12

 夜、いつものように部屋で就寝していた時。何か物音がしたような気がして、目が覚めた。起き上がり室内を見回す。しかし、真っ暗で何も見えない。電気をつけようとベッドから降り立ち上がると、腹に異物を感じた。

「――――――はっ……?」

 異物は腹に刺さっていた。鋭い痛みがじわじわと広がる。よく見ると目の前に誰かいる気がしたが、誰だか判別するのは不可能だった。唯一、俺よりも身長が低いということだけしか分からない。

「ガッ……!」

 異物が引き抜かれた。その際キラリと光る銀の何かが視界に映った。痛みで思わずその場に膝をつく。

 今のはナイフか? どうして俺を刺した? もしかして、こいつは魔物―――⁈

「いッ―――⁈」

 右肩にナイフが突き刺さった。しかし、逆にそれがチャンスだ。咄嗟に目の前に飛び掛かった。それを避けるためか、ナイフは引き抜かれた。俺は倒れ、一瞬痛みに悶えた後、すぐに起き上がって床を蹴った。

 部屋を明るくすれば、犯人が誰だか分かる―――!

「ッ………」

 叩くように壁に手を押し当てると、部屋は明るさを取り戻した。すぐに見回すが、部屋には誰もいなかった。ドアは開いており、廊下をそっと覗き込む。人影が廊下の先で曲がっていくのが見えた。ハッキリと姿は見えなかったが、中等部のブレザーのようなものが見えた。

 一命をとりとめた俺は、傷を押さえて壁にもたれかかった。ずりずりと壁を伝って座り込み、目を瞑る。

 一体何なんだ。誰がこんなことを。明日、ファイリアに相談してみよう。イオリを狙っているやつかもしれないし、不安だ―――。

 結局その夜俺は、その後一睡も出来なかった。



「うーん、それだけじゃ誰だかは分からないよねえ」

 翌日、俺は昨晩のことをファイリアに相談した。もちろん犯人が分かるとは思ってないが、このままじゃ不安で眠れやしない。どうすればいいか彼女に尋ねると、ファイリアは持っていた木刀を床に突き立て、小首を傾げた。

「防刃チョッキでも着て寝る?」

「大丈夫なのか? それ……」

「それなりのものならたぶん。ただ、重いと思うけど」

「出来れば軽い方がいいかな……」

「我儘言ってないで着ればいいじゃん」

 むすっとした少年声に振り向いた。いつの間にいたのか、ユウキが腕を組んで背後に立っていた。スッと何かを差し出され、わけも分からないままそれを受け取る。『四代トラブルメーカー』というタイトルの本だった。

「これは?」

「アンタ暇そうにしてるから、これ図書室に返してきてよ」

「いや、暇ではないんだけど……」

「僕、この後文化祭の準備しないといけないから。じゃ、よろしく」

「あっおい!」

 俺の意見など聞く耳も持たず、ユウキは訓練場から出ていってしまった。ファイリアが本を眺め、ユウキに視線を移す。

「まあ返してあげなよ。ユウキくんがイオリちゃんのこと以外でキミにお願いするってことは、信頼されるようになったってことなんじゃない?」

「パシリとしか認識されてないような気もするけど……」

「ボクはイオリちゃんのとこに行ってくるよ。じゃーねー」

 木刀をぶんぶん振りながら、ファイリアも訓練場から去っていく。一人残された俺は、呆然とその背を眺めていた。

 本当にこれ、行かなきゃいけないやつなのか? ゲームの主人公はよくお使いを頼まれるとは言うが、これも何かのフラグになるのだろうか。

 それじゃあ、昨晩の襲撃も重要なイベントになるのか。ゲームが進行するのはいいが、痛みを伴うのはなるべく避けたいな……。

 そんなことを思いながら訓練場を後にし、寮部屋に木刀を置いてから中央校舎へと向かった。豪華な中央校舎は閑散としていた。

 赤い扉から図書室に入る。目の前にカウンターがあり、白いもこもこのファーを肩からさげる女性が、座って本を読んでいた。カウンターの前へ行くと、女性はふっと顔を上げた。

「ん? どうしたの? 坊や」

「あの、これ返しにきました」

「ああ、はいはい」

 女性に本を渡すと、彼女はパラパラとページをめくる。しかし途中、ピタリとその手が止まった。何かをページの間から抜き取り、それを差し出してくる。

「これ、忘れ物」

 それは写真だった。受け取ってまじまじと見ると、思わず驚愕の声を漏らしてしまった。

「え……?」

 笑顔で写真に写る三人の少年少女。一人は黒髪の着物姿の少女、一人は銀髪の騎士のような少年、そして一人はエメラルド色の髪をしたメイドの少女だった。三人は仲良さそうに肩を寄せ合って写っている。

 その顔をじっと見つめ、俺は記憶と対比した―――やはりそうだ。

 この三人は、イオリ、ユウキ、そして―――ファイリアだった。

 しかも、背景に文化祭の看板が見える。ということはこれは、文化祭の日に撮られた写真ということになる。

「なんで……?」

 文化祭は毎年やっているだろう。しかし、イオリがこんなに笑顔になったのはつい最近の話だ。あんなに死にたがりだった彼女が、手放しで笑顔になれるなんて到底思えない。余程のことがないとあり得ないだろう。

 それにファイリアのこの格好は、この間の試着会での格好とそっくりだ。写真では天使のような羽も生やしているが、それも文化祭当日ではつけると決まっている。

 第一、ファイリアは「ずっとみんなやりたがっていた」と言っていた。つまり、天使喫茶はやったことがないはずだ。

「じゃあ、これは一体……?」

 図書室から出て、俺はもう一度写真を眺める。

 やはりファイリア達だ。どこからどう見ても、彼女達だ。まるで未来を写したかのような写真に、俺は頭が混乱した。

「そんなこと、あり得ない……」

 とにかくファイリアに見てもらおう。俺は高等部の校舎へと向かうため、階段を上った。三階に着き、渡り廊下に足を踏み入れようとした瞬間―――。



 ――――――――――――パアン



 一発の発砲音。そして、思考が停止した。体中から力が抜けていく。自分は今傾いているんだと認識すると、やっと状況が理解出来た。

 ――――――俺は撃たれたんだ、と。

 どさりと床に倒れる。目の前に落ちた写真に手を伸ばすが、途中で力尽き、ついに意識を失ってしまった。

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