マジカルナンバー7
【マジカルナンバー7】
人間の情報処理能力の限界。人が瞬間的に記憶することができる情報の数は最大5〜9、すなわち7±2の範囲内であるということ。
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学校の七不思議って、最近の小学生は噂しないかな。
ほんの10年くらい前までは、まだ残っていたんだ。深夜徘徊する人体模型だとか、勝手に鳴るピアノとか、トイレの花子さん太郎さんとか。
学校によって内容はまちまちだけど、大抵は7つ目を知ったら不幸が起きるとかなんとか、そういう怖い話。怪談ってやつ。
僕はとある学校の、七不思議の7つ目を担っている。つまり、誰も知らない、知られてはいけない怪談である。
今夜、僕を含むこの学校の七不思議は音楽室に一堂に会していた。開け放たれた窓から吹き込む風が、古びた楽譜や楽器のカビ臭さを攫う心地良い夜だ。
ちなみになぜ音楽室かというと、七不思議のひとつ、放課後ひとりでに演奏するピアノさんが音楽室から出られないからである。仲間はずれやいじめに敏感な昨今、僕ら怪談も協調性というものを身につけた。
まあそれを抜きにしても、最近はみんな異様に仲が良い。なぜかというと。
「僕らの噂を知っている人間が、全校生徒の3分の1を切った。信じている人間は2割いるかどうかってところだ。昔はよかったなと愚痴り寂しく集まることすらできなくなりそうなこの現状を、僕たちはどうにかするべきなんじゃないかな」
ピアノさんがトルコ行進曲を奏でる音楽室にて、僕は六人…もとい六不思議に告げた。
そうなのだ。冒頭の説明でお察しの方も多いだろうが、今、僕たち七不思議は存亡の危機にさらされている。七不思議とは、噂とは、無根拠に信じられ無意味に語り継がれることで存在し続けられる儚いものなのだ。
ここ何十年、おひれはひれが付いたり取れたりしつつ、学校の定番怪談として生きながらえてきた僕たちだったが、ここ最近はすっかり廃れた。オカルト好きの一部の変わり者以外、僕らを信じる子は一時期に比べるとだいぶ減ってしまった。
たった7つの噂なのに、ひとつ知ってくれるだけでも十分なのに、それすらも覚えてもらえない時代がきた。僕は正直、戦慄を隠せない。
月明かりの中、ピアノさんの音色に耳をかたむけくつろぎきっている皆に向けて、僕は鼓舞する気持ちで訴えた。
「ぶっちゃけた話、あと数年あれば僕らは完全に忘れられる。今こそ、可及的速やかな七不思議の復活を試みなければいけない!」
「じゃ、ぶっちゃけるけどさ。ウチらの噂が消えたのって、あんたの知名度がひっっっくいからだと思うんだけど」
真剣な顔でそういうのは、下半身の損傷具合がRG-18指定のテケテケさん。
僕はギクリと肩を強張らせた。そしてきもち体を縮め、存在を小さくしようと試みた。
「確かにねぇ。7つ揃って七不思議なのに、肝心の7つ目が全く見つからないんじゃあ、面白くないにきまってるよまったく」
「7つコンプした子、ついに出てこなかったしね…」
教師が置き忘れたタバコを、冷めた表情で嗜んでいるのは、見た目小3よわい云十、怪談最古参のトイレの花子さん。彼女の隣で眉を八の字にしているのはその恋人、トイレの太郎さん。ふたりで一つの七不思議である。
その二人からの追い打ちに加え、いつの間にか演奏をやめたピアノさんが「シ、ソ」とクイズ番組さながらに、正解の効果音を鳴らして肯定するので、僕はさらに肩身が狭くなる。
「まあ、時代の流れもあるだろう。最近の子供はみょーにりありすとだ」
「それな」
(わかる)
太郎さんに抱えられた初代校長のモノクロ写真が、苦笑いでフォローをした。それに同意する人体模型。黒板を筆談に用いているのは、プールに引きずり込むと噂された白い腕。彼(彼女)に名前があるのかはわからないけれど、皆からはプーさんと呼ばれている。
「ちゅーかあんた、子どもの前に出たことあった?」
「……」
