第2話
黒き魔女、アンロックの達人。
ウィチア・バルファムートは、いつも仕事をしているギルドでモップ掃除していた。
「へっ。受注したことないけどなぁ!」
正しくは、いつも、正式な仕事を受注できず、仕事を請け負った他の腕利きの冒険者たちが持ち帰ってきた解除難易度の高い宝箱を解除して、日々の生活を凌いでいる場所。
それが、ウィチアにとってのギルドだった。
独り言を呟いているウィチアに醜男が話しかけてくる。
「で、ウィチア。お前に頼みたい宝箱だがな」
「二十リアスだ。その程度、偉大なる魔女の私には問題ない。鼻クソほじりながらでもできりゃー」
「本当に女かよ……ほらよ。これだ」
硬貨で二枚。ピッタリ二十リアス。
醜男から金を受け取ると、ウィチアはそのままポケットに入れて、掃除を再開した。
「おい! 解除しろ!」
「解除したぞ」
醜男はポケットをまさぐると、紅く輝く宝石のような石が煌々と輝いていた。
魔導器の動力源たる、魔導石。
それも、手の平大ほどの大きさなので売ればかなりの金額になるだろう。
「おおっ! 大当たりだ!」
「おい。その封印の宝箱を見もせずに解除した私の腕の方がすごいと言え」
「それのどれくらいがすごいんだ? ええ?」
「っるせー」
ウィチアは、セレスに睨まれているため、下手にケンカをすることができず、モップで店内の掃除を続ける。
店全体の掃除を行う罰を命じられたため、唾だけでなく机から椅子、置いてある各種魔導器の清掃まで行っていた。
ギルドのスタッフたちの寮まで命じられれば、たまったものではない。
「あーあ。私もどこかのパーティーに雇われてみたいなー。少しくらい顔が悪くても、専任で雇ってくれれば代金も浮くし、その場で解錠できる。ダンジョン内部の解錠もお手の物、禁断の封印とか五分もあれば開けられるのになー。お買い得だから引く手数多なんだけどなー」
果たして、椅子に座った醜男はピクリとも反応しなかった。
興味がないのか、全くもって相手にしてもらえない。
「ちくしょう。私は偉大なるハイブリッドなサラブレッド。最強の両親から産まれた天才魔女だぞ」
チラリと椅子に座る醜男を見ると、足をこちら側に向けてきた。
「だろうなぁ。お前は盗賊王、ガルム・バルファムートと、多くの少女を生贄にし、百年生きた魔女、グロウディア・ソーサレスという二大犯罪者の雑種(ハイブリッド)だからなぁ」
呆れたように言う醜男に、ウィチアは誇らしく胸を張った。
「ほら。頂点を究めた天才二人から産まれた私は天才なのだ! だははは!」
「天才つーか、天災から産まれただけだろ」
醜男は頬杖をつきながら、酒を飲む。
バカにされたような気がするウィチアだったが、やはりセレスが怖くて掃除を再開した。
天才と言えども暴力は怖いのだ。
「そもそも。お前が使える魔法、言ってみ?」
「アンロック」
「それ以外は? ないよな?」
「あ? アンロック、バカにするなよ」
イライラしてきたウィチアだが、この男に手を出そうものなら、容赦のないセレスの罰が待ち構えている。
どうにかして、アンロックの実力を見せつけてやりたかったウィチアだったが、
「ウィチア。そろそろみんなが帰ってくるらしいから、おねがーい」
ベストなタイミングで、件のセレスがテーブルを拭きながらお願いしてくる。
このお願いというのが、ウィチアの最大最強魔法を披露する場なのだ。
「オーケー。今日は特別料金でタダだ!」
ウィチアは踊り子や音楽を奏でる舞台(ステージ)の上に登り、仰々しく右手を掲げる。
これこそ、究極にして至高の魔法。
魔法使いのみならず、全ての冒険者が真っ先に、必ず覚える必須クラスの魔法。
それを究めし天才魔女の力を、少ない観客を相手に見せつけるべく、人差し指と親指をくっつけて輪っかを作る。
「刮目せよ! 愚かなる愚民共! ウィチア・バルファムートが世界をも掌握する大いなる魔法を! 開け! アンロック!」
スカッ。
皮膚と皮膚が擦れる音が耳元で鳴る。
指パッチンのやり方が分からないウィチアは、響かせ方を知らない。
醜男は死んだ魚の目で頬杖をついており、セレスは机掃除を続行していた。
「で?」
醜男はあくびしながら呟く。
「ふっ。愚かな奴め。気づかないか」
まずは店内のオルゴール。
ウィチアの究極の魔法によって、今は休むことなく音楽を流している。
次に店内の窓。
天井付近に備え付けられた窓が、手をつけずに開いている。
そして、特筆すべきはギルドの入り口たるドア。
なんということだろうか。
冒険者が入ろうと扉の前に立つだけで開くではないか。
「――これが、ウィチア様の至高にして究極の魔法、アンロックだ。堪能していただけたかな?」
ウィチアがウィンクしてアピールしてみれば、誰も反応を返さない。
「ああ、そうだよ! これくらいだよ! ただの便利魔法だよ! ドチクショーがァ!」
ガンガンと木製ステージを蹴って、怒りを露わにするが、誰も相手にしてくれなかった。
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