第2話 合宿


 僕の中学には部活動のための宿舎がある。

 周りを森で囲まれた、いい意味で緑豊かな、よくない意味では隔絶された建物だ。

 各部活は、オフシーズンや大きな大会の前に泊まりこみで練習することがあった。

 僕の所属する卓球部も、夏の大会を前に何度も合宿をしていた。

 男子と女子、合同の合宿だった。

 人数は少し多くなるけど、別日には他の部活も宿舎を使うし、団結力チームワークの強化という意味では都合がいいのかもしれない。



 僕が起きた時には、外は明るくなりつつあった。

 まだまだ早い時間だ。寝心地がいつもと違うからか、あまり寝付けなかった。そんなに繊細じゃないつもりなんだけどな。

 遮光カーテンから漏れた光が室内を照らしている。

 あまり大きくない部屋に、二段ベッドが四つ押し込められていた。

 僕は下の方に寝ていた。

 頭をぶつけないように起き上がって部屋を出る。むわりとした空気が僕の全身を覆う。

 廊下を進み、トイレを目指した。

 用を済ませて戻ろうとしたが、喉が渇いていた。友達が部屋のエアコンをガンガンにかけていたからかな。渇いたというより完全に乾燥している。

 水でも飲もうかと食堂に入る。


 そこに、先輩がいた。


 肩より長い黒髪。白い肌。高い身長。Tシャツに短パンだからか、適度に引き締まったアスリートのボディラインがくっきり分かった。

 花崎はなさきかなた。

 三年生で、僕の一つ先輩だ。


 先輩は冷蔵庫の前で小さめのパックの牛乳を飲んでいた。

 コップもストローも使わない直飲みだった。

「ぷはー。おいしいっ。ん? あ、昂樹たかき。おはよう」

 腰に手を当てて男らしく飲んだ後、僕に気付いた。

「おはようございます」

「昂樹も早く起きちゃったの?」

「はい」

「そっかー。私もなんだ」

 凛とした顔立ちを笑顔に華やがせている。朝から元気そうだった。

「いやー、寝床ベッドが変わるとどうしても寝つきが悪くてさ。私もまだまだ子供だね」

「…………」

 それは、暗に僕のこともまだ子供だと言っているのだろうか。

 よせばいいのに、そんなことを考えてしまった。

 うむ。こんなことを考えて気分を害しているようでは、まだ子供と思われてしまう。

 僕はもう子供ではないんだから、気にしないことにしよう。

 冷蔵庫に向かうと、先輩がよけてくれた。扉に手をかけたところで、先輩が、

「飲む?」

 と牛乳パックを差し出してきた。

 目の前には牛乳パック。


 さっきまで先輩の唇が触れていた――牛乳パック。


「…………」

 無意識に、テトラパックの先端さきをじっと見つめてしまった。

 やたらと大きな鼓動が僕の中から聞こえる。

 なんだか苦しいくらいだった。

「い、いいです……」

 やっとそれだけ言って、冷蔵庫のミネラルウォーターを飲む。

「ふ~ん」

 先輩に見られているのがわかる。

 どうだ。反応してやらなかったぞ。僕だってそんな簡単に表情に出したりしないんだからね。

 心の中で勝ち誇った。

 と思っていたけど。

「えい」

 わき腹をつつかれた。

「ふぐっ!」

 くすぐったいのとびっくりしたので、危うく水を吐き出しそうになった。

 僕は前かがみになって激しく咳き込んだ。

 そんな僕を見て先輩は、大爆笑していた。

「あははは! もー可愛いなぁ昂樹はー」

 そして苦しむ僕の頭にポンポンと手を弾ませた。

 うぅ~~~~…………。

 もう、なんというか、屈辱的だ。

 先輩はいつもこうやってからかって、僕を子ども扱いしてくる。

 僕はもう、子供じゃないのに……。



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