サイコタンゴ

ニル

沈黙の螺旋

沈黙ちんもく螺旋らせん

多数派と認識される意見が世論を形成していく中で、少数派が主張しづらい状況になること。その過程。



__________

 ある世界は、劣悪な環境の地下世界と、誰しもが平等に幸せに暮らす地上世界に分かれていた。

 二つの世界をつなぐのは、気が遠くなるほどに高く大きな塔だけである。

 

 塔の中には、壁にそって上へと続く階段と、中央に設置されたエレベーターがあった。


「楽をして地上へ出ても、幸せなんて感じませーん」

「死ぬ思いで這い上がるからこそ幸せになれまーす」

「信じて自分の足でのぼってみましょーう!」

「自分の力で、幸せをつかみとりましょーう!」


 声高なアナウンスが響き渡る中、人々はみなぞろぞろと階段を登っている。


「塔を登りきったら幸せ…」「努力するから報われる」「途中で倒れるのは努力不足」「登りきれない人ってぶっちゃけ気持ちの問題」「階段も登れないなら幸せになる価値ない」


 地上を目指す人々はみな、こぞってぞろぞろと、嬉々として階段を登っている。


 そこへ子供を連れた母親がやってきて、エレベーターを使おうとした。「こどもがまだ歩けないんです。とても上まで登れません」


「は? 自分で抱っこすればいいじゃん」「母親なんだから」「それくらい頑張ればいいのにね」「抱っこして登ってる人もいる」「甘え」


 誰も母親がエレベーターに乗るのを止めようとはしない。しかし母親は、暗い顔をして階段へと向かっていった。


 すると今度は、健康そうな若者がエレベータへと近づいた。


「いや、自分で登れよ」「甘えんな」「努力はしてほしいよね」「地上に出ても幸せになれなさそう」「みんな頑張ってるのに」「自分だけかよ」「空気読め」「理解できない」


 しかし若者は叫んだ。アナウンスよりも大きな声だった。

「ばっかみてえ! 楽しようと努力しようと地上では平等なんだよ! 楽して幸せになって何が悪い!」


 みんな呆然としていた。若者を乗せたエレベータが、するすると塔の上へと登って行くのを口を開けて眺めていた。

 しばらくして、誰かが言った。


「まあ、たしかに」「苦しいよりは楽なほうがいい」「登りながらそう思ってた」「実は私も」「あの若者が正しい」「エレベーター使いたい人私だけじゃなかったんだ」「みんなエレベーター乗ろう」


 それからみんな、嬉々としてエレベーターを使うようになった。地上は相変わらず平等で、みんな幸せだ。


 いくばくか時が流れ、ある少年が階段を登っていた。


「ぷ、何あれ」「エレベーターの乗り方知らないの?」「必死に走ってる」「馬鹿みたい」「楽なほうにすればいいのに」「わー大変そう」「そのうち倒れるよ絶対」「努力美しい、的な?」「空気読め」「理解できない」



 

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