第3話

「あいよー。これ新式の封印魔法だなー。三分以内に解いてやるから三十リアスな」


 ウィチアは、踊り子のダンスと酒で賑わうギルド内。

 ギルド内で設けられたウィチア専用席で、宝箱のアンロック作業を行っていた。

 四角い小さな立方体の箱。

 優しそうな男の手上に乗せた、金属に似た質感を持つそれを手に取る。


「ほらよ。できた」


 三分と言っておきながら、三秒でできてしまった。

 アンロックの魔法は、ただかけるだけでは解除できない封印の方が多い。

 そこをはき違えている冒険者が多いが、長年、アンロックの研究一筋に努力を積み重ねてきたウィチアには、あらゆる物質にかけられた封印の術式を読み取り、丁寧に解くことができる。


「ウィチア。これ、三十リアスも価値があるのかな?」

「あ?」


 ウィチアの手から、青白い発光と共に消えていく箱。

 手の中に残った謎の魔導器が、金属の光沢をテカテカと光らせている。


「それ。本当はそれほど大した封印じゃないかって聞いてるんだけど」

「そういう態度を取るなら、こいつは私がもらうまでだ」


 手に残った魔導器をポケットにしまおうとすると、男が慌ててウィチアの手を掴んできた。


「ま、待ってくれ! 値段の交渉をしただけで――」

「お客さん。暴力はダメですぜ。出るとこ出るぞ。騎士団さーん」

「わ、分かった! 払うから!」

「まいどー」


 だからこそ、ウィチアが使うアンロックの魔法を理解されたことはない。

 封印が見えるウィチアの世界には、何重にも縛られ、罠も貼られた危険な術式を解除し、ダンジョンで精製される宝箱だろうが、封印の扉だろうが、紐を解くように解除できる。

 その繊細さを全くもって理解されないのだ。

 人類を超越した存在は、人類に理解されるのが遅すぎるように。


「犯罪者の娘は、犯罪者らしく盗賊の真似事か」


 金を受け取る様子を見ていた醜男は、ウィチアを見ながら悪態をつく。

 顔と同じで品性のない相手にイラつきを隠せない。


「どこが盗賊だってぇ? ああん?」

「槍使いは槍。剣士は剣。魔法使いは魔法。じゃあ、宝箱を開ける専門家は盗賊だろ」


 周囲が騒がしい中、ウィチアは席を離れて醜男の前に立った。

 盗賊というのは、正確には“ダンジョンに探索へ行った冒険者から漁夫の利を得る”……すなわち、強奪の専門家。

 封印解除などのアンロックや罠解除の専門家は探索者と呼ばれる。

 つまり、ウィチアは犯罪者呼ばわりされているからこそ腹が立つ。

 侮辱でもあり、どことなく生まれに対する侮蔑の言葉にも聞こえるからだ。


「おい。表出ろ。アンロックの脅威を見せつけてやる」

「お前みたいなアンロックしか魔法の使えない奴が、俺に勝てるわけねー」

「なら見せてやる! お前が笑ったアンロックの力をな!」


 挑発に乗った醜男は静かに立ち上がる。

 そのおかげもあってか、踊り子たちのダンスに魅了される客たちに気づかれていない。

 互いに見えない火花が飛び交い、弾ける。


「さっきの宝箱以上の速度でノックダウンだ。アンロックの前にひれ伏せ」

「アンロックでなにが――」


 立ち上がった醜男は一歩踏み出そうとした瞬間、すぐに顔から倒れた。

 音楽とダンスで盛り上がっていた店内はたちまち静かになり、店内の演奏は中断される。

 ただ、ウィチアを除いては。


「ははは! ざまあ見やがれ! 私の勝ちだ!」


 倒れた醜男に対して、高らかに宣言すると、周囲の注目を一挙に集める。

 これこそがアンロックを究めたウィチアの魔法。

 靴紐をアンロックし、今度は靴紐のアンロック状態を解除する。

 今や男の靴紐は、靴紐同士が複雑に絡まり合った団子状態になっていた。

 この繊細なアンロック技術は他の誰にも真似できない境地。


「わははは! これがバカにした魔法の真の力だ!」

「ウィチア?」

「わはは、は……。ごめんなさい」


 背中に襲い来る重圧と威圧感に怯えたウィチアは、すぐに謝った。

 が、背中から伝わる重たい威圧感が消えることはない。

 魔女をも恐れさせるセレスという存在に、ウィチアは逆らうことができなかった。


「罰として、掃除一週間ね」

「……はい。すんませんっした」

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