第3話 準備体操


 合宿では、基礎体力作りから練習試合まで幅広く行う。

 とりわけ午前中はウォーミングアップや筋トレなどがメインだ。

 僕たちは体育館で、朝一番の準備体操に入っていた。


 一日中動くということで、合宿中の準備体操はけっこう時間をかけて行う。

 いつもの部活の倍くらいは長くやっている。

 最初は無言だったみんなも、柔軟をしながら無駄話をしていた。

「なあ、昂樹たかき――」

 話しかけてきたのは、同じクラスの日野ひのあきらだった。

 普段もゲームの話なんかしてる友達だ。練習試合の結果を比べ合ったりしてるライバルでもある。

「お前とかなたさんって、付き合ってんの?」

「……は!?」

 唐突な質問にびっくりして大声をあげてしまった。

 みんなが僕に注目してしまった。

 すいません、と小さく言って晶を睨んだ。

「いや、俺のせいじゃないだろ、今のは」

「……な、なんでそんなこと、聞くんだよ」

「だって仲いいじゃん、お前とかなたさん。いつも楽しそうに喋ってるし」

 そんな風に見られてたのか、僕たち。

 ちらりと。

 先輩の方を見ると、先輩の同じクラスの加賀美かがみ美由貴みゆきさんと駄弁だべっていた。たぶんなにげない会話なのだろう。二人とも大声で笑っている。

「べ、別に。先輩は、誰とでも楽しそうに喋るだろ」

「ん、まあな……」

 晶はたしかに、と頷いた。

「じゃあ、付き合ってないのな」

「うん。付き合ってないよ……」

 しつこく確認してくる晶に鬱陶しさすら感じた。

 でも、その通り。

 僕と先輩は付き合ってないし、好きだとか、そんなこと考えたこともない。ただ、話していて楽しいと思ったことはあるけど、それは先輩と話している時じゃなくて他の人と話している時だって楽しいと思うこともあるから先輩だけ特別なにかが違うなんてことはない、と思う。

 そうだよ。

 先輩はいつも僕のこと子ども扱いして楽しんでるだけなんだ。僕のことをそんな目で見てないことは明白じゃないか。そんないたずらに対して良く思ってない僕は先輩のことを、す、好きだなんて考えてるわけないじゃないか。

 頭の中でぐるぐるとそんなことを思い詰めていると、晶はバシバシと僕の背中を叩いた。

「なんだー、そっかー。よかったー。俺、かなたさんのこと好きなんだよねー」

「…………」

 は?

 背中が痛いとかそんな感想は出てこなかった。

 ただ晶のその言葉だけが頭の中を支配した。

「じゃあ、今の確認って……」

「ああ、お前とかなたさんが付き合ってたら諦めようかと思ったけど、そうじゃないなら、そうならないよな」

 晶の言い回しがよくわからないから少し混乱したけど、要は、晶は先輩が好きだから恋人がいるかどうか気になった。いないなら付き合いたい。いないとわかったから付き合いたい、ということだ。

「…………」

 そっか。

 そうなんだ。

 なんだ、簡単なことじゃないか。

 晶は先輩のことが好き、ってだけだ。

 何も難しい事じゃない。理解できないことじゃない。

 先輩は綺麗な顔立ちをしてるし、勉強は苦手だけど体格スタイルもよく女性らしいし明るくて誰にも分け隔てなく接してて――けっこう人気あるってわかっていた。

 たぶん、同級生の男子からも少なからず人気はあるんだろうなあと思う。

 でも。

 でも、だ。

 そんな男子たちに対して、ああかわいそうに、とも思う。

 先輩は実はいたずら好きでしょっちゅう人をからかってくる。

 お調子者で笑い声は大きいし、人が恥ずかしがったり嫌な顔をしてもニヤニヤと笑っているような人だ。

 もし付き合ったりしたら、それが連日降りかかってくるだろう。

 普通、そんなことに耐えられるだろうか。

 いや、先輩のことを上辺なんとなくしか知らないならそんなギャップに幻滅するだろう。

 僕なら――。

 ……。

 ……………………。

「まあ、頑張ってね」

「おう! 俺は心強い味方を得たな!」

 いや、味方するわけじゃないんだけど……。


 その準備体操の間は、晶の顔も、先輩の顔も、なぜだかまともに見れなかった。



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