抑うつリアリズム

よくうつリアリズム】

健常者の認知がポジティブに歪んでいて、抑うつ者(うつ病患者など)の認知こそ現実を正しく認識している、という説。


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 ふくろうは森の仲間の中でも、とくに浮いていた。


 根暗で有名なそいつは、太陽のきらきら輝く昼間はどこへともなく姿を消し、月のぴかぴか光る夜でさえ、暗い暗い森の奥に身を潜めている。


綺麗な湖畔で遊ぼう。原っぱで星空を眺めよう。そうすれば、きっと世界の楽しさがわかる。そう誘っても、ふくろうは苦い顔をするばかりだ。「どうせ楽しめなんかしないさ」


「こんなに酷い世界なのに、理不尽な世界なのに、どうして君達は笑顔でいられるんだ」

 ふくろうは疲れた顔で、何かとそんな風に非難する。


 ある優しいひつじは言った「彼はきっと、過去にとらわれて楽むことをためらっているのよ。そうにちがいないわ」


 あるイヤミなきつねは言った「あいつは自分だけが世界で一番不幸だと思っているのさ。絶対そうさ」


 そして人気者のはくちょうは言った「彼は期待に応えられないことが怖いんだね。そうにちがいないよ」


 みんなは口々にふくろうを責めた。あるいは、憐れんだ。なんにしても、みんなふくろうの考えはまちがっていると思っていた。


 ある日、子うさぎが死んだ。おおかみに食べられてしまった。母うさぎや子うさぎの兄弟、仲のよかった動物たちみんながわんわん泣いた。


 三日三晩がたった頃、泣きつかれたみんなにふくろうは言った「ほうら、世界は酷いだろう?」


 誰かが言った「確かに酷いわ。でも、私たちはまだ生きているもの。子うさぎが死んでも、生きていればまたいいことがあるよ」

 

 するとまた誰かが言った「そうだ。むしろ、俺たちは運がよかったと思うべきだ」「そうよそうよ」「あー食べられなくてよかった」「生きているって素晴らしい」


 そしてまた少したったある日、森が火事で焼けた。理由はわからなかった。たくさん死んだ。


 焼け野原にたたずむ仲間に、どこからともなく現れたふくろうは言った「ほうら、世界は理不尽だろう?」


 すると誰かが言った。「理不尽だけど、私たちだけでも生き残った。生き残ったからには、死んだみんなの分もしっかり生きていかなきゃ」


 そしてまた誰かが言った「そうだ。みんなで協力して、理不尽なんて乗り越えよう」「そうよそうよ」「むしろ俺たちは強くなれた」「火事にも意味があったよね」


 焦げた匂いと煙が立ち上る焼け野原で笑う仲間を見て、それからふくろうはどこかへ去った。


 ある優しいひつじは言った「彼はきっと、前を向いて生きていけなくなるほど、世界が歪んで見えてしまうのよ。可哀想な心の持ち主よ」


 あるイヤミなきつねは言った「あいつは心が弱すぎて、死んじまったに違いないさ。楽しいことに気付けないって、怖いねえ」


 そして人気者のはくちょうは言った「彼は期待することが怖いのさ。仲間がいれば、どんなことだって乗り越えられるのに!」


 

 

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