そしてテケテケさんのとどめの言葉に、僕はあからさまに言葉に詰まってしまった。眉間にしわを寄せ、目を細くしたテケテケさんは、ぞぞぞっと腕だけで僕に詰め寄った。胴から何かをびちゃびちゃ撒き散らすその動きは、なんというか…普通に怖い。
「は?怪談の?クセして?なんで?ガキ一人ビビらせたこともないんですか??」
ちょっと湿っぽい髪の毛から覗く目をかっ
「いや、だって皆んな楽しく学校に来てるんだし、出づらいっていうか…怖がらせるの申し訳ないっていうか…」
「夜中に肝試しにきたやつらをおどかしてるところすら、見たことないんですけど?」
「はは…いやー最近の子は常識的だよね。おどかしたくても、夜中に忍び込んでこないっていうか……。昔にチャレンジしとけば良かったなーって…」
「あ?」
「すいません」
勢いに気圧されて、僕は思わず謝ってしまった。謝ったのに、テケテケさんの罵倒は止まらない。
ピアノさん、魔王をバックミュージックに流さないで。
「お前マジザケンな! 噂っつーのはサァ、流れ続けなきゃ死ぬんだよ! あんたのせいでウチらが完全に消えたら超サイアク! あーもう無理だわガン萎えMK5だわ」
「もうキレてるし、言葉の端々が一昔前のギャルに戻ってるよ」
「うっせーな、噂が流れて怪談がアプデされないとウチのキャラもナウくなんねーんだよ! 花子姐見てみろよ、ほぼちび◯子みたいな喋り方しかできてねーじゃん!」
「余計なお世話だよあんた」
横目でテケテケさんを見やる花子さんの目は、女児に似つかわしくない諦念を色濃く映し出している。
「テケテケよ、そいつの怠慢を責めていても仕方なかろう。まずは我ら七不思議の体験談を作るのが先だろう」
「怠慢って言わないでください」
「そういう恐怖体験は、誰かひとりのたった一度きりの体験でさえ、小学生の間ではあっという間に広がる。真偽を確かめようと夜中に忍び込むいたずら好きも出てくるだろう」
僕の訂正を無いものとして扱っていることには納得いかないけれど、初代校長は穏やかにテケテケさんを諌めてくれた。
このチャンスを逃すまい。僕は咳払いをひとつして、話を今夜の本題に戻した。
「校長先生の言う通りだよ。そしてみんな、今日がどういう日だかわかるよね?」
(一学期終わり。夏休みの始まり)
「そうだよプーさん! そして昼間に仕入れた情報によると!」
「君、そういう裏稼業だけやたら動くね…」
「情報によるとだよ太郎さん! 4年2組の今田くんたちが明日、学校に肝試しに来るそうだ! 彼らの目的は体育館の幽霊の存否確認!」
「ウチらじゃねーじゃん」
「しかし、彼らはきっとわくわくしながら学校中を探検するだろう! そこで僕らの出番だ! 実際の怪談を目の前にビビりまくる彼らはきっと、僕らのいい口伝者となるだろう! …アッでもあんまり驚きすぎて怪我したり不審者と間違われたりすると、七不思議よりもそっちの事実の方が大きく扱われちゃって結果的に噂にならないこともあるから、その辺は加減が必要かも」
「七不思議も忖度が必要ってことかな…」
「世知辛いねえ」
「それな」
各々不満はあるようだけど、僕の提案には反対しない。
僕は夜風吹き込む窓辺に腰掛け、月明かりに照らされた怪談たち見渡した。
「というわけで、今年の夏ははりきっていこうじゃないか。退屈な6年間に、再び恐怖と高揚をもたらさんために」
僕のキメ台詞で、皆が意思をひとつに気を引き締めた空気が満ちた。
そしてすぐに始まった作戦会議を眺めながら、僕は月の逆光をいいことに、しめしめとほくそ笑んだ。
やっぱり、僕は上から眺めているくらいがちょうどいい。
七不思議なんて、「7つある」という認知さえ生まれれば七不思議として成立するわけで、実際に7つ目が広まる必要はないのだ。自分で営業するのも面倒だし。
え? 結局僕はどんな怪談かって?
知らなくてもいいんじゃない?
だってほら、君はもう6つの怪談を知ってしまっているわけだから。7つ目を知ってしまえばなんとやらってね。
夏夜の少し愉快な不思議たちの話なんて、すぐに忘れてしまえばいいさ。
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