第4話 第一章 ウィチア・ザ・グレートソーサレス

 魔導器と、それを動かす動力源たる魔導石によって発展せし国、ルルラシア王国。

 王国にダンジョンが発掘されたのは、つい百年前のことだと言う。

 それは巨大な魔法を血液のごとく体内で回している生き物のような建築物。

 ダンジョンは二十四時ピッタリに姿形、構造が新しいものに更新される。

 特筆すべき点はもう二つ。

 ダンジョンの中には、シャドーと呼ばれる人の形を持つ影の魔物たちと、宝箱と呼ばれる立方体の箱が発見されたのだ。

 シャドーは宝箱を守る怪物。

 宝箱は、ついでのように封印されていた。


 人々は、ダンジョンから手に入れた魔導器によって豊かさを得る。

 音楽の魔導器を手に入れれば、歌や音楽がいつでもどこでも聞くことができ、ゴーレムの魔導器を手に入れれば、人として働かせることができる。

 魔導器の需要は大きくなれば、魔導器の価値は上がり、価値が上がれば、金を求める人間が危険を冒してダンジョンへと入っていく。

 それが、ダンジョンと冒険者、ひいてはルルラシア王国の歴史である。


 ウィチア・バルファムートは路上で、吟遊詩人の真似事をしながらダンジョンの歴史を歌う。

 が、弦楽器の魔導器を何度鳴らしても、歌っても、誰も金を恵んでくれはしなかった。

 そもそも内容自体があやふやで、ところどころ間違っていたり、噛んでしまったりで、通行人たちにとっても聞くに耐えられない内容だっただろう。


「ちくしょう。どうして私がこんなことしてるんだ」


 偉大なる魔女、ウィチア・バルファムート。

 本日もダンジョン探索の仕事はなく、屈辱的な日々を過ごしている。


「くそっ! どいつもこいつも見下しやがって! パーティーに鍵開け要因は必要だろーが!」


 ダンジョン探索のため、研究されてきた“魔法”。

 魔導石の力を人間が使った場合どうなるか、という研究テーマの元で作られた冒険者の武器だ。

 攻撃、回復など様々な魔法がある中、ウィチアはアンロックだけを究めて、それ以外は完全にさっぱりだった。

 いや、正しくはウィチアにはアンロックしか究められなかった。


「私は偉大なる魔女と盗賊王の娘だぞ……! それがなぜ、アンロックしかできない……!」


 犯罪者でありながらも魔法の始祖とされ、全ての魔法の基礎を作り、百年以上生き……そして、ウィチアの出生と同時に亡くなったと聞いている、グロウディア・ソーサレス。

 犯罪者でありながらもダンジョンの最下層まで到着した、盗賊の王にして、百年の魔女の夫、ガルム・バルファムート。


「ってか魔女と盗賊だから、鍵開けの才だけは特筆してるっつーわけか」


 苦悩するウィチアだったが、結局、才能の問題なのだ。

 ため息を漏らしながら、ポケットから南京錠を取り出して、針金を突っ込む。

 皮肉なことに、ウィチアはアンロックしか使えなくても、アンロックの才だけは努力の賜物もあって成長していくのだ。


「なんやかんや言っても気に入ってるもんなぁー。アンロック」


 南京錠程度では軽く鍵開けができてしまう。

 今度は小さな木製の箱を取り出して、ダンジョンの宝箱と同じ要領で解除する。

 日課となっているアンロックの練習だった。


「ちぇー。アンロックでも究めたらパーティーにスカウトされる思ってるんだけどなー」


 諦めたように言ってみるが、それでも木箱の封印を元に戻しては解除する練習を続ける。

 分かってはいても、継続は力なりという言葉がある以上、半端にやめるわけにはいかなかった。

 もしかすると奇跡が起きて、どこぞの有名パーティーにスカウトされるかもしれないからだ。


「もしもし、そこのお嬢さん」


 鍵開けの練習をしている最中、やたら服の装飾が派手な男が話しかけてきた。

 周りには、男性二人、女性が一人。男性三人に紅一点が加わったパーティーというわけか。


「この近くに封印された剣があるって聞いたんだけど、どこにあるか知らないかい?」

「ああ、あれな」


 ウィチアはスカウトではないと分かると同時にポケットに手を突っ込み、ゴミ捨て場から拾った壊れた南京錠を取り出して、針金を刺した。


「この間、飢えを凌ぐために売った」

「売っただって?」


 派手男は驚いたのか、あからさまに表情を変えて見つめてきた。

 それほど重要なものだったのだろうか。ウィチアには興味がないため、価値が分からない。


「まさか……! アレは最強の冒険者しか解除できない封印式がかけられているって話を聞いていたけど?」

「そういやーそうだったな。何重にも封印がかけられていたから解除しておいた」

「だったら君は実力者なのか……!?」


 派手男はなお食いついてくる。

 そこまで大事なものかどうかは知らないが、ウィチアにとっては封印の根本から解除できるのだ。

 それがいかに素晴らしい力か、世間はまるで分かっていないのだ。


「そうとも! この私、偉大なる魔女ウィチア・バルファムートは、術者の意図を無視した封印解除すらも容易い!」

「おお……!」


 派手男は驚きのあまり目を見開く。

 だが、男の周りの連中は怪訝な顔をしていた。

 ウィチアに攻撃的な言葉で蔑んだ連中とまるで同じ嫌な顔。


「ウィチア・バルファムートって犯罪者の娘でしょ?」

「ああ。それも百年生きた魔女と盗賊王の血を引き継いでるらしい」


 後ろにいる男と女が聞こえる声でひそひそと話す。

 本人に聞こえていては、ひそひそ話ではない。それこそ、配慮が足りないか、傷つけるための言葉のどちらかだ。


「聞こえてるぞ、てめえら! この淫乱パーティーめが!」

「見た目と違って口汚い……」


 派手男はウィチアのことを何も知らないのだろう。

 だが、どうせ、この男もウィチアに対して、差別的な見方をしているに違いない。

 イライラしたウィチアは弦楽器の魔導器を背負うと、目的地もなく走り出した。


「あ、売った剣の場所はどこに……!?」


 派手男の言葉を無視して走るウィチア。

 また、犯罪者の娘だと罵られた。

 この街にいることが難しいかもしれない。

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