鐵の声

みずかん

【LSE引退記念】ロマンス

『ありがとう!』


『お疲れ様ー!』


その声でやっと察する。


ああ、もう終わりなのかって。

あまり、実感がなかった。


つい最近、オレンジ色の、私に似た後輩がやって来たと思ったら、今度は私が退くなんてね。


まあ、こういうのは先輩達もやってきたことで、一種の運命さだめだし。


いつも通りに仕事をこなすだけなのに、この日だけは少し違った。

通り過ぎる駅で手を振る人々。

後輩達もなにか言いたげにすれ違った。


地下を潜り抜け、清々しい青空の下を通り、山の緑の中を往く。


当たり前の光景だけど、当たり前じゃない気がして。


そのせいか、運転士さんの手の感覚も、

特別な物に思えた。


夜になり訪れたいつものターミナル。

現実には滅多にないような光の海に包まれる。

シャッター音が鳴り響いていた。


もう、ほんとにほんとに、終わりなんだなって。


“ありがとう”の気持ちを込めた長い警笛。

夜の街に消えていった。


私が好きでたくさん乗ってくれた人。

あこがれのままで、乗れなかった人。


私はそんな人達に、ロマンスを感じさせることは出来たのだろうか。


車庫に着いて、思い返す。

年日が特定出来ないような、遥か昔の記憶


春に乗せた若いカップル

夏に乗せた4人の家族連れ

秋に乗せた仲睦まじい老夫婦

冬に乗せた仕事終わりのサラリーマン


色んな人がいて、色んな人を乗せた。


色んな人と触れ合ったからこそ、

ロマンスを感じさせられていたのは、私の方だったかもしれない。


長年、整備してくれた人が、こう言った。


『お疲れさん。でも、これからがスタートだ。これからも頑張ってくれ』


その後に、聞かされた。

私は先輩と共に、博物館に展示されるようだ。


光栄なことだ。


これからがスタートってそういう意味だったんだ。


新しい世代にロマンスを届ける。

たとえ、鉄路の上から降ろされたとしても、その使命は変わらない。


私が駆け抜けた鉄路は、ちゃんとそこにあるのだから。

鉄路が錆びて朽ち果てるまで、届け続ける。


ロマンスカー。

受け継いだ、その名に恥じぬように。





小田急7000形LSE (1980〜2018)

2018/7/10 定期運用終了。今年度末で

完全引退の予定。

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鐵の声 みずかん @Yanato383

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