アンロック究めの魔女

@myoujousoraboshi

第1話 プロローグ アンロックの達人

 アンロック。

 それは魔法と迷宮(ダンジョン)の王国、ルルラシアにおける基本の魔法。

 冒険者が最初に覚える魔法とされ、多くの文明の利器を精製するダンジョンの宝箱を開けるために必須とされる魔法。

 アンロックの魔法には、結合状態、封印状態の解除する“アンロック”と、逆に結合と封印状態を元に戻す“アンロック解除”の二つをワンセットでアンロックと呼ぶ。

 人々の生活に必要な魔導器はダンジョンにある。

 ダンジョンには鍵のかかった宝箱。その中に魔導器が入れられていた。

 そして、アンロックは魔法の初歩中の初歩で、魔法を扱う人間が真っ先に覚える。

 ならばアンロックは、この王国を支える偉大なる魔法であり、それを究め続ける魔女、ウィチア・バルファムートは偉大なる魔女なのだ。


「ちくしょう……! 私は偉大なる魔女、ウィチア・バルファムート様だぞ……!」


 自称、偉大なる魔女。

 カッコよく言うならグレート・ソーサレス。

 ウィチア・バルファムートは、複雑な錠前を右手に持ちながら、利き腕の反対である左手で針金を持ち、小さな穴に鋭い先端を突っ込んでガチャガチャ言わせていた。


「私は偉大なる両親の血を引き継いだサラブレッドだぞ……!? どいつもこいつも私をバカにしたあげく、見下しやがって。アンロックしか使えない、アンロックしか究められない魔女がそんなに役に立たないってか? 滅べよ」


 木造建築のギルド内。

 天井にある魔導器の力で回るインテリアの下で、ウィチアは独り言を呟いた。

 ダンジョン探索の受付であるギルド内は、多くの冒険者たちがダンジョンへと探索をしていた。

 否。ウィチア以外の全冒険者がダンジョンへと冒険に出かけた。


「どうして私を冒険に誘おうとしないんだ。アンロックは必須魔法だぞ」


 黒いとんがり帽に、黒いローブ。

 鍵開けに関してプロフェッショナルということをアピールするために、マントの留め金を南京錠のようなアクセサリーでさりげなく飾り、アンロックを究めし魔女であることをアピールしてみたウィチアであったが、黒い髪、黒縁メガネに、猫背。

 それが原因かウィチアに注目する者はいなかった。


「黒か。黒がいけないのか? 黒は魔女のイメージだぞ。金髪の姉ちゃんになりゃーいいのか?」


 ウィチアは自慢のつもりであった、黒くて長い髪を掻き上げながら、金髪になった自分を想像してみる。

 金髪、巨乳、ハイテンション。

 生理的に受け入れられなかった。


「私は、クールアンドクレーヴァー。口数が少ないだけだ」


 方針を決定するつもりでブツブツ呟き続けていれば、ギルドの受付スタッフやら、冒険者たちに料理を提供するコックたちから「やかましい奴がクールなわけないだろう」と文句が聞こえてくる。

 クールな人間は独り言はしないのか。


「ドチクショーが! 私はサラブレッドの両親を持つ、ハイブリッドな天才魔女だぞ! 跪け! そして、許しを請え! 『無視してごめんなさい、ウィチア様』と!」


 最後に「滅べ!」と叫んだところで、カチッという音と共に、錠前が開いた。

 この程度、ウィチアにとってはアンロックの魔法も利き手も必要ない、朝飯前程度の相手。

 実際に朝飯も食べていない。食べる金もない。


「あーあ。私にも、素敵な話が来ねえかなー。持ってる能力は天才だぞ、おい」


 机に項垂れているウィチアの前の椅子を引く音が聞こえる。

 誰かが座ったようだ。

 今の時間は、みんなが出かけている時間。

 つまりは、わざわざウィチアの前に座った、ということはウィチアに用がある人間ということだ。

 それ、すなわち。


「この私をついに認めやがったか。遅いんだよ、ったく」


 ガバッと起き上がれば、目の前には醜男。

 死んだ魚の目と、細い身体。

 ウィチアは顔をしかめて、唾を吐いた。


「ちくしょう、こんなんしかこねえのかよ」


 ウィチアが悪態をつくと、相手もまた、顔をしかめた。


「ウィーチーアー。せっかく、能なしのお前に仕事を持ってきてやったのに、なんだ、その態度は」

「あ? 鏡見てこいよ。原因がハッキリするだろうな!」

「てめェ……!」


 ガン飛ばせば、相手もまた、青筋を立てて、ガン飛ばす。

 一触即発の雰囲気の中で、醜男は急に汗水をかきながら、顔を青ざめた。


「お、おい。後ろ……!」

「そんな手に引っかかる魔女様だと思ってるのかぁ!? ああん!?」


 しかし、青ざめた顔は変わらない。

 それどころか、背中が妙に寒くなり、胃袋がわしづかみにされている錯覚にすら襲われる。


「セレス……!」


 ゆっくりと、油の切れた金属製ゴーレムのように後ろを振り向けば、ギルドの受付スタッフをしているセレスが立っていた。

 珍しい緑髪に、飲食店を兼ねているギルドのため、バレッタやゴムなどでまとめた髪。

 いつものウェイターと受付役を兼ねた制服を着て、いつもの接客態度のように笑顔を絶やさないが、隠しきれない青筋が浮かんでいた。


「ウィチア。ギルド内で唾を吐く行為はご遠慮ください」

「い、いや、ほら。元々は絡んできたのはこいつだし。わ、私は悪くないぞ!」

「ウィチアッ!」

「ひゃい! ただちに掃除いたします!」


 ウィチアはすぐに立ち上がり、彼女に敬礼した。

 偉大なる魔女がギルドの受付役に拳を見せつけられ、屈した瞬間だった。

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