第5話

 力の限り街中を走るウィチア。

 親の経歴一つで、ウィチアに差別的な言葉や攻撃をする者が大半だった。

 アンロックしかできないことも相まって、どこにも居場所がないのだ。


「クソ! どいつもこいつも私をバカにしやがって……!」


 下宿先も油断していたら、どうなっているか分からない。

 過去には、ありとあらゆる罵詈雑言が書かれた紙が、所狭しと壁に貼られたこともある。

 刃物や、爆発する術をかけられた危険物を送りつけられたことも経験した。

 ヒドい時はナイフで殺されかけ、命からがら逃げ出した経験もある。


「クズ共め! 今に見てろ……! 私の偉大なる血と偉大なる魔法を前に、崇めろ! 敬え! そして滅べ!」


 呪詛の如く、叫びながら街角を走る。

 誰も理解してくれない。

 誰もが、ただの小娘に等しい彼女を、異分子として排除しようとしてくる。

 もはや、この世界にウィチアの居場所などなかった。

 それでも――


「泣きわめけ! この私が、偉大なる魔女だと! 歴史に残る犯罪者の娘は、歴史に残る誇れる魔女になるのだ! わははは!」


 ウィチア・バルファムートは決して、産まれた両親をバカにしない。

 たとえ、どれだけ両親の存在を汚く言われようと、自分の出自を偽らないで誇る。

 自分には、アンロックの才しかなくても、それでもいつか大逆転を起こす。

 それが、ウィチアの生き様であり、生きた証しだと信じて……走るのだ。


 家に着いたウィチアだったが、果たして、下宿先はいつもと変わらぬ姿を保っていた。

 少し疲れたウィチアは、下宿先の料金をどうやって支払うかを悩みつつ、木製の小さな部屋のドアを開ける。


「はぁー……疲れた……」

「おっ! お嬢! お帰りなさいやせ!」

「ん。……ん!?」


 ウィチアは本来ならば同居人のいない部屋で、誰かの声がしたことに驚き、ポケットにしまった杖――と、呼ぶよりも、ひん曲がった枝と呼んだ方がしっくりくる棒――を構えた。

 ウィチアの小さな部屋は入り口を曲がって一室あるのみ。

 曲がり角から飛び出し、ウィチアは侵入者に向けて杖を向けた。


「おい! なんだこれは!?」


 目の前に広がる無数の荷物が山になっている。

 しかも荷物だけではなく、知らない男たちがウィチアの部屋を踏み荒らしていた。

 盗賊か。しかし、その割には住人が帰ってきた時に慌てもしなければ、口封じも行わない。


「お嬢! お久しぶりっす!」


 その中の一人、頭にスカーフを巻いた髭面が、手の平を見せて下に突き出す

 仁義を切る、というやつか。


「お前らは?」

「お控えなすって。手前、バルファムート盗賊団、盗品管理部門のグスタム。お見知り置きをっす」

「知るかよ。人の家に上がり込んでなんのつもりだ」

「実はアジトに荷物が貯まりまして。そこでお嬢の下宿先に荷物を置かしていただいて次第っす」

「ふざけんなっ!? 誰の許可を得て荷物を入れた!」


 ウィチアが叫ぶと、グスタムも盗賊団の面子も驚き、ビクリと反応する。

 なにを当然のような面をして、女子の部屋に侵入しているのだ。女子らしさはないが。


「私の住む部屋に荷物を持ち込んだぁー!? ふざけんな! 鍵は!? 鍵はどうした!?」

「あのくらいなら、アンロックで余裕っす」


 ウィチアは頭を抱えた。

 魔法による発展は、犯罪の抑制どころか多様化を見せつけ、対処を難しくする。

 ウィチアのアンロックは、何も専売特許ではない。

 誰もが初めに覚える基礎魔法だ。


「お前たち。泥棒の真似事をしてどうなるか、分かっているな?」

「俺たち泥棒っすから。本物の」

「黙れ! パパに言いつけてやるぞ! 娘の部屋を荒らしたってな!」

「と、言われても困るっすね」


 グスタムや盗賊団の面子は顔色一つ変えない。

 ウィチアは誰が命令を下したか分かってしまった。


「首領の命令っすからね。言いつけられても仕方ないっす」

「ざけんなっ! パパめ!」


 今にも豪快なヒゲオヤジが響き渡るような笑い声を出しているのが目に浮かぶ。

 あの男なら、娘の部屋に荷物を置いたり、拠点に変えたりすることも頷ける。

 というか真っ先に命令する。

 別に悪い人ではない――と言うと完全に語弊はあるが、少なくともウィチアの邪魔はしつつ、ウィチアの手助けをこっそりとする難儀な人だった。


「お嬢。最近はおなごを狙った犯罪も多いっす。俺たちがいれば安心っすからね」

「うるせえ! おなごを狙う犯罪者はてめえらだ!」


 指摘してやると、ウィチアと目を合わさなくなる盗賊団の面々。

 心当たりしかないと言ったところだ。

 たしかにウィチアの部屋に野郎を集めるのは心持ち、頼りになるようにも見えるが、相手は野郎共で、犯罪者。

 とてもではないが、同居人としては不安要素しかない。


「とにかく、出て行けッ! ここは私の部屋だぞッ!」

「と、言われても、俺たち、管理人に料金の支払いを済ませたっすから。今、この部屋を借りてるのは俺たちっす」

「なっ……!? バカな……! 私が住んでいるのを承知で、許可しただと……!?」


 普通、人間が暮らしている下宿先に、他の人間に明け渡すのはあり得ない。

 しかも、うら若き乙女であるウィチアの部屋に、見た目も態度も考えも犯罪者な連中を入れるなど、どうかしているとしか言えなかった。


「そりゃー、俺たちがお嬢の滞納金を支払ったっすからねー。文句を言えないっす」

「ち、違う! 滞納していたんじゃない! 明日には払おうと!」

「それを毎日言ってるから、あっさり俺たちに明け渡したんっすよ。知り合いパワーも相まって、あっという間っす」

「うるせえ! お前たちクズ共と私は無縁だ!」


 ウィチアはその場で回れ右をすると、逃げ出すように走り出した。


「お嬢! どこに行くんっすか!?」

「お前たちと一緒に住めるか! 犯罪者共め!」


 ウィチアは扉を開けて、陽の沈む街を走る。

 どこかに行く当てもないのに、止めようとする盗賊団の面子を無視して駆け抜けた。

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