


「もしよろしければ屋敷までどうかな?」

「いいのか?」

「もちろんだとも」


 ウィチアはこのような巡り合わせに出会えたことが嬉しくてたまらなかった。

 だからこそ見ず知らずの男の誘いにも警戒心なく頷き、ついて行く。

 偉大なる魔女には必然的にチャンスが転がり込むように世界はできているのだ。

 なぜ、この男はウィチアを家に招待するなどと言い出したのか、深く考えもせずに。

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