黒髪少女とぼろ屋は相性悪くない

 しかし。

 これはいったいどういうことなのだろう。


 いくら俺が世界に絶望して意味の分からないモノローグを述懐していたからとはいえ(自分で言うのもどうかと思うが)、急に黒髪で緋の目の女の子が現れて「私についてきて」なんておかしな話だ。


 どう考えてもおかしな話だ。


 だってこの世界は並行世界なんてないし、ましてや闇の世界とかそういうのは存在しないことになっている世界だからだ。



 仮にあの子が中二病患者だとして、あの子はなぜこの大学にいるのだろう。この敷地は間違いなく大学の敷地だ。そしてここまで迷うそぶりも見せずに歩いているということは、おそらくこの大学の関係者だろう。

「なあ、おまえは大学生なのか?」

 そう問うと、すぐ前を歩いているその子は一瞬立ち止まって、こちらを振り返らずに早口で告げる。

「そうとも言えるし、そうでもないとも言える。私のこの身体はその分類に帰属する。でも身体と意識は違う。つまり、今はそういうことにしておいて」

 うーん、このセリフだけだとただの中二病患者なんだけどな、、、とか思いながら、適当に相槌を打つ。

「で、あとどのくらいなんだ?ずいぶん森の中に入ってきたけど、、」

「もう少し」


 俺たちは森林ゾーンのかなり奥の方まで来ていた。ここらへんで血気盛んな大学生がおっぱじめていたら気まずいなあなどといらぬ心配をしつつ、彼女についていく。



「ついた」


 数分歩いた先で示されたのは、ホラー映画にでも出てきそうなくらい上手に古びた小さな建物だった。最近の建物っていうのはコンクリートでできた建物が主流のはずなんだが、どうもこの建物は木造建築らしい、まるで田舎の分校の旧校舎のような様相を呈している。大きさは普通の一軒家くらいあるが、窓もほこりで曇っているし、何より恐ろしくぼろい。


「ここって、この建物は何なんだ?」

 俺に何の説明もなしにすたすたと中に入っていこうとする黒髪少女を呼び止めて尋ねる。

「大体、ここはどこなんだよ」


 すると、その黒髪少女はくるりと振り返って、またも早口でこう告げた。

「ここは平常空間との次元の断層。通常この次元への回路は閉じられている。でも特定の能力の持ち主だけがこの次元の断層に侵入し、別次元に遊離できる。わたしはその能力者の一人。つまり、わたしがいないとあなたはこの中に入れない。だからおとなしくわたしについてきて」

 平常空間?次元の断層?

 何を言っているのかさっぱりだ、と言いたいところだが、これはつい数年前まで俺たちにとっては日常会話だった言語そのままだ。


 つまり、中二病言語だ。


 さては本当にこいつはただの中二病患者なんじゃないか、そしておれは変な奴に変なところに連れてこられただけなんじゃないか、などと考えていると、澄んだ声が飛んできた。


「わたしを疑っている?」


 思わず心を見透かされた気分になる。俺、顔に出してたかな?

 さっき鷺ノ宮、と名乗ったその黒髪少女は、きれいに切りそろえられた黒髪を揺らして、俺にこう尋ねた。

「あなた、「超弦理論」って、知ってる?」

「え、あ、ああ、名前だけなら。たしか物理学界の一大発見なんじゃなかったか?中身はよくわからんけども」

「超弦理論は最も小さな世界を説明する原理。その計算上ではこの世界は10次元存在することになっている」

「10次元って、、ドラ○もんでさえ4次元ポケットなのにか?」

「次元はあなたが考えているように私たちの認識範囲と必ずしも一致しているとは限らない。認識は世界を反映しているとも限らない。つまり、そういうこと」

 うーん、まあ、わかったような、わからないような。急に話がややこしくなったな。

「そうか、まあ、とりあえずわかったことにしておくけど、結局ここはどこなんだ?」

「入ればわかる。ついてきて」

 結局入らないとわからないのかよ。今のやりとりまるまる何だったんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る