確証バイアス

確証かくしょうバイアス】

仮説を支持する証拠を探そうとするが、仮説を支持しない証拠(反証)は探そうとしない傾向のこと。


__________

「あんたと私が両思いじゃないなんて100%有りえないから」

「…………いや、」

 どこからどう反論すればいいのかもわからなくて、僕の口からは2文字の拒絶しか出てこなかった。


  僕たちは今、公園にいる。子供用の低いブランコに大股広げて座るはしたない女の子は、ショウコさん。とても頭が良くて、その代わりちょっと近づきがたい感じの子である。見た目はとびきり可愛いわけじゃないけど、背が低くて大きめの垂れ目はちょっとたぬきみたいで、笑っていれば愛嬌があるだろう。笑ってるの見たことないけど。


 で、どうして僕がそのショウコさんからこんなことを言われているのかというと。


「今日はあたしから迎えに来たわよ」

 まるで僕がよく彼女を迎えに来てるかのような口ぶりで、部活帰りの僕を友達から引き剥がし、僕の帰り道とは別の方向にある公園まで案内して、


「一応形式っていうか、手順を踏んだ方がいいと思うから。あんた言いづらいならあたしから言うわよ」

 というので、よくわからないクセに「あ、お願いします」と適当な返事を返した僕にもまあ非があると思うのですが。


「もう知ってると思うけど、あたしはあんたが好き。あんたの気持ちも知ってるし…付き合う、でいいよね?」

 疑問系なのにまるでこちらに選択肢がない告白をされた。自信満々というか、YESという返事が返ってくるのが当然というか、今日帰り遅くなるし、夕飯はチャーハンとかでいいよね? みたいなノリであった。


「………あの、ごめん僕君のこと良く知らないし…好き、とかそういうのじゃないんだけど…」

「は? いや嘘つかなくていいから」

 歯切れの悪い僕の返事を、ショウコさんは笑って一蹴した。


 そして先ほどのあのセリフである。


「何よ。言いたいことがあるならはっきり言えばいいじゃん。今後のためにも、隠し事はなしにしましょ」

「いや…いやいや。…ちなみに、なんでそう思うわけ? 僕と君が…りょ、両思い?って」


 お互いに主張の仕合じゃ埒があかないので(またそうとなると僕が根負けしそうなので)まず彼女の話を聞くことにした。あと、別にショウコさんのことは好きでもなんでもないけれど、”両思い”なんてふわふわ甘酸っぱい言葉を男の僕が口にするのはちょっと恥ずかしかった。


「え? うーんあらたまって聞かれるとちょっと照れるんだけど…。まず、席替えしてもあんたとあたしって近くにいるじゃん?」


 いやそれ偶然だし近くって言っても斜め向かいとかだよね。


「必然的に話す機会も多くなって、お互いのことを徐々に知る機会があったと思うのよね」


 確かに席が近ければグループワークで一緒になったりするね。


「最近帰りの電車の時間、あんたと被るし」


 ちょっと前に怖いオニーサンたちと同じ車両に乗ってからは、少し時間をずらして乗っているのだ。


「友達からもあんたがあたしのこと好きっぽいって言われて、よく見たらそうだなって確信したのよ」

「今の僕関係ないよね!? 友達のテキトーな勘だよね!?」

 我慢できなくてつい言い返してしまった。しかしもう止まらない。


「ていうか話してた内容全部君の思い過ごしじゃん! 都合よすぎない!?」

「うるさいわねー事実なんだからしょうがないでしょー」

「そんなねじ曲げられた事実は事実っていわない!」


 僕の訴えもなんのその。ショウコさんはあくまでも自分の主張が正しいと思っているらしい。それでも、あまりにも僕が必死に否定するからか、彼女はブランコを小さくこぎながら、こう続けた。

「うーん……じゃあ、時間がほしいなら、まだ付き合わなくていいわよ」

「だから時間の問題じゃなくてさ…」

「いーのいーの! 分かってるって。あんたが自分の気持ち気づくまで待ってる。今までのこと考えても、あんたは絶対あたしを好きになるし」


 全然、分かってなんかいやしない。僕はただただショウコさんの溢れる自信とちょっと歪んだエネルギーに圧倒されて、呆然と彼女を見つめているしかできなかった。


そんな僕を尻目に、ショウコさんはブランコから立ち上がると、公園を出ようと歩みだした。そして振り向きざまに、僕に笑いかける。


「じゃ、今日はもう帰りましょうか。……早く好きになってね、期待してるよ」


ああ。僕は今、彼女に勘違いをさせてしまう顔をしているのだろうか。

そんな恐ろしい予想が脳裏を過っても、僕の顔はだらしなく緩んだままである。

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