閃光記憶

閃光記憶せんこうきおく

フラッシュバルブメモリともいう。重大な出来事や事件に関する非常に鮮明な記憶のこと。まるで写真のフラッシュを焚いたように激しく強烈な感情体験を伴った記憶であるという説から、このような名前になった。


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 縁日の明かりに濁った夜空と、そこに現れた鮮烈な色味を帯びる塵芥の閃光。

 それが彼女の、最初の記憶だった。


 そのきらびやかな光は、石畳の参道に投げ出された艶やかな黒髪と、彼女の頭上、宵に染まった鳥居を淡い桃色に照らした。鼓膜に、心臓に、お腹に、烈火の花が開く音を感じる。彼女はそれを噛みしめるように目を閉じた。


「やあ、暫くぶりだね」


 ふいに声をかけられ、彼女は寝そべったまま、少しだけ視線を右に移した。姿は見えないが、おそらく近くに誰かいるのだろう。しかしそれ以上動く気にはなれず、彼女はまた視線の先を花火の打ち上がる上空へと戻した。


「相変わらず興味ねーのかよ。そんでもってまたぜーんぶ忘れちゃってんだろ? 少しは焦ろよ」


 鼻に付くような女の声なのに、その口調はどこか少年っぽい乱雑さを含んでいる。男だろうか、女だろうか。どっちだろうか。


「てかま、あんたの記憶取っちゃったの俺だけど」

 けけけ。と下品な笑い方とともに耳に入り込んできた情報は、彼女の関心を少し動かした。記憶をとったとはどういうことだろう、と思った。

 思うものの、それでもやはり、彼女は夜空をあおぎ続けた。


「おいこら、聞いてないわけじゃないんだろうが」

「なんの記憶、取ったの」


 ようやく口を開いた彼女は、やはり熱心に夜空を見る。しかし返事があったことに気を良くしたのか、声は饒舌に語った。


「たった一つのことに関する、でもあんたにとっちゃ人生そのものみたいな記憶さ。俺はあんたからある頼みごとを引き受けた。引き受ける条件として、記憶を貰った。純度の高い、質のいい記憶だったよ。こっちとしちゃあ有難いかぎりだ。でもさ」


 ひょこ、っとこちらを覗き込む顔は、青と緑の閃光の影になっていてよく見えない。ただ覗き込む影の背格好や、ぱらぱらと光を反射して揺れるおかっぱが、幼い子供を思わせるだけ。


「お前、何回目だよ。同じ願いを叶えるために、同じことを忘れて、また同じものを求めて同じ願いを僕に乞うんだろう? こうやって忠告してやってるんだからさ、ちったぁいろーんなことをほーどほどに楽しむってのも……」

「なんの話なのかは、さっぱり解らないのだけれど」


 花火を見つめたまま、彼女は答える。


「ほどほどなんて、いらない」


たとえすぐに消えて無価値なものになったとしても。


ただ一つ、鮮やかに、激しく、全てを捧げて燃え尽きてしまうような何かを求めている。


「もしかして、覚えてる?」

「覚えてない。思っただけ」


ふうん。感情の読み取れない相槌とともに、こちらを見下ろす影が視界から消えた。再び、目の前いっぱいに閃きの花が咲く。


豪奢な金色の光の雨が、祭りの終焉を飾るように降っている。

最初に見た花火の色を、彼女はもう覚えていない。心うちに残っているのは、あの瞬間の光に釘付けだったということだけ。


それでもいいと、彼女は思った。



